マネー研究所

Money Interview

お金と幸せの関係は、切り離せる 稲垣えみ子

2016/11/25

撮影/川田雅宏
日経マネー

──お金を使わない生活を身に付けて、新聞社を辞めるまでの心の軌跡を綴った『魂の退社』(東洋経済新報社)への反響が大きいようですね。読んだ人からどんな感想が寄せられていますか。

 「自分がもやもやと考えていることをそのまま字にしてくれた」と言われることが多いですね。「本を読んで会社を辞めました」という方もいて、そうなると責任も取れないので複雑ですが(笑)、でもそれだけ会社との関係に悩んでいる方が多いのかもしれない。あと、辞める辞めないに関わらず、これから生きていく上での希望が持てたという感想も頂いています。私自身も希望を探しているので、一緒に頑張ろうぜと思えてきます。

──稲垣さんは、会社を辞めようと思ったのが先だったのか、お金のかからない生活をしようというのが先なのか。どんな感じだったのでしょうか。

 いろんなことが平行して進んでいった感じでしょうか。

 そもそも「会社を辞めたい」と思うことと、実際に辞めるということの間にはかなりの開きがあると思うんです。もともと定年まで勤めるつもりで就職したわけですし。

 でもあるきっかけで、お金で幸せを買わない、つまりお金をいくら持っているかということと、自分の幸せとを切り離して考える訓練をしたんです。そうしたら具体的に辞める可能性が開けてきました。それがなければ辞めるところまでたどり着いたかどうか。

──本にあったように、40歳くらいで高松総局に転勤した時の。

 そうですね。40を前に、お金を使わないとハッピーになれないという生活態度を変えないとやばいことになると考えるようになって。

──やばいとは。

 お金って、いつまでも稼ぎ続けられる訳じゃない。これまでの人生が上り坂だとしたら、これからは下り坂。会社に勤め続けたところで定年になればガクッと収入は減ります。その時に、お金と自分の幸せを比例させているままだと、その先の人生はどんどん、我慢とか、みじめとか、きついものになっていく。それは絶対に嫌だなと。

──昔は洋服や食事などに、かなり贅沢にお金を使う生活をしていたそうですね。

 学生の時って、使えるお金も限られています。でも就職して自分で稼いだお金を自由に使えるとなると一気に経済規模が拡大して、さらに年齢を重ねて給料が上がっていくと、もっと良いもの、高いものと、どんどんエスカレートしていく。今振り返ると、そういう生活ができる自分というものにプライドを持っていたんだと思いますし、それが仕事のモチベーションでもあった。頑張ってこういう生活を維持するんだ、みたいな。

■最近の食費は月2万円程度

──今は月々、どれくらいのお金を使う生活ですか。

 家賃を別にすると、だいたい6万から7万でしょうか。

──食費がどれくらい。

 2万くらいかな。

──あとは。

 ほとんどはカフェ代です。原稿を書く時に近所のカフェを使わせていただいているので。

──私もそうですが、日々の生活や食事などにお金を使わないと満足を得られないのではと思う人がいますよね。稲垣さんもかつてはそうだった。稲垣さんには今、そういう人達がどう見えますか。

 うーん。私も経験者なのでよく分かるのですが、罠にかかってしまった人達に見えます(笑)。いや笑い事じゃなくて、恐ろしいのは、お金があれば幸せになれると思っていると、どこまでいってもゴールがないということなんです。一生懸命お金を稼いで欲しいものを手に入れても、企業やお店は「もっといいものがある」と。メディアも「あなたの人生にはこれが足りない」みたいなメッセージを常に送ってくる。

 日本経済が成長していた時代はそれでよかったと思うんです。みんな横並びで給料がどんどん上がったから。でも今はそうもいかなくなりました。実際、ここまでモノが行き渡ってしまった時代にモノを売る会社は存続するだけでも大変です。その中で給料を確保しようと思ったら、際限のないサービス残業に応えなきゃならなくなったり、売れないものを無理やり売るために詐欺商売にも手を貸さなきゃいけなくなったりする。

 一流企業で大掛かりな違法行為が頻発しているのは、そういう現実の反映なんじゃないでしょうか。本当に大変な時代です。日本史上初めての国家的試練なんじゃないかとすら思う。私たちはそういう時代を生きている。

