コルビュジエの休暇小屋 簡素極小、人間本来の暮らし

縦横366センチ四方の部屋。左奥の服入れの裏側に、入り口に通じる廊下がある。右奥には極小のトイレ。その手前が木製ベッド。台所や浴室はなく、食事は隣の食堂で、風呂は外にある簡易シャワーで済ませていた
縦横366センチ四方の部屋。左奥の服入れの裏側に、入り口に通じる廊下がある。右奥には極小のトイレ。その手前が木製ベッド。台所や浴室はなく、食事は隣の食堂で、風呂は外にある簡易シャワーで済ませていた
20世紀の近代建築に多大な影響を及ぼした建築家、ル・コルビュジエ。今年7月、世界遺産に認定された7カ国17施設のなかには、夫人と2人で最小限の暮らしを営むために建てた簡素な小屋があった。南仏の小さな村にある「カップ・マルタンの休暇小屋」。この小宇宙に凝縮された、コルビュジエの思いとは?

8畳の1R まるで茶室

「休暇小屋」は南仏のカップ・マルタンという村に立つ。質素な材料を使い、一見するとログハウスのよう。海水浴を愛したコルビュジエは、小屋付近の海岸で水泳中に心臓発作を起こし、77歳で永眠した

「国立西洋美術館などを手掛けた巨匠ル・コルビュジエの」、加えて「風光明媚(めいび)なコート・ダ・ジュールに立つ別荘」と聞けば、さぞや豪華な建造物を連想する人が多いはず。しかし、見てびっくり。夫人と2人で過ごすために設計した「カップ・マルタンの休暇小屋」は、なんとわずか8畳ほどのワンルームなのだ。

左隅にステンレス製の洗面器、窓の折戸には、鏡が付いている。地中海の強い光とは対照的に、内部はベニア合板張りのほの暗い空間。「目が慣れるのにしばらく時間がかかるほど、外光との差があります」(中村さん)

「驚くほど小さく、簡素。まるで茶室のようです」と話すのは、休暇小屋に8回足を運んだという建築家の中村好文さん。

休暇小屋は、コルビュジエが人間にとって「極小の住居空間」とはどのようなものかを構想し、実験的に作ったものだという。

天井の高さを一部変えて収納にしたり、彩色したりして空間に変化をつけている。木製ベッドの下部には収納用の引き出しも。コルビュジエは家具デザインの名手でもあった

「日本には、人が生活するのに最低限必要なスペースは『立って半畳、寝て一畳』、という考え方があります。それに似た発想がコルビュジエにもあったのでしょう」

この休暇小屋には、コルビュジエ自身が人体の寸法と黄金比をベースにして作った基準寸法、「モデュロール」が当てはめられている。例えば、天井高の226センチは身長182.9センチのおとなが立って手を上に伸ばしたときの寸法だ。

「内部は薄暗くて洞窟のよう。竪穴式住居的な住まいの原型を感じさせます。巣にこもっているような居心地の良さがあったのではないでしょうか」と中村さん。実際に、コルビュジエは「住み心地が最高のここで一生を終えるであろう」と語ったほど気に入っていたようだ。

集合住宅や美術館など、巨大な建築を多く手掛けたコルビュジエにとって、この小屋は「飛び抜けて異質」だという。20世紀を代表する建築家が「人が住む家」のあるべき姿を考え抜いた結果が、この小屋だというのは興味深い。

鴨長明に通じる 立ち返る原点

一丈四方の庵(いおり)を結び、「方丈記」を著した鴨長明の哲学にどこか似たものを感じはしないだろうか。

「小屋には心をくすぐる魔力がある。終生憧れ続けた地中海に面することも大きいですが、無駄がなく機能的なこの小屋に帰ってくると、コルビュジエは人間本来の暮らしに立ち返ることができたのではないか。私はそう考えています」

(「日経おとなのOFF」12月号「捨てる勇気、持たない幸せ」特集から抜粋。文・市川礼子、写真はアフロ提供)