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「記録の出やすさ」と「筋肉負担軽減」両立への挑戦 サーフェスをテクノロジーする(3) 北岡哲子日本文理大学特任教授

日経テクノロジーオンライン

2016/12/12

前回紹介した「タータン」(米3M)をはじめ、世界的に普及し、多くの選手が新記録を打ち立て、長所ばかりがクローズアップされていた全天候トラックにも、時が経つにつれて、いろいろな問題点が浮上した。

中でも致命的だったのは、全天候トラックで練習する選手の足や膝に障害が出てきたことだ。その数は少なくなかったので、海外のある名コーチをして「自分が教える選手には主として土のトラックや自然道を走らせ、全天候トラックは記録を取る時にだけ走らせるように注意を払っている」と言わしめたほどである。

アスリートにとって高い危険性をはらんでいるトラックの状況を危惧し、日本ではきめ細かい研究や改良が始まった。その努力は現在も続いている。当時、筑波大学小林研究室や、東京工業大学小野研究室を筆頭に各所からアスリートの安全性確保を目指した研究論文が発表され、「スポーツ力学」という新たな研究分野誕生のきっかけになった。多くの研究成果が生まれ、全天候トラックの構造や材質に取り入れられることにより、記録と安全性の向上に貢献している。

アスリートの安全に望ましい緩衝特性を得られる工夫がいかになされてきたのか、その改良の軌跡を以下で紹介しよう。

■時代は合成ゴム敷物系舗装材へ

全天候トラック舗装には、タータンからスタートしたウレタン系舗装材と、別のアプローチで開発されたゴムチップウレタン系舗装材、さらに合成ゴム敷物系舗装材の3種類がある(テニスコートにはこの他、アクリル系とアスファルト系がある)。

A. ウレタン系舗装材

日本における最初の全天候トラックは、ウレタン系舗装材による単一硬度ウレタン構造だった。図1のように、望ましい緩衝特性に最も近い材質のウレタンで仕上げる(図中[2]の部分)が、単一硬度であるため多様な走法やそれによる衝撃の変化に対応できる幅広い緩衝特性を持たせるのは困難だった。

図1 単一硬度ウレタン構造

ウレタンのような粘弾性体では、同じ力で押してもゆっくり押せば軟らかく、速く押すと硬く感じる不思議な性質がある。この点は、金属バネのようにゆっくり押しても速く押しても硬さの感じが変わらない材料と大きく異なる。指でゆっくりと押した時には軟らかく感じるトラックも、競技者がスパイクを激しく叩き付ける状態では硬く筋肉に強い衝撃を与え、この繰り返しが筋肉疲労の原因となることが分かってきた。

そこで、筋肉に負担を掛けずに記録を狙える全天候トラックの開発時代を迎えた。その時期に生まれた改良案の1つが、ウレタン層を2層に分け、下を軟らかく上を硬くした「多重弾性構造」である(図2[2]の部分)。異なった硬度と異なった特性を持った弾性層の合成効果で、対応できる衝撃吸収の領域を広げられる。

図2 多重弾性構造

しかし、多重弾性構造にも弱点として、

(1)何層にも施工する手間がかかる

(2)思ったように衝撃吸収性が得られない

(3)価格が高くなる、があった。

さらに改良を重ね、1982年に開発されたのが発泡弾性骨材混合構造だ。

弾性層に発泡弾性骨材を混合し、1層で仕上げる構造である(図3[2]の部分)。ウレタン系、EVA(エチレン酢酸ビニルコポリマー)系などの発泡骨材チップをウレタンに混合すると、衝撃吸収性を調節できる。ウレタン舗装単体では得られない運動特性を狙ったものだ。

図3 発泡弾性骨材混合構造

施工が容易になる長所もある。骨材を混合しないウレタンは流動性が高いため、勾配がついた下地に流し込むと、勾配に従って低いところにたまり、層の厚さと表面勾配を保ちにくい。これを防ぐために、一度に塗るウレタンを薄くして何層かに分けて施工していた。発泡骨材を混合すると、流動性を制御してダレにくくすることができ、1層で一度に仕上げられるようになった。さらに、発泡チップは増量材にもなることから、コストを抑える効果もあった。

しかし、この方法にも以下の課題があった。

(1)衝撃吸収性を高めるためには多くの発泡チップを混合しなければならないが、多く入れても効果には限度がある

(2)多く混合することにより、引っ張り強度などが低下する

(3)トッピング仕上げ以外の、吹き付けなどの仕上げでは層が1mm程度と薄いため、スパイクなどにより傷が付いてしまう(トッピング仕上げ層は2~3mm)

以上を解決するために上塗層が必要となり、現在標準的に国内外で使われているウレタン系全天候舗装材は図4のような構造になっている。基層となるアスコン(アスファルト・コンクリート、砂や砂利に結合材としてアスファルトを加熱混合したもの)層は、通常は非透水性のアスコンを使う。

図4 ウレタン系全天候舗装材

B. ゴムチップウレタン系舗装材

図5 複合弾性構造

以上とは異なった発想の下、1980年代初期に欧州では複合弾性構造が開発された。弾性層は、下部にゴムチップやウレタンチップを骨材としてウレタン系バインダーで結合させた弾性舗装、上部にウレタン層を用いた2層で構成する。2層の材質の組み合わせと、厚さの比で特性をコントロ-ルする。ゴムチップは古タイヤの再利用であるため、コストを抑えられる(図5)。

このカテゴリーの舗装材には、非透水型のものと透水型のものがある(図6)。非透水型はゴムチップやウレタンチップの弾性層上にウレタン表層を施工したもので、外観は前述のウレタン系全天候舗装材に類似している。透水型は、弾性層上にウレタン系の透水性トップコートをスプレーし、弾性層と基層の持つ透水性を生かすようにしたもの。ただし耐性がやや低く、スパイクピンの使用には制限がある。