 つまり、何も考えずに罠にかかったままでいると、消費の罠と、お金を稼ぐ罠と、両方に人生を盗まれていって、結局どこまでいっても不平不満から抜け出すことができないという恐ろしい世の中なんだと思うんです。

■お金の罠から抜け出して恐怖がなくなった

──身もふたもない話になりましたね(笑)。今の生活の満足感はどんなところにありますか。

 よく言うのですが、生きていくことへの恐怖がなくなったということが大きいと思います。もうほんとにお金をあまり使わないで暮らしているのですが、全然大丈夫、これで十分幸せだと分かった。それがすごく自信になっています。

 例えば食事も、ご飯を炊いて、みそ汁を作って、漬物があればいい。体調も良いし、我慢しているという感覚も全くありません。だから外食のハードルもすごく高くなりました。考えたら当たり前で、自分で作れば自分の好きなものを作るんだから、それはどんな名シェフもかなわないんですね。すると日々の食費って、一食200~300円。

いながき・えみこ 愛知県生まれ。朝日新聞社時代に、アフロの髪型とともに彗星のごとく紙面に登場し、数々の名コラムで読者を楽しませた。今年1月に朝日新聞社を退社。何もしないつもりだったが、著書『魂の退社』(東洋経済新報社)が大きな反響を呼び、仕事が殺到。予想もしなかった忙しい日々に困惑中。

 あと、もう洋服が欲しいわけでもない。昔は毎シーズン新しい洋服をどっさり買っていたんですが、家賃を圧縮するために収納ゼロの家に引っ越したので、ほとんど処分せざるをえなくなって。でもやってみたらどうってことなかった。刑事コロンボみたいな感じです。一番しっくりきて、自分のキャラクターに合っているものを着ていれば、毎日同じ服を着ていようがいいじゃないかと。

 化粧品も、昔はものすごく高いものを使っていたんですが、今は日本酒にゆずの種を仕込んだりして手作りしています。で、これが驚くべきことに何万円も使ってた時と全く変わらないんですよ(笑)。あの化粧品は一体何だったんだろうと。騙されていたというか、積極的に騙されに行っていた自分がいたんだと思うんですが。

 結局モノやお金って、あればあるなりの、なければないなりの暮らしがあるというだけのことだと思うんです。でも罠にかかっていると、そうは思えないですよね。無ければいい暮らしができない、惨めだという何かぼやっとしたものがあって、そのぼんやりした欲望に支配されているから、みんな将来が不安なんだと思うんです。

 でも生活をきちんと見直してみたら、実はいらないものをたくさん抱えてるかもしれない。自分が生きていくために必要なものなんて、お金にしてもモノにしても大して多くないかもしれない。そこに気づくことができれば不安もなくなるんじゃないでしょうか。

──お金を使って、昔は何を求めていたのでしょうね。

 今思えば、私は「お金を使って何でも買える自分」というものに、プライドとか、パワーみたいなものを感じていた気がします。

──そういう感覚を捨てるのにどれくらい時間がかかるものですか。

 その辺りは本に詳しく書いたのですが、まず40歳を前に「お金を使わなくてもハッピーなライフスタイル」を確立しようと決意して、さらに原発事故をきっかけに「超節電生活」を始めたことも大きかった。なければ生きていけないと思っていた冷蔵庫とか洗濯機とかを一つ一つ手放したことでお金や物へのこだわりがますますなくなって、50歳で会社を辞めることができた。つまり10年かけて罠から脱出したことになります。

──その間には行きつ戻りつみたいなこともあるのですか。

 それは全くなかったですね。

 ほとんどの人は、「これがないと私は駄目」というものをたくさん所有している状態が「豊か」だと思っている。確かにそうかもしれない。でも同時に、たくさん持っていればいるほど、失うことへの恐怖も増えていく。私もずっと、そういう人生を生きてきました。

 ところが家電製品や洋服やいろんなものが「あ、なくてもどうってことない」と気づいて、実際になくてもハッピーに生きている状態というのは、もうこれ以上の快感はないんですね。それは、自由を得たということなんだと思います。

