世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はジョエル・ピーターソン教授の2回目だ。
今年、12年連続で、「北米エアライン顧客満足度調査」第1位に輝いた格安航空会社(LCC)ジェットブルー航空。その取締役会長を務めるのがジョエル・ピーターソン教授だ。同社の社員は、顧客に期待以上のサービスを提供し、顧客からは感謝の手紙が次々に送られてくる。ジェットブルーはなぜ、これほどまでに顧客を感動させるのか。どのようにこの「奇跡の組織」を維持しているのか。同氏に聞いた。(聞き手はコンサルタント、作家の佐藤智恵氏)
スタンフォード大学経営大学院兼任教授。専門は不動産投資、起業家精神、リーダーシップ。スタンフォード大学フーバー研究所監督委員会会長、米ジェットブルー取締役会長。投資マネジメント会社、ピーターソン・パートナーズ(ユタ州、ソルトレークシティー)創業者兼取締役会長。1971年ブリガム・ヤング大学卒業、73年ハーバード大学経営大学院修了(MBA)。著書に“The 10 Laws of Trust: Building the Bonds That Make a Business Great” (AMACOM, 2016)。
取締役会冒頭で乗客からの手紙
佐藤:ピーターソン教授は、エクセレントカンパニーとして名高いジェットブルーの取締役会長を務めています。会社の経営陣が一堂に会する取締役会の冒頭、乗客からの手紙を読むことがあると聞きましたが、その理由は何でしょうか。
ピーターソン:ジェットブルーは、12年連続で、「北米エアライン顧客満足度調査」(LCC部門、J.D.パワー社調査)で第1位に輝いています。顧客からの感謝状を読むのは、私たちの使命は顧客に喜んでもらえる企業であり続けることだ、というのを役員たちにあらためて認識してもらうためです。役員から、パイロット、フライトアテンダント、地上スタッフ、技術スタッフまで、社員一丸となって、顧客を喜ばせるために何でもやる。こうして初めて会社は顧客から信用してもらえると思います。
佐藤:顧客を喜ばせるために何でもやっていると、費用がかかりすぎて、会社の収益に影響しませんか。
ピーターソン:ビジネスリーダーは、投資家、投資先、取引先、顧客といったステークホルダー(利害関係者)とそれぞれ強い信頼関係を築かなくてはなりませんが、同時にすべてのステークホルダーを喜ばせるのは難しいですね。たとえば、無料航空券をプレゼントすれば顧客は大喜びですが、投資家は喜べない。利益が減ってしまうからです。各ステークホルダーの利害関係を理解して、バランスをとるというのも、私たちリーダーの大切な仕事なのです。
ベビーカーを荷物の山から探し出した機長
佐藤:顧客を喜ばせるためなら何でもやる、という姿勢を象徴する話はありますか。
ピーターソン:ありますよ。たとえば、機内を清掃していたときに、シートのポケットの中に、(米プロフットボール、NFLの王者決定戦)スーパーボウルのチケットを見つけた社員の話。すぐに届けないと試合に間に合わないと思った社員は、乗客の連絡先を調べて、自らホテルまでチケットを届けにいったんです。
あるいは、赤ちゃんを連れた母親の手助けをした機長の話。ある日、飛行機の出口付近で、長時間フライトで疲れ切った母親が、泣き叫ぶ赤ちゃんを抱えながら、ゲート手荷物の山の中からベビーカーを探していました。その様子に気づいた機長が、ベビーカーを探し出して、その場で広げてあげたのです。
佐藤:本当に「小さな親切」ですよね。でもこんなことをしてもらったら、ジェットブルーの社員のことを絶対に忘れないですね。
ピーターソン:その母親からは次のような手紙をいただきました。
「私が赤ちゃんを連れて飛行機を降りると、すぐ近くにジョージ・フォース機長がいました。私がヘトヘトになって娘のヘレナを抱きかかえているのに気づいた機長は、ゲート預かりの手荷物の山の中から、ベビーカーとカーシートを探し出してくれた上に、その場でベビーカーを広げてくれたのです。おかげで私はそのままヘレナをベビーカーに乗せることができました。あまりに感激したので機長に抱きつきたかったほどですが、それはがまんして、かわりに、この手紙を書きました。私がジェットブルーの大ファンになったことを伝えたかったんです」
