マネー研究所

カリスマの直言

トランプ勝利の陰で「18年FRBリスク」(加藤出) 東短リサーチ社長チーフエコノミスト

2016/11/21

「米国のトランプ新政権が金融政策をどうしたいのかは不透明だが、FRBの人事への影響が大きくなるリスクは警戒しておくべきだ」

「勝てば官軍」。先週、米大統領選挙後に首都ワシントンとニューヨークを訪れた際、土産物屋でそれを実感した。ドナルド・トランプ氏の勝利によって商品ががらりと入れ替わっていたのだ。

今年夏前の訪問時は、トランプ氏をからかう商品が多数見られた。彼は選挙キャンペーン中に「We Shall Overcome」(我々は克服する)といっていた。それを彼の特異な髪形にかけて「We Shall Overcomb」(combはクシでとかす)とプリントされたTシャツ、トイレットペーパー、バッジ、口臭予防ミントが売られていた。ミントには普通は「Fresh breath」(新鮮な息)と書かれているが、これには「Bad breath」と書かれていた。

ところが今回訪れたら、Tシャツはトランプ氏が実に渋いハンサムに見える図柄のものに入れ替わっていた。髪形も変に見えない。土産物屋は新大統領を「よいしょ」する姿勢に転換した。今、店に来る客はトランプ氏当選を喜んでいる人たちだからだろう。

大統領選後の今回は、トランプ氏がハンサムに見える商品に入れ替わっていた(写真はTシャツ)
大統領選前の訪米では、トランプ氏をからかうような商品が多数見られた(写真はバッジ)

ワシントンに最近開業したばかりのゴージャスなトランプ・インターナショナル・ホテルは、選挙直後は抗議者が押し寄せていたが、筆者が行った時は騒然とした様子は消え、多くの観光客が記念撮影をしていた。また、ウォール街の市場関係者は「新政権の下で稼がせてもらおう」といったムードになっている。

とはいえ、東海岸はリベラル派が多い地域であるため、トランプ新大統領誕生に納得がいかない市民はかなりいる。例えば、ワシントンの黒人タクシー運転手は「トランプの減税は金持ちのためのものだ」と激しく怒っていた。

■トランプ氏は「曖昧さ」を巧みに利用できるか

M・カジン・ジョージタウン大学教授(歴史学)は「トランプ氏は『米国を再び偉大な国にする』と主張しているが、昔の米国のポピュリスト政治家に比べると、彼はどんな国民の利益を代表しているのか、実は曖昧なことしかいっていない」と指摘している(フォーリン・アフェアーズ・リポート2016年、No11)。現代は「大衆」といっても以前のように一枚岩ではなく、複雑化しているため、曖昧さがある方が戦略的に有効だったともいえる。

ワシントンの政治ウオッチャーたちからは、トランプ氏は選挙キャンペーン中に主張していた過激な移民制限策や保護主義政策を実際は採用できないだろうとの見方が多く聞かれた。その方が株式市場における「トランプ・ラリー」は継続されやすいが、その場合は移民の増大や自由貿易を憎んでいるトランプ支持の中低所得層の白人は怒り出すだろう。 新大統領は曖昧さを巧みに利用していけるかが注目となる。

今回のトランプ氏の当選は、グローバルなポピュリズム台頭の流れの中のひとつの現象と見なすことができるだろう。これは危険な兆候ではあるが、前述のカジン教授は「危険かもしれないが、必要なのかもしれない」と述べている。

エスタブリッシュメント(エリート層)が多くの民衆の感覚から遊離した政策を行い続けるなら、民主主義の健全性を維持するために、「特権層を揺るがして地殻変動を起こすことが時折必要だ」という考え方である。しかし、米国は影響力において世界最大の国だ。健全さを取り戻すための一時の療法が、妙な方向へ走り過ぎてしまうことがないよう切に祈りたいものである。

ところで、米連邦準備理事会(FRB)の政策は今後どうなっていくだろうか。

短期的な話でいえば、来月12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)に関しては「トランプ次期政権にFRB幹部が配慮して政策方針を変えることはないだろう」との見解がワシントンで多く聞かれた。今後1カ月の間に出てくる経済指標が予想外に悪化する、または現在株式市場に好感されている新政権の政策方針が一転して強い失望を浴び、グローバルに市場が動揺するといったことがなければ、0.25%の利上げが12月に決定される確率は高いと思われる。

