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著者のベン・ホロウィッツは米シリコンバレーを拠点とする超有力ベンチャーキャピタルの共同創業者です。投資先にはフェイスブック、ツイッターなどテクノロジーの最前線の企業が名を連ねます。本書は彼自身がベンチャーキャピタリストに転じる前に、IT(情報技術)ベンチャーのラウドクラウド(後のオプスウエア)を創業し最高経営責任者(CEO)として経営を指揮した実体験に基づいて書かれています。

本書で展開されるのは経営の圧倒的なリアリティーです。起業家として会社を立ち上げ、CEOとして経営のかじ取りをする中で、次々と迫る困難に直面した際、どううまくいかなかったかをストレートに伝えています。美談や成功秘話ではない――それが本書の極めて異色なところです。

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター 佐々木靖氏

本書から得られる示唆は「経営とは何か」という本質的な問いに他なりません。困難をマネジメントすることが経営の神髄であり、強い意志と正しい野心がそれを支えるということを伝えているのです。

ホロウィッツは経営の自己啓発書を読んで「本当に難しいのはそこじゃないんだ」と感じ続けてきたといいます。既存の経営書は、そもそも対処法が存在しない問題に対処法を教えようとするところに問題があると指摘します。

デジタルテクノロジーの圧倒的な進化とともに、日本においてもベンチャーの立ち上げが若い世代にとって当たり前の時代になっています。また、ベンチャーだけでなく、大企業もデジタル的な要素を経営に取り入れ、新たな事業を立ち上げることを求められています。起業にせよ、新規事業立ち上げにせよ、成功する確率は極めて低い。経営者は数多くの苦闘と挫折をくぐり抜けることを強いられます。

ホロウィッツは言います。起業家はその苦闘を愛せと。本連載を通じて読者の皆様と一緒に、その苦闘の連続から得られる教訓が何かを読み解いていければと思います。

ケーススタディー ベンチャーとベンチャーキャピタリスト

今回のケーススタディーでは、本書の舞台となっている米国におけるベンチャーとベンチャーキャピタリストのあり方について、日本への示唆を含めて考えてみたいと思います。

米国経済のこれまでの栄華を可能にしてきた要因のひとつに、それぞれの時代において強烈なアイデアを持った起業家個人と、その活動を資金面で支えたベンチャーキャピタリストの存在があります。一部の突出した人材が新分野を切り開き、消耗戦を展開して、最後に生き残った有力企業がその領域で世界市場を押さえる。ベンチャー企業が、アメリカンドリームという言葉で表されるような個人の成功、そして米国経済の成長の大きな原動力となってきたのは紛れもない事実です。

しかし、ホロウィッツはそれまでの米国のベンチャーキャピタリストの役割に疑問を呈します。ベンチャーキャピタリストは、キャピタル(資本)を投入するものの、創業者に何か経営者として有益なアドバイスをすることは限定的でした。また、ベンチャーキャピタルの利益のほとんどは大成功を収めたごく少数の投資家から上がっており、そうした大成功を引き当てるのはごく少数の同じ顔ぶれのベンチャーキャピタルだったのです。

ホロウィッツがめざした新しいベンチャーキャピタリスト

これでは創業者がせっかく会社をスタートさせても、CEOとしてのスキルを学ぶことができずに、本来なら成功できたはずなのに失敗してしまう事例が多くなります。また、創業者がCEOとして経験を積み成長するのを待たずに、創業者を追い出してプロの経営者と入れ替えようとすることも少なくなかったようです。実際、ホロウィッツも付き合いのあったベンチャーキャピタリストから、資金調達直後の最初の会合で「君らはいつ本物のCEOを雇うのだ?」と尋ねられたといいます。

自分たちの最大の投資家が、自分と自分のチームの目の前で自分を偽物のCEOであると宣言したことに、ホロウィッツは大きく憤りを感じたのでした。その時の発言は1日として忘れることはなかったといいます。幸いにもホロウィッツはその後何年もCEOとしてとどまることができたのですが、CEOとして押さえておくべき基本的な事項に関して誰からも有益なアドバイスをもらえなかったことを非常に非効率と感じたようです。

この時の経験から、ホロウィッツは自ら新しい形のベンチャーキャピタリストを目指します。創業者CEOは、当然のことながらまだCEOとしてのスキルを持ち合わせていません。また、経営者としてアドバイスを得るネットワークもありません。投資家であるベンチャーキャピタリストはこのような創業者CEOの弱点を補うべきであり、単なる資本の提供者を超えて、創業者CEOのスキルの習得とネットワークの拡大を支援するサポーターになれるはずだと考えたのです。

単なる資本の提供者ではなく、知恵の提供者として

さて、このことは日本のベンチャーとベンチャーキャピタリストのあり方にも重要な示唆があると筆者は考えています。日本では長年、ベンチャーが育たない時代が続きましたが、米国における旧来型のベンチャーキャピタリストのアプローチは、日本では大企業主体の労働市場のあり方もあり、なかなか根付きませんでした。何よりも、若者がベンチャーを立ち上げようにも、成功者をつくり上げる具体的な仕組みが成立していなかったことに大きな問題があったと見ています。

ホロウィッツのベンチャーキャピタリストとしての新たな旅路は成功裏に進んでいます。昨今のネットやデジタル技術の急速な発展もあり、テクノロジー系のベンチャーが多く誕生する時代背景も大きく作用したと考えられます。テクノロジー系の企業を経営するのに最適な人々はテクノロジー系の創業者であり、現実にその多くがCEOとしてのスキルを十分持ち合わせてはいません。ホロウィッツはフェイスブックやツイッターの創業者CEOのスキル面を、ベンチャーキャピタリストとして積極的に支援していったのでした。

単なる資本の提供者ではなく、創業者CEOに対する知恵の提供者である新しいベンチャーキャピタルの形態は、米国ではベンチャー活動の裾野をより一層広げる推進力として、そして日本ではベンチャー活動の本格拡大の火付け役として期待されているのです。

佐々木靖氏(ささき・やすし)
ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター
慶応義塾大学経済学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士(MSc)。欧州経営大学院(INSEAD)経営学修士(MBA)。日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て現在に至る。主に金融業界に対して、事業戦略、組織変革、営業改革、IT戦略、オペレーション改革、リスクマネジメント等の戦略策定・実行支援プロジェクトを手がける。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

HARD THINGS

著者 : ベン・ホロウィッツ
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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