 だから「なくてもいいと思ったけど、やっぱり欲しい」というのはありえない。だってそれは、牢獄から脱したのにまた手錠を掛けられに行くのと同じです(笑)。

■大工力を身につけたい

──自由というのが、一番上に置いている価値なのですか。

 こう言うと僭越に聞こえるかもしれませんが、世の中のほとんどの人は、自由という単語は知っているけれど、本当に自由とはどういうことかをご存じないんじゃないでしょうか。私もそうでした。自由というのは、お金をたくさん使えて、何でも欲しいものが手に入ることだと思っていた。でも全く逆だったんです。つまり、「手に入れる」ことじゃなくて「なくてもやっていける」ことが自由だった。

──大工をやりたいそうですね。

 あ、そうなんです! というのは、「大工力」が手に入れば、完全にお金から自由になれるんじゃないかと。なぜって、ようやく「お金を使わなくても満足できる自分」を作ることができたんですが、唯一の例外が家賃。特に東京ではこの負担は本当に大きい。

 そこで考えたんですが、いま田舎も都会も、空き家が増えてみんな困っている。その空き家を修繕できる力が手に入れば、お金から完全に自由になれるんじゃないかと。社会問題の解決にもなるし。

 そういう意味では、いま思えば技術家庭科という科目。学校の勉強で一番大事なのはあれだったと思うんです。料理ができるということも自由を手に入れる大きなツールですが、それに大工力が加われば本当に最強だと(笑)。でも学生時代はそんなことは全然考えていなかった。完璧にバカにしていて、通知表は2でした(笑)。

──横着な生徒ですね(笑)。

 本当に罠にかかりきっていたというか、あの頃はもう完全に、いい学校、いい会社、いい人生みたいにしか世の中を捉えていなかった。だから受験と関係ない科目に時間や労力をかけるのは無駄だとしか考えていなかったんですよね。本当に浅はかでした。

──会社を辞め、社会的な肩書がなくなってみて、「寄る辺なさ」みたいな感覚はありませんか。

 よく聞かれるんですが、それは全くないです。

 新聞記者になった時からずっと、「この仕事の素晴らしいところは名刺一つで誰でも会いに行けるところだ」と言われて、自分でもそう思ってきたのですが、実際に辞めてみたら、名刺がないから人と出会えないということは全然なかったんです。逆に会社員だったら出会えないような人にすごく出会っている気がします。

──例えば。

 近所の米屋や豆腐屋のおっちゃんとか、銭湯の風呂友達もそうですし。あとカフェで仕事をしていたら隣にいた人と知り合いになったということも多い。

パワフルなお金の哲学を提示している本でもある

 もちろんそういう人たちって、これまでの人生でも出会っていたと思うんですけど、会社員って気持ちが会社にばかり向いているので、出会っているのに出会っていない。気持ちの問題だと思うんです。一人になると、やっぱり人は一人では生きていけないのでいろんな人と出会おうとする。横で会話を聞いていて、面白そうな人だと思うと勇気を出して話しかける。最初はなかなかうまくいかなけれど、慣れてくるとそこから思わぬ付き合いに発展していったりする。

 例えば最近、こんなことがありました。よく行くカフェで仕事をしていたらおしゃれな地下足袋をはいたお客さんが入ってきて、面白そうなので話しかけてみたら、湘南で農家をしている方で、野菜の育て方なんかを教えてもらっているうちに、田植えの手伝いに行きますってことになって、実際に行ったらさらに仲良くなって。

 で、つい先日、その人が地元で30人くらい集めていろんな人の話を聞く会を開いているので稲垣さんも何か話しに来てよと。でもお金をもらえるような話もできないのでもごもご言っていたら、では年に1回来てくれたら米を1年分送ります、一生食べるものに困りませんよと。それはいい話だと思って数日前に契約を結びました(笑)。そういうのっていいなと思うんです。お金のつながりより楽しくて面白い。長続きもする。

■いたる所に「チーム稲垣」

──地縁と言うと狭いですが、首都圏くらいの中で、意識すればいろんな人とのコミュニティーができてくるものなのですね。

 物を捨てていった時に浮かんだイメージなんですけど、頭の中で「チーム稲垣」というのを作っているんです。家の中に全部ある必要はないんじゃないか。冷蔵庫を家からなくしたとしても、外の冷蔵庫を使わせてもらっていると考えればいいじゃないかと。

