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「サーバントリーダーシップの性質がほかの人々と違う決定的な点は、彼らの生き方の指針が『良心』、つまり善悪の区別をつける、心の中の道徳的感覚だということだろう」。「7つの習慣」で著名なスティーブン・R・コヴィーが序文に記したこの表現が、サーバントリーダーの特性を最も的確に示しています。

企業社会で生きている人間はいつも競争優位、差別化、市場シェア、収益率、効率化といった視点で事業を語りがちです。もちろん、企業が存続するためにはこのような評価軸で厳しく事業評価することは必須です。

しかし、良心をその行動指針に持つサーバントリーダー、サーバント企業が自らの事業を評価する視点は異なります。

・我々の製品、サービスは人々の幸福や顧客の生活、仕事の質の向上に寄与しているだろうか?
・この活動は自社だけでなく他社にも利益を生ぜしめるものだろうか?
・この経営判断は、長期的に全てのステークホルダー(利害関係者)の成功につながるだろうか?
アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

といった視点からの"問いかけ"を自らに発し、組織内における対話(ダイアローグ)を活性化させているのです。

このように自らを省みるリーダーに導かれる組織は、自然な形で"徳"を身につけ、優秀な人材が集まってきます。

グリーンリーフは「フォロワーが自らの意思で応ずるのは、サーバントであると証明され、信頼されていることを根拠にリーダーとして選ばれた人に対してだけだろう。こうした考え方が広まっていけば、本当に成長が見込める組織は、サーバント主導型のものだけになるだろう。」とまで言い切っています。

すなわち、サーバントリーダーに導かれ、「良心」を企業運営の指針と定め、"徳"を身につけた組織でなければ成長は見込めないという"予言"を私たちに突きつけているのです。実際、この予言はそのとおりになっているようです。

ケーススタディー:「良心」にのっとったマネジメント

もう一度、スティーブン・コヴィーの序文に立ち返ってみましょう。

コヴィーは、

「サーバントリーダーの生き方の指針は『良心』であり、心の中の道徳的感覚であるのです。単に何かを成し遂げるために"機能する"だけのリーダーと異なり、サーバントリーダーは正義の感覚や善悪の感覚、優しさと冷淡さを見分ける感覚、美と破壊や真実と偽者を見分ける感覚を持続的に備えています。この普遍的な『良心』は時代、文化、地理的状況、国籍そして人種から切り離された不朽のもので、自明のものなのです。」

と解説しています。

普遍的で、時空を超えて不朽であり、自明なこととされている「良心」が何故、現代の企業社会において中心的課題になっていないのでしょうか? いや、ただそのように見えるだけで、企業組織の暗黙知として埋没しているだけなのでしょうか?

それとも、コヴィーやグリーンリーフの主張――「良心」にのっとったマネジメントという考え方――にそもそも無理があるのでしょうか?

ケースを挙げて検証してみましょう。

松下幸之助氏の「ミッション」

例えば、日本における代表的経営者である松下幸之助氏は昭和初期、会社がまだランプの町工場の域を出ないころ、商売をするものの使命は"この世から貧をなくすことである、世の中を豊かにすることである。物の面から人びとを救うことである。"と事業の目的を定義し、「いい物」を「安く」「たくさん」作ることを通じて物質の面から人々の幸福を実現することを目標として掲げました。

モノのない時代、企業人としてこれ以上の「良心」はないでしょう。現代の日本はモノがあふれていますが、"(物の面から)人びとを救う"という良心(ミッション)を掲げた松下電器産業(現パナソニック)は、その事業内容を変えながらも長い間成長を継続し、人材も集め続けているのは衆知のことです。

良心に基づく大きな目標を設定することは意義がありそうです。

グーグルの「Don't be Evil」

モノにあふれた現代でも同様な例があります。グーグルです。グーグルは社則とも言える「悪役になるな (Don't be Evil) 」というモットーを維持し、『グーグルが掲げる10の事実』の中では、「ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみな後からついてくる」「悪事を働かなくてもお金は稼げる」と、"良心的な"宣言をしています。