中期的な政策運営においては、FRBは財政の持続性に問題が生じない範囲内での政府債務の拡大を望んできた。基本的な方向性はトランプ次期政権と一致しているといえる。これまで金融政策に期待されていた景気回復のための過度な負担が和らげば、FRBとしては緩やかな利上げペースを継続しやすくなる。17年のFRBの利上げ回数は、現時点で1~2回(1回0.25%)と予想している。

トランプ氏当選後のニューヨーク市場では「来年の利上げ回数は3~4回ではないか?」との強気の見方が一部で聞かれるようになった。

しかし、話題となっている次期政権の公共投資拡大は、来年の米議会で議論され、実際に財政支出が増大するのは大部分が再来年以降となる。市場の織り込みがあまりに速く進んで、財政資金はまだ出てこないのにドル高が進み過ぎると、来年の米経済にブレーキがかかる恐れがある。過度なドル高進行をけん制するため、FRBは今年12月に発表する来年の利上げ回数予想(FOMCメンバーの予想の中央値)を2回にとどめるだろう。

■FRB人事へのトランプ政権の介入も

長期的な米金融政策への影響としては、トランプ政権下のFRB幹部人事が注目される。イエレンFRB議長の任期は18年2月に終わる。トランプ氏は今年5月に、イエレン氏は「共和党員ではない」ため再任は認めないと話している。

フィッシャーFRB副議長の任期も18年6月に終わる。また、7人のFRB理事(議長、副議長を含む)のうち、現在2人が空席となっている。さらに、タルーロ理事とブレイナード理事は新政権との折り合いがおそらく悪く、いずれ辞任するのではないかとの観測も聞かれた。その場合、共和党優位の上院は少なくとも18年11月の選挙まで続くので、トランプ氏はやろうと思えば、FRB理事会の大多数(最大6人)を自分の息がかかった人物で占めることができる。

ただし、トランプ氏自身が金融政策を中長期でどうしたいのか実はまだ不明瞭だ。昨年、彼は超低金利の継続を望む発言をした。しかし、今年9月には超低金利でオバマ政権を支えているイエレン氏は「政治的だ」「自分を恥じろ」と発言し、逆にFRBを攻撃した。一貫性がないため、本音がはっきりしない(不動産業を長くやってきた人の場合、一般的には低金利を望む傾向があるだろう)。

トランプ氏は「彼の支持層である退役軍人が低い預金金利に強い不満を持っていることを意識している」との話がウオール街関係者から聞かれた。米紙ニューヨーク・タイムズ(11月12日付)も次のようなアナリストの見方を紹介している。「トランプ氏の経済アドバイザーたちは、長期化している危機対策の金融政策は、株式市場をバブル化させ、預金者の利息収入を押し潰し、公衆を不安にさせ、資本のミスアロケーション(不適切な配分)を促していると見ている」

総合して考えると、トランプ政権はゆっくりとしたペースで利上げを続けようとするFRBを当面は歓迎するだろう。しかし、FRBが政策金利を引き締めの領域へと引き上げようとすると様子が変わってくるかもしれない。その場合、前述のようにFRBの意思決定権に大きな影響を与えかねないだけに、先行きが心配される。

■問われる「インフレファイター」の役割

というのも、財政支出拡張策の発表により、既に米国の10年物価連動債に織り込まれたインフレ予想(ブレーク・イーブン・インフレ率=BEI)は急上昇している(図表参照)。そこに万が一、外国からの輸入品に高い関税をかける保護主義策が加わると、インフレ予想はより上昇していくだろう。その際に、さらに悪いことにFRBの独立制を縛るような人事が18年に行われ、市場が「FRBはインフレファイターになれない」と見なしたら、米国のインフレ予想は制御困難な上昇を示す恐れがある。

それはあくまで最悪のケースであり、米国の金融関係者にそれを話したら「早過ぎる心配だ」といわれそうだが、念のため警戒しておく方がよいリスクシナリオと思われる。

加藤 出(かとう・いずる) 1965年生まれ。88年3月横浜国立大学経済学部卒、同年4月東京短資(株)入社。短期市場のブローカーとエコノミストを兼務後、2002年2月に東短リサーチ(株)取締役、13年2月より現職。マーケットの現場の視点から日銀、FRB、ECB、中国人民銀行などの金融政策を分析している。07~09年度に東京理科大学、中央大学で非常勤講師。主な著書に「日銀は死んだのか?」(日本経済新聞社、01年)、「バーナンキのFRB」(ダイヤモンド社、共著、06年)、「東京マネー・マーケット」(有斐閣、共著、02年、09年)、「日銀、『出口』なし!」(朝日新聞出版、14年)など。

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