図6 ゴムチップウレタン系舗装材。左は非透水型、右は透水型

C. 合成ゴム敷物系舗装材

図7 合成ゴム敷物系舗装材の1つ「SuperX」

シート状のクロロプレンを主材とし、表面をエンボス仕上げした製品で、現在のところ日本製品はない。施工方法に特徴があり、他の製品では原液を現場で混合して流し込むのに対し、この方法ではシート状マットを現場で接着して仕上げる。

1999年以降のオリンピックと世界陸上競技選手権大会のサーフェスは、全てこの合成ゴム敷物系舗装材である「SuperX」(イタリアMondo)が採用されている[注]図7)。

■国際陸連がサーフェスルールを規定

そうこうしているうちに、1999年にIAAF(国際陸上競技連盟)が全天候舗装材の品質規格を制定し、認証制度を始めた。これにより、陸上競技用の全天候舗装材は、IAAFの定めた衝撃減衰率や垂直変位量、その他の規格値への適合が求められるようになった。

図8 メカニカルフロス工法の発泡フォーム層

衝撃減衰率を高めることは、舗装体を柔らかくすれば達成できるが、力が加わった時に生じる垂直変位量が大きくなって品質規格値に収まらなくなる。この相反する条件を満たすように、ウレタンに混合する弾性骨材や発泡性骨材の特徴を生かすことで対応が進んでいる。その1つにメカニカルフロス工法があある(図8)。

メカニカルフロス工法は、強力なミキサーを使ってウレタン配合物に空気を混合し、これをアスコン層の上に塗布して発泡フォーム層を形成、これが表層の上塗り層やエンボス層と一体となって衝撃吸収性を向上させる。IAAFの品質規格を達成するための強力な手法となっている。

以上、サーフェス弾性層の改良の経緯をもう一度まとめると、単一構造から多重構造が提唱され発泡弾性骨材混合技術へと広がった。そしてさらに、現在も標準的なウレタン系全天候舗装材から、規格により衝撃吸収性能をアップするための仕上げを施したメカニカルフロス工法が登場した。並行して、コスト低減という別の視点で複合弾性構造が1980年代初めに欧州で開発され、日本にも入ってきた。

図9 トッピング仕上げ

もう1つ、表面の仕上げ方についても改良が進んでいるので説明しよう。ウレタンで表面仕上げされたトラックは、降雨時の水切りが悪く、滑りやすく危険。そこで「タータン」以来、表面にノンスリップ性を持たせるため、ウレタンチップをトッピング材として付着させる仕上げ方法が主流になっていた(図9)。

しかし、トッピングが摩耗するにつれて“走り”のフィーリングが徐々に変化することから、選手から「トッピング仕上げは、摩耗した時の方がかえって走りやすく、記録を出しやすい」といった声も出ていた。

この背景には、次のことが考えられる。初期の全天候トラックではトッピング材のサイズは3~4mmだったが、日本陸上競技連盟が5mm前後と定めて以来、大きめのものが使われるようになった。

大サイズのトッピング材では、(1)スパイクピンが真の表層面を捉えるのをトッピング材が邪魔し、スパイクの掛かりが悪くなる、(2)トッピング材がシューズの底面を宙に浮かすため、不安定な横ブレを生じる、などの問題があることが分かってきた。そのためトッピング材が少し摩耗した方が、上記の問題点が解消され、スパイクと真の表層面の密着性が高まって走りやすくなるという。

トッピングは、硬度や粒径を変化させることで緩衝特性をコントロールできる優れた方法であるため、現在でも多くの競技場で採用されている。一方、摩耗した時の方が走りやすく記録が出やすいという事実を記録向上に結び付けるため、エンボス(ノンスリップ)仕上げ工法と呼ぶ、新設時からトッピングの摩耗した状態を実現した方法も開発されている。滑らかなウレタン表層にエンボス加工を施して仕上げるもので、次のような方法がある。

・スプレー工法

エンボス材をスプレーしてエンボス仕上げを施した上に、トップコート材を塗布する(図10)。

・ローラーエンボス工法

エンボス材を上塗り層に塗布してローラーで凹凸状に仕上げ、その上にトップコート材を塗布する。「世界陸上2007大阪」の会場である大阪市長居陸上競技場に採用された(図10右)。

以上のプロセスを経て、全天候トラックを実現するサーフェスは現在に至っているが、現在の課題について奥アンツーカの奥 眞純顧問に聞いた。

「弾性体を素材とした全天候トラックは粘弾性体の性質をもつため、ランニングによる衝撃への走路の緩衝特性が、天然土舗装と全く異なるものであることがスポーツ力学の進歩と共に分かってきました。タ-タン以来50年近い努力により新素材が次々と投入され、全天候トラックは目ざましい進歩を遂げました。しかし、いまだ多様な「走り」の条件を同時に満足させる舗装材は登場しておらず、用途に適した舗装材を選んで使い分けなければならないのが現状です。例えば、短距離走者に適した舗装材と中長距離走者に適した舗装材とでは異なった緩衝特性が望ましいとされます」(同氏)

奥顧問が指摘するように、さまざまな走りへの細やかな対応が、今後の課題。奥アンツーカはじめ、各社の健闘に期待がかかる。

[注]例外として、2007年世界陸上大阪大会の会場である長居スタジアムではウレタン系「トップエースCL」(奥アンツーカ)、2009年世界陸上ベルリン大会の会場であるオリンピアシュタディオンでもウレタン系の2回だけは、ドイツも日本も自国産のサーフェスを使用。

(日本文理大学特任教授 北岡哲子)

[日経テクノロジーオンライン2016年7月8日の記事を再構成]

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