同時に、基本理念として、

・Googleは、当初からユーザーの利便性を第一に考えています
・検索結果ページには、その内容と関連性のない広告の掲載は認めません
・広告というものはユーザーが必要としている情報と関連性がある場合にのみ役立つと考えています
・Googleは、派手な広告でなくても効率よく宣伝ができると考えています。ポップアップ広告は邪魔になってユーザーが見たいコンテンツを自由に見られないので、Googleでは許可していません
・Googleが検索結果のランクに手を加えてパートナーサイトの順位を高めるようなことは絶対にありません。PageRankは、お金で買うことはできません

などを明記しています。「良心」が基本理念の中に満ちあふれているようです。

このグーグルはご承知のように、20年前は存在しない企業でしたが、現在では時価総額が常に世界の3位以内に入るまでに成長し、現代における屈指の優良企業となっています。その根底に「良心」があったことは、以外に知られていないようです。

稲盛和夫氏の「良心」

「良心」をベースとして起業し、長い期間をかけて成長を続けている企業はこのほかにも多数あります。京セラもその一つです

京セラを創業した稲盛和夫氏は、創業間もない頃に、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という経営理念を定めました。そして、「会社の発展のために一人ひとりが精いっぱい努力する、経営者も命をかけてみんなの信頼にこたえる、働く仲間のそのような心を信じ、私利私欲のためではない、社員のみんなが本当にこの会社で働いてよかったと思う、すばらしい会社でありたいと考えてやってきたのが京セラの経営です。」と表明しています。(京セラHPより)

京セラは、サーバントリーダーの持つ第一の特性である社会的「良心」をその経営の根幹に据えてきたのです。1959年に従業員28人でスタートした京セラは現在、連結売上高で約1兆5000億円、従業員約7万人にまで成長しています。「良心」が全てではありませんが、それがないとここまで成長できなかったと考えるのが自然と思われます。

本田宗一郎氏の「哲学」

さらに、本稿の第1回でも触れたホンダ創業者の本田宗一郎氏は、

「企業発展の原動力は思想である。したがって、研究所といえども、技術より、そこで働く者の思想こそ優先すべきだ。真の技術は哲学の結晶だと思っている。」(『俺の考え』本田宗一郎著)

と語っています。本田氏も稲盛氏と同様に、「哲学」を基底にして、創業時(1948年)に20人であった町工場を、連結売上高15兆円、従業員20万人の会社に育てたのです。戦後、二輪車メーカーは300社近くあったと言われていますが、その中で、ホンダが生き残るだけでなく、大きく成長できた背景に「哲学」――「作って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」という3つの喜びと、自律、信頼、平等をもとにする「人間尊重」――がありました。この「哲学」も人間の良心の表れそのものです。

「良心」のマネジメントが長期的な成長をもたらす

以上のケーススタディーを通して検証されたことは、「良心」は企業の長期的発展に明らかに関係していることです。

いや、これは控えめな言い方で、理念、思想、哲学、あるいは「良心」を持ち、他を思いやり、社会貢献を企図した大きなビジョンを掲げたサーバントリーダーに導かれた組織でなければ長期的な組織成長は実現しない、と言っても良いかもしれません。

最後に日本企業へのメッセージをまとめると、「"良心にのっとったマネジメントの実践"を経営の中心的課題として据え、実践することこそが持続的組織成長の原動力となる」という原理に、一刻も早く気付いてほしいということでしょう。グリーンリーフはそれを願っています。

森洋之進氏(もり・ようのしん)
アーサー・D・リトル パートナー

東北大学工学部機械工学修士課程修了。米カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。大手電子機械メーカー(商品企画、設計・開発、海外戦略立案、合弁会社設立等)、米国系経営コンサルタント会社勤務を経て、ADLに参画。経済産業省「産業構造審議会知的財産政策部会経営・情報開示小委員会」委員、同省「特許権流動化・証券化研究会」委員。製造業を中心とする国内、海外における事業戦略立案、技術戦略立案、知的財産戦略立案、経営革新支援などを手掛けている。
=この項おわり

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

サーバントリーダーシップ

著者 : ロバート・K・グリーンリーフ
出版 : 英治出版
価格 : 3,024円 (税込み)

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