佐藤:困っている母親がいても、気づかぬふりをして通りすぎる人は多いですね。
ピーターソン:機長が母親のためにベビーカーを探したとき、周りには誰もいなかったそうです。社員評価をする人事担当者や、顧客満足度調査をする調査員がいたわけでもありません。彼は機長ですから、安全に飛行機を操縦し終えたところで、彼の仕事は終わっているわけです。でも飛行機を降りてからも、お客さんはお客さんだ、と彼は思った。そこで、たった数分でしたが、顧客を喜ばせることをしました。これもまたジェットブルーが提供すべきサービスの一環だ、と思ったからです。
強い信頼関係にマニュアルはいらない
佐藤:ジェットブルーならではのマニュアルはあるのでしょうか。
ピーターソン:マニュアルなどありません。強い信頼関係で結ばれた組織では、あえてルールをつくったり、それを押し付けたりすることもありません。私たちはこういう組織の一員なのだ、という自負を持ってもらうのみです。
2012年にハリケーン「サンディ」がニューヨーク近郊を襲ったとき、ジェットブルーの社員は自発的にトラックを借りて、温かい食事を配ってまわりました。ジェットブルーの本社はニューヨーク州にあり、その地域の人々のために役立つことも私たちの役目だと考えたからです。顧客だけではなく、地域の人々のことも思いやる。それがさらなる信用を生むのです。
佐藤:ピーターソン教授は、社員が顧客に感謝された事例をどのように知るのでしょうか。社内報のようなものがあるのでしょうか。
ピーターソン:オフィシャルなものはありません。ただ役員は全員、現場に足しげく通っていますね。役員は、小さなグループに分かれて現場を訪れ、およそ1万8000人の社員全員と直接会って話をするようにしています。
中でも私は、社員がほめられた「いい話」を探すようにしていますね。そのために、空港にもよく行きますし、飛行機にも乗ります。機内では出発前にパイロットにあいさつしたり、フライトアテンダントに話しかけたりします。よく乗るフライトの乗務員の名前は、ほぼ全員分覚えていますね。これも信頼関係を築くためです。それから、時には、自分が乗った飛行機の機内清掃を手伝うこともありますよ。
一緒に機内清掃すると社員との絆が深まる
佐藤:本当ですか。ジェットブルーのトップが自ら機内を清掃するんですか? 日本では、社長自ら清掃する企業というのはいくつかありますが、米国人経営者が清掃する、というのはあまり聞いたことがありません。それはなぜですか。
ピーターソン:社員と一緒に機内清掃をすると、本当に社員との絆が深まるのを感じます。だから彼らの一員であることを示すために、ともに機内を掃除するのです。
佐藤:頻繁に現場を訪れ、社員の意見を直接聞く、ということのほかに、経営陣はどのように社員とコミュニケーションをしていますか。
ピーターソン:毎週月曜日、経営陣から1万8000人の社員全員に向けて、ニュースレターを送っています。そのメールは社長、副社長など役員の誰か一人が書くことになっていて、私も書きます。ワークライフバランス(仕事と生活の調和)、財形、教育、福利厚生など、毎週、様々なテーマで「今週のニュース」をお伝えするのです。会社のニュースを新聞で先に知るようなことがあれば、社員は経営陣を信頼しないでしょう。だから情報のシェアは、毎週、欠かさず続けています。
佐藤:ニュースレターで社員をほめることもあるのですか。
ピーターソン:もちろんです。たとえば、今年8月、ジェットブルーはアメリカとキューバの直行定期便を就航させましたが、そのときもニュースレターでチームをたたえました。私たち役員は常に社員がヒーロー、ヒロインとなった話を探していますし、それを全社員に伝えたいと思っています。
「スタンフォード 最強の授業」は原則日曜日に掲載します。