企業の目的 良い会社であることベン・ホロウィッツ著「ハード・シングス」(4)

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

経営において従業員を大事にすること、働きやすい職場をつくることが何よりも重要だとホロウィッツは説きます。「人、製品、利益を大切にする――この順番で」と彼は言います。米国の有力ベンチャーキャピタリストといえば、株主至上主義的な教義を持っていると想像しがちですが、ホロウィッツの見方は全く異なります。

ホロウィッツは良い会社であること、それ自体が企業の目的であり、そうすることが企業の持続的成長を支えると考えます。投資家の興味は製品がどれくらい売れるかにあります。しかし、利益を企業のゴールと考えるのは、「生きることのゴールは呼吸をすることだ」と言うようなものだと彼はいいます。

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

事業がうまく運んでいる間は、良い会社かどうかは社員にとってさして重要ではありません。会社が大きく成長しているときに社員が会社に居続ける理由は無数にあります。しかし、何らかの理由で事業の歯車が狂ったときに優秀な社員を会社にとどまらせる唯一の理由は、その仕事が好きということなのです。

よい会社では人々が自分の仕事に集中し、その仕事をやり遂げれば会社にも自分にもよいことが起こると確信している。このような組織で働けることが真の喜びとなります。誰もが自分のすることは効率的で効果的で、組織にも自分にも何か変化をもたらすとわかっている。それが彼らの仕事への意欲を高め、満足感を与えるのです。

一方で不健全な会社では、皆が多くの時間を組織の壁や内紛や崩壊したプロセスとの戦いに費やしています。自分の仕事が何なのかさえ明確ではなく、自分が役割を果たしているかどうかを知る由もありません。

毎日、起きている時間の大半をここで過ごす人たちが良い人生を送ることは、自分にとって大切であり、そのことが自分が会社に来る唯一の理由であると、ホロウィッツは言うのです。

ケーススタディー 良い企業文化を構築するために

ホロウィッツは言います。現実のほとんどの職場は、よい場所とはかけ離れている。組織が大きくなるにつれて、大切な仕事は見過ごされるようになる。熱心な仕事をする人々は、社内政治に秀でた人に追い越される。良い会社としての企業文化の構築は、会社が持続的、継続的に成長していくためにきわめて重要な要素ですが、それは並大抵なことではありません。

では、よい会社にするために最高経営責任者(CEO)が心がけなければいけないことは何でしょうか。以下、ホロウィッツの本書での議論を参考にしつつ、筆者が様々な企業のトランスフォメーション(構造改革)や企業カルチャー(文化)の構築を支援してきた経験を基に、考えてみたいと思います。

Visionを超えて、存在意義を見いだす

第1に、会社のVision(どうなりたいか)を超えて、企業の目的(存在意義、なぜ我々は存在するのか)を見いだすことが必要です。他の企業との合併や事業の失敗からの企業再生(ターンアラウンド)等の特別な局面では、会社を新たに出発させるという視点でカルチャーの改革は必須の取り組み事項です。しかし、平時においても、知らず知らずのうちにカルチャーが業績停滞の根源となるケースがあり、この改革はCEOが主導して着手する必要があります。

会社の目的(存在意義)は、「社員のニーズ」と「顧客をはじめとする世の中のニーズ」の双方を満たすものでなくてはならない、そうでなければ持続性が担保できない、と筆者は考えています。その企業の真の目的を見いだすためには、まず社員、顧客、専門家、株主等から多角的に企業に対する声を洗い出した上で、シンプルなメッセージに落とし込む必要があります。そして、発見した目的を机上の空論ではなく真の目的として社内に根付かせるには、CEO自らが目的を企業の最重要テーマと位置付け、目的に基づいて戦略、制度、ツールの全てを作り変えていかなければなりません。

物事をありのままに伝える

第2に、CEOは、上述のように見出した会社の目的を、真摯に繕うことなく、社員に継続してしつこくコミュニケーションを展開していくことが必要です。

CEOの立場の方から、自分は何度も繰り返し語っているのに社員は何も理解してくれない、という嘆きの言葉をよく聞きます。しかし、CEO自身は(同じ言葉を)何度も語っているかもしれませんが、何百人、何千人、何万人の社員からすれば、同じことを3度聞いて、ようやく理解できる水準になります。それが本当に腹落ちし、実際の行動に結びつくためには、CEOを含めた経営トップ層からの継続したコミュニケーションが絶対的に必要です。

このときに、会社のありのままを繕うことなく語るべきです。ホロウィッツもCEOが物事をありのままに伝えることは信頼を構築する上で決定的に重要だといいます。社員との間で信頼を構築することで会社経営を効率的に進めることができます。信頼があるところでは最低限のコミュニケーションで済みますが、信頼がない関係では、これは成立しません。信頼があるからこそ、多くの優秀な社員を巻き込むことができるのです。

さらには、物事をありのままに伝えることが会社の危機を救うことにつながります。失敗した会社を調べてみると、多くの社員が、致命的な問題が会社を死に至らしめるずっと前からその問題を知っていたと判明することがあります。命取りになる問題に気付いていたのに、なぜ、何も言わなかったのか。多くの場合、会社の文化が悪いニュースを広めることを妨げ、手遅れになるまで眠ったままになっていたのです。問題を隠しだてせずに自由に語れる会社は、迅速に問題を解決できます。

CEOは何も遠慮することはない

第3に、CEO自身が改革の先頭に立って推し進めることです。CEOは、そうはいっても自分が会社において唯一の最高位のポジションにあり、自分は全ての悩みを抱えていなければなりません。同時に、あまり自分が前面に出過ぎることで社員の側が冷めてしまうのではないかという余計な考えを持つことが多いようです。現実には、社員は良い会社を構築しようとするCEO自身の熱い思いと具体の行動を求めています。

この点でCEOは何も遠慮することはないのです。良い会社を構築するという正しい哲学のもと、個人としての熱い思いを自分の言葉で語り、模範として行動を示すことを社員は求めているのです。

佐々木靖氏(ささき・やすし)
ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター
慶応義塾大学経済学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。欧州経営大学院(INSEAD)経営学修士(MBA)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て現在に至る。主に金融業界に対して、事業戦略、組織変革、営業改革、IT戦略、オペレーション改革、リスクマネジメント等の戦略策定・実行支援プロジェクトを手がける。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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HARD THINGS

著者 : ベン・ホロウィッツ
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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