CEOという仕事 行動様式獲得には時間と根気ベン・ホロウィッツ著「ハード・シングス」(2)

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ホロウィッツは最高経営責任者(CEO)として活躍するためには、逃げることなく困難に立ち向かうことが絶対的に必要だと主張します。

CEOは皆、孤独で極度なプレッシャーの中で異常な心理状態に陥ります。時に会社の生死に関わる、社員の多くに悪い結果をもたらすかもしれない問題を、ギリギリの状態で誰に相談することもできない中で検討します。CEOを目指す方々は高い目的意識を持ち自分の仕事に深くコミットしています。それでも「もうこんな仕事は投げ出したい」と思う瞬間が繰り返し訪れるのです。

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

著者は成功したCEOに会うたびに「どうやって成功したのか」と聞きます。凡庸なCEOは、優れた戦略的着眼など自己満足的な理由を挙げる傾向があるようです。一方、偉大なCEOたちは端的に「私は投げ出さなかった」と答えます。成功するためには、困難な環境下でも逃げることなく自分の心理をコントロールする絶対的な力が求められるのです。

そもそもCEOという仕事は人間本来の姿からすると不自然な動作の連続だとホロウィッツは言います。彼はこの点で類似性のあるボクシングを引き合いに分析します。例えば後ろに下がるときには後ろ足から先に動かさなくてはいけない。前足から下がると、相手のパンチを避けられずに簡単にノックアウトされてしまう。こうした不自然な動きが自然にできるようになるには長時間の練習が必要になります。

CEOは(人間であるため)本来的には人々に好かれる行為をとりたがります。しかし、長期的に人々の支持を得ようとするならば、時には短期的に人を怒らせるような行動をとらなくてはいけません。もしCEOが人間としての自然な動作を毎日繰り返していれば、あっという間に会社経営の場でノックアウトされてしまいます。CEOという仕事も長い時間をかけて、根気強く、必要な行動様式を獲得していく必要があるのです。

ケーススタディー CEOの能力は生まれつきのものか? 後天的に育てられるものか?

ホロウィッツは、CEO/リーダーに必要なスキルとして以下3点を挙げます。

第1に、ビジョンをいきいきと描写する力です。ホロウィッツはこれを「スティーブ・ジョブズ属性」と呼びます。米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏のように興味深く、ダイナミックに、かつ説得力をもってビジョンを語ることができるか。特に会社が危機にあるときにそれができるか。ジョブズ氏はアップルを辞めて起業したNeXTがビジネス上の失敗を長く続けるなか、優秀な社員を自分に従い続けさせました。また、倒産まで数週間という危機に陥ったアップルでも社員にビジョンを信じさせたことがありました。ジョブズ氏は傑出したビジョナリーリーダーであったとホロウィッツは分析します。

第2に、正しい野心を持つこと。我々の社会(特に米国において)に行き渡っているひどい誤解の一つは、CEOになるためには利己的、冷酷、非情な人間でなければならないというものです。実際にはそれとはまったく逆であるとホロウィッツは言います。CEOとして成功するには、人々がCEOのために働きたいと思うような人間でなければなりません。賢明な人間は、自分たちの利益に心を配らないような人間のために働こうとは思わないからです。このような能力に傑出している人物(彼と親交があったアップルの元幹部)の名前を取って「ビル・キャンベル属性」と呼びます。

第3に、ビジョンを実現する能力です。社員がリーダーのビジョンを理解して、リーダーが自分たちのことを気遣っていると信じたとします。最後の問題は、そのリーダーがそれをやり遂げる能力があるかどうかです。ホロウィッツはこれを「アンディ・グローブ属性」と呼びます。アンディ・グローブ氏は、メモリービジネスから撤退してマイクロプロセッサービジネスへインテルを導きました。その戦略を迅速かつ断固として実行に移し成功させたのはグローブ氏の力です。なお、ホロウィッツはグローブ氏の主著である『インテル経営の秘密』を世界最高の経営書と賞しています。

CEOになるためのトレーニングは存在しない

それでは、偉大なCEO/リーダーは生まれついてのものなのか、努力によって育つものなのでしょうか。

ホロウィッツは生まれながらの部分はあるにせよ、努力によって補うことが可能であると考えます。何よりもいったんCEOのポジションについたのであれば、これら3つのスキルを伸ばすことに十分な時間を使うよう促します。CEOは3分野全てに自己改善の努力を怠ってはいけません。一つの属性を改善する努力は他の属性にも好影響を与えます。その意味で、ホロウィッツは短期的にその人間がCEOとしての能力を保持しているか否かを判断することはできないと説きます。

この点、CEOになるためのトレーニングが存在しないこともCEOとしてのスキル獲得を難しくしている要因だとホロウィッツは分析します。確かに、CEOとして成功するために必要なトレーニングは、実際にCEOになる以外にないのです。マネジャーとしての事業運営の経験は、CEOとしての会社運営には全く役に立ちません。そして、教室の講義でプロのスポーツ選手が養成できないのと同様に、教室の講義でCEOのスキルは身につかないのです。

困難から逃げない強い精神とCEOとして必要な3つのスキルを、CEOとしての実務を通じた絶え間ない努力の積み重ねで磨いていく。これはCEOとして組織を率いる道を選択した人の責務であると筆者は考えます。

佐々木靖氏(ささき・やすし)
ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター
慶応義塾大学経済学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。欧州経営大学院(INSEAD)経営学修士(MBA)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て現在に至る。主に金融業界に対して、事業戦略、組織変革、営業改革、IT戦略、オペレーション改革、リスクマネジメント等の戦略策定・実行支援プロジェクトを手がける。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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HARD THINGS

著者 : ベン・ホロウィッツ
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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