ライトな仏像・仏教ブーム 主役は40代以下の女性
「寺院消滅」と仏像ガール(前編)
東京都内に暮らす女性のもとにこの夏、同じ区内にある菩提寺から一通のレターが届きました。そこには、今後20年で同寺の檀家の数がほぼ半減する見通しであること、それぞれの檀家はお墓を継げる次の世代の人を登録してほしいということが書かれていました。
今や全国で話題になっている「寺院消滅」は、地方の過疎地域だけでなく、人口流入が続いているはずの首都圏でも現実になりつつあるようです。少子高齢化、若い世代のお寺離れ、お墓離れがその理由とされますが、果たしてそれだけでしょうか。
最近、まちなかで、仏像をモチーフにしたユニークな雑貨やオブジェを見かけるようになりました。SNS(交流サイト)で「あす、仏像を見に行ける人いる? 〇時に奈良駅に集合」などと呼びかけ、初対面同士で寺院巡りをする例も。仏像が好きな人、特に女性の仏像ファンは昔からいたといいますが、その層が大きく広がってきているようです。
これまでになかった「ライトな仏教・仏像ファン」の増加と、危機にひんする寺院の不思議なコントラスト。その背景を探りました。
女性に大人気「仏像になりきるニット帽」
カタログやウェブを通して独自の商品や体験プログラムを販売するフェリシモは今年8月、仏像の螺髪(らほつ)をイメージしたニット帽「らほつニットキャップ」を発売しました(冒頭の写真)。らほつ(巻き毛)のぶつぶつ感を毛糸で再現、福耳パーツまでついています。パーツを下ろし、前髪を帽子の中に隠せば「なりきり仏像スタイル」が完成するというユニークさ。
同時期に東京国立博物館で開催された特別展「平安の秘仏」に合わせて、同博物館内のショップに納めたところ、あっという間に完売したといいます。開発にあたったのは、社内に作られた「おてらぶ」というプロジェクトチームの社員数人。僧侶や仏師の方たちの意見も参考にして商品化しました。
「以前、知り合いのお坊さんから『仏様の前では帽子を脱いでください』と言われて、あぁそうか、と。知らない人もたくさんいるからこそ、寺の作法を広めたい。この帽子を作ったのはそういう思いもあります。この帽子をかぶって集合し、仏様の前では脱ぐという楽しみ方をしてもらえれば」(フェリシモ CFV事業本部しあわせ生活プログラムグループ 企画開発チームの内村彰さん)
フェリシモでは、下絵をなぞって仏画を描くキットが毎月届く「プチ写仏プログラム」、お寺の精進料理を学ぶ「おてらの癒やしごはんプログラム」、般若心経を絵で表した「絵心経マスキングテープ」などの商品がありますが、今後さらに増やしていくといいます。「おてらぶ」の活動から生まれたこうした商品は、同社のメーン顧客層である30~40代の女性から当初予想の10倍もの反響を得ているそうです。
「日常のシーンに仏像を取り入れたい」
東京・表参道に5年前にオープンした「イスム」は、仏像フィギュアを展示、販売するショップ。木彫工芸を専門に扱う卸問屋だったMORITAが、石粉と合成樹脂を混ぜた素材や木を使い「仏像を日常生活で楽しむ」をコンセプトに作った34アイテム、約150点を販売しています。購入する顧客の半数以上がリピーターで、店舗の売り上げは毎年約30%程度伸びているそうです。
全国のメジャーな仏像のフィギュアが集結しているので、ちょっとした寺院巡り気分が味わえます。一部を除いて、商品は触れてもOK。丁寧に再現された美しい造形と歴史を刻んだ姿をあらゆる角度からゆっくり堪能できます。
コンクリート打ちっぱなしの店内にはジャズが流れ、店舗奥の1.6坪ほどのスペースでは、ゆらぐ光で照らされる仏像を座って鑑賞できます。壁には、購入した顧客が日常のさまざまなシーンの中でとらえた仏像の写真が飾られ、仏像フリークがどのように暮らしに取り入れているのかを見ることができます。
「平均客単価は8万~9万円。男女比率は半々です。最初は『仏像ってなんかかっこいいね』から入って、ひとつまたひとつと購入されます。お客様の多くは、モノとしてではなく、その背景にあるものを見て買われているようです」(イスムブランドマネージャーの松川政輝さん)。向き合うと、自分を少し正してみようかなという気分にさせる。それが仏像という存在の放つ力なのかもしれません。
「仏像の居場所といえばお寺、もしくは仏壇の中という近づきがたいイメージが薄れ、美しい造形物、美術品という見方が広まってきたのも人気の理由」と松川さんは説明します。美術館や博物館で頻繁に展示会が催されたり、みうらじゅんさんをはじめとした著名人の方々が仏像好きを公言、その魅力を伝えていることも背景にあるといいます。
寺イベントへの参加、多数派は40代以下の女性
仏教に対する若い世代の変化を、直接感じとっているお寺もあります。
新潟県小千谷市の浄土真宗本願寺派の寺院、極楽寺の第19代住職の麻田弘潤さん(40歳)は、10年以上前からさまざまな寺イベントを企画、活動を続けています。なかでも1回に30人ほどを対象とする「消しゴムはんこ」のワークショップでは、消しゴムを彫って仏像の絵のはんこを参加者とともに作ります。同じく消しゴムはんこ作家の津久井智子さんと「諸行無常ズ」というユニットを作り、4年間で全国35カ所を訪問し、1000人以上の人々とともに消しゴムはんこを作りながら、仏教思想を伝えてきました。
「始めたころは、仏像の姿を見ると心が安らぐからと、見るだけで満足していた方が多かった印象ですが、今は仏像を通して自分と向き合い、その存在を日常に落とし込んでいる方が多くなっている気がします」(麻田さん)
寺イベントに参加するのはほとんどが40代以下、その7割が女性で、男性は少ないとのことです。
極楽寺は、この10年あまりで門徒が徐々に増えているといいます。「寺離れ」が進む中、若い世代がなぜ集まるのでしょうか。
(後編に続きます)
(ライター 大崎百紀、WOMAN SMART編集部)
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