8畳の1R まるで茶室
「国立西洋美術館などを手掛けた巨匠ル・コルビュジエの」、加えて「風光明媚(めいび)なコート・ダ・ジュールに立つ別荘」と聞けば、さぞや豪華な建造物を連想する人が多いはず。しかし、見てびっくり。夫人と2人で過ごすために設計した「カップ・マルタンの休暇小屋」は、なんとわずか8畳ほどのワンルームなのだ。
「驚くほど小さく、簡素。まるで茶室のようです」と話すのは、休暇小屋に8回足を運んだという建築家の中村好文さん。
休暇小屋は、コルビュジエが人間にとって「極小の住居空間」とはどのようなものかを構想し、実験的に作ったものだという。
「日本には、人が生活するのに最低限必要なスペースは『立って半畳、寝て一畳』、という考え方があります。それに似た発想がコルビュジエにもあったのでしょう」
この休暇小屋には、コルビュジエ自身が人体の寸法と黄金比をベースにして作った基準寸法、「モデュロール」が当てはめられている。例えば、天井高の226センチは身長182.9センチのおとなが立って手を上に伸ばしたときの寸法だ。
「内部は薄暗くて洞窟のよう。竪穴式住居的な住まいの原型を感じさせます。巣にこもっているような居心地の良さがあったのではないでしょうか」と中村さん。実際に、コルビュジエは「住み心地が最高のここで一生を終えるであろう」と語ったほど気に入っていたようだ。
集合住宅や美術館など、巨大な建築を多く手掛けたコルビュジエにとって、この小屋は「飛び抜けて異質」だという。20世紀を代表する建築家が「人が住む家」のあるべき姿を考え抜いた結果が、この小屋だというのは興味深い。
鴨長明に通じる 立ち返る原点
一丈四方の庵(いおり)を結び、「方丈記」を著した鴨長明の哲学にどこか似たものを感じはしないだろうか。
「小屋には心をくすぐる魔力がある。終生憧れ続けた地中海に面することも大きいですが、無駄がなく機能的なこの小屋に帰ってくると、コルビュジエは人間本来の暮らしに立ち返ることができたのではないか。私はそう考えています」
(「日経おとなのOFF」12月号「捨てる勇気、持たない幸せ」特集から抜粋。文・市川礼子、写真はアフロ提供)