──スーパーのとか。

 そうそう。家に全部抱え込む必要はないわけです。今、ガス契約をしていないので家の風呂は使わないのですが、銭湯が近くにあって、そこがうちの風呂だと。巨大冷蔵庫は持っている、大浴場もある。京都の借景と同じ感覚で自分の暮らしを設計していけばいい。

 人との関係もそうです。例えば私は日本酒が好きなんですが、熱心な日本酒ファンって、一生懸命ネットで調べたり、日本酒を特集している雑誌を集めたりして人気の銘柄を手に入れようとする人が少なくない。でも全部自分でやる必要なんてないと思うんです。私がいつもお酒を注文している酒屋さんはプロ中のプロで、利き酒能力もすごいし、酒蔵にも信頼されているし、私の好みもよく分かってくれている。その人が私のためにお酒を選んで送ってくれるって、もう最高の財産ですよ。もちろんその酒屋さんも「チーム稲垣」の重要メンバーです。

 投票したって、政治は自分の思うようにはなかなか変わらない。でも、自分が応援したいお店でお金を使ったり、あるいは世話になった人にお礼を言ったり、困っている人に笑顔を送ったり、いろんなスキルを総動員すれば、自分の身の回りを快適にしていくことってできると思うんです。

 お金を使うことで考えると、普通は一円でも安く買うことが「お得」って思うけど、それだと相手が損をすることになって人間関係は広がりません。それよりも、チームの強化だと思って、むしろ多めに払いたいくらいの感じだと関係が強化される。結局、お互いが得をする関係が生まれる。

──40歳を過ぎたくらいから、会社では選別の対象になって心穏やかではいられないという話を本で書いていましたが、辞めて時間が経って、どう眺めていますか。

 人を選別するのも会社が生き残るためには当たり前の行動だし、会社に入った以上、選別の対象になるのは当然です。その中でどう生き残っていくか。根回ししたり、陰謀を巡らしたりして出世しようとする人もいるでしょう。でもそうじゃないやり方もあって、そういう中で、自分なりにどうサバイバルし、誰を恨んだりすることなく、自分を高めていくか。

──そんなに否定的には捉えていないんですね。

 それが会社というものだと思うんです。本にも「会社は修行の場だ」と書いたのですが、会社員の醍醐味って、つまるところ理不尽な人事なんじゃないでしょうか。文字どおり生死をかけた戦いですよね。その中をなんとか頑張って心静かに切り抜けて、マイナスのことをどうプラスに転じていくのか。

──尊厳を傷つけられますね。

 本当にそうです。そこをなんとかズタズタにされずに生き残っていくには大変な精神力がいる。お寺の修行も目じゃないくらいの精神修行。そういう場を与えてくれる会社ってやっぱりすごい。

■アフロに一番お金がかかっている

──ところで、その髪形はいくらくらいお金がかかるのですか。

 いい質問ですね(笑)。お金を使わない暮らしの中で、これが一番お金がかかってます(笑)。2万~2万3000円くらいかな。でもこれってすごく安いと思うんですよ。長い時は6時間以上かかりっきりですから。瞑想のように何百個ものロットを巻いてくれる美容師さんを本当に尊敬しています!

──アフロはトレードマークですからやはり重要ですよね。

 狙ってやったことでもなんでもないんですが、もしアフロじゃなかったら、いま来ている仕事の9割9分は来ていない。そう思うと笑えてくる一方で、ちょっと引っかかるところもあって。なんかこう、髪形の自由が奪われたというか……こんなに自由を手に入れた中で、髪形だけは変えられない(笑)。アフロそのものは気に入っているんですけどね。

 ところでちょっと思ったんですけど、マネー誌の存在を否定するような人間の話を載せてもいいのでしょうか。お金は罠だ、みたいなことを言っている(笑)。でもお金って面白いです。要らないと言った途端に集まって来たり。興味の尽きない存在です。

(聞き手/深田武志 撮影/川田雅宏)

[日経マネー2017年1月号の記事を再構成]

日経マネー2017年1月号

著者 :日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 750円 (税込み)


マネー研究所新着記事

ALL CHANNEL