アレンジやサプリにも 「個食鍋つゆ」ヒットの秘密
目新しい味も出尽くし、ここ数年の鍋つゆの売れ筋は、だし重視のオーソドックスな味に回帰している。爆発的なヒットがなかなか出ない状況のなかで、着実に市場を拡大し続けているのが個食タイプの鍋つゆだ。
そのジャンルに先鞭(べん)をつけたのが、味の素。2012年8月に発売した「鍋キューブ」は、スタート時の3品から現在は7品に増え、2015年度の売り上げは初年度の3倍に伸びている。それに続きエバラ食品が2013年に発売したポーションタイプの鍋つゆ「プチッと鍋」シリーズも、発売初年度の3品から現在は7品に拡大。発売初年度の売り上げは9億円だったが、2014年度は18億円、2015年度は27億円と伸び続け、2016年度は35億円が目標だという(いずれも出荷ベース。2015年以降はポーション調味料の売り上げも含む)。
こうした状況を見据えてか、2016年は他のメーカーも相次いで個食タイプの鍋つゆの新商品を発売している。キッコーマンは2016年8月8日、同社初となる個食タイプの鍋つゆ「キッコーマン Plus鍋」シリーズ3品を発売。にんべんも、2016年9月に同社初となる個食タイプのパウチ「"だしが世界を旨くする"こだわり鍋シリーズ」3品を発売した。ストレートタイプの鍋つゆではシェアトップのミツカンも、2015年に発売した個食タイプの鍋つゆ3品を4品に拡充し、「こなべっち」シリーズとしてスタートさせた。3~4人前のストレートタイプで人気の味を、1人からでも楽しめるようにしたという。
個食タイプの鍋つゆが発売され始めた当初、その背景には「家族でも食の好みがバラバラになってきている」という、嗜好の多様化も大きな要因と見られていた。しかしキッコーマンの調査では「一般的な個食タイプの鍋つゆを自分ひとりの食事のときに使用しているのは全体の26%にすぎない」という結果が出ている。
それではなぜ個食タイプの鍋つゆの売り上げが伸びているのか。鍋つゆ市場はどこへ向かうのか。アレンジ提案、健康訴求という新たな切り口の商品を投入した2社への取材を軸に、市場の現状と今後を探った。
アレンジが幅広すぎて、もはや"鍋も作れる調味料"
個食タイプの鍋つゆが売れている大きな理由のひとつが、調味料としての手軽さ、便利さ。「少量で使えることから、具だくさんスープや麺類のスープ・雑炊などにまで鍋つゆの用途が拡大している。そのため家庭内使用機会が拡大し、鍋つゆ全体よりも大きく伸長している」(味の素)。こうした用途の拡大に着目し、大胆なアレンジ提案をしているのが「にんべん」の「"だしが世界を旨くする"こだわり鍋」シリーズだ。
にんべんは、1699 年 (元禄12年)創業のカツオぶし専門店だが、パウチの個食鍋つゆ製品を発売するのは同シリーズが初。すでに激戦状態のパウチ鍋つゆ市場に後発で参入するとあって、これまでにない商品を作る必要に迫られ、同社初となる女性だけの開発チームを立ち上げた。同社役員は開発にあたって「意見を求められれば答えるが、決して口出しはしない」という鉄則を守ったという。
だしメーカーとしての特徴を出すために、化学調味料は無添加に。一般的にパウチ包装にすると、レトルト殺菌の段階でだしの風味が飛びやすい。それを補うため、化学調味料を添加している製品が圧倒的に多いからだ。もうひとつ重視したのが、多彩なアレンジ提案。「他社製品では袋裏にシメのアレンジ提案が載っているものが多いが、シメはすでに浸透していて、いくらアレンジしても新しさは見えにくい。鍋以外の用途にも使ってほしいと考え、アレンジレシピがおいしくなるよう、中身をしっかり作りこんだ」(にんべん)。最も苦労したのがこのアレンジのアイデアだったというが、「意外性があって試してみたくなるメニューが多い」「女性視点が生かされている」と好評だという。
ウェブサイトでアレンジレシピを見て、たしかにその多彩さに驚いた。「阿波尾鶏だし コク味醤油」が炊き込みご飯をはじめ、豚バラ大根などの煮物、きんぴらなど、しょうゆテイストの料理に使えるのは想定内だが、「三種の魚介だし入り 香味ブイヤベース」はピラフやカジキのマリネソテーのソース、ミネストローネなどに。「コラーゲン入り 濃厚チキン白湯」はチャーハンや海南鶏飯(カオマンガイ)、ナムルなどに使えるのだ。これが味噌味、塩味だと想定内になるのだろうが、外国料理風のつゆのアレンジであることに目新しさと面白さがある。数種類を実際に試作してみたが、どれも手軽に使えて味が良く、場所をとらない調味料としても非常に便利だと感じた。「もはや鍋も作れる調味料では?」と思うほどだ。
だしのおいしさを期待させる商品のネーミング、円を多用した女性らしいデザイン、高級感を出すため袋の下の部分だけマット印刷にしたことなど、デザイン面にも女性目線のアイデアを多く盛り込んだ。また化学調味料無添加をアピールするため、商品名より「だし」の文字を大きくしている。激戦のパウチ鍋つゆ市場での当面の目標は、販売個数以前にまず導入店舗を増やすこと。今年は1000店舗が目標だが、順調に増えているという。
健康訴求の鍋つゆがドラッグストアで売れている
キッコーマンが個食タイプの鍋つゆで狙っているのが、喫食機会の拡大だ。「3~4人用のストレート鍋つゆでは家族が集まらないと食べることができず、必然的に喫食機会が限定されていた。個食タイプにすることで鍋料理がスープ感覚で手軽に作れるようになり、新たな需要が出てくる。朝のみそ汁代わりに、主婦のひとりランチにと、もっと手軽にさまざまなシーンで楽しめる鍋つゆを作りたいと考えた」(キッコーマン食品)
もうひとつ、同社が注目したのが、ウェルネス市場の伸びだ。「シニア世代を中心に、体に良い成分を手軽にとれる商品が求められている。とりたい成分は人によって違うので、個食タイプの食品のほうがニーズに合致しやすい」(キッコーマン食品)
そこで多くの人が「とりたい」「不足している」と感じている成分の上位を選び、それに合う味種を研究した。「Plus鍋 三種の根菜だしのよせ鍋つゆ」は、すりおろした根菜のだしでみぞれ鍋風の味わいを出しつつ、1人前で食物繊維5.1gをとることができる。1人前にコラーゲン1000mgを配合した「Plus鍋 鶏白湯鍋つゆ」は、美容ドリンクと同じピンク系をパッケージに用い、ドラッグストアのコラーゲン飲料などと同じコーナーで販売することで、売り上げを伸ばしている。1人前で乳酸菌100億個(殺菌)をとることができる「Plus鍋 スンドゥブチゲスープ」は、あるドラッグストアでは鍋つゆ部門の売り上げトップを記録したそうだ。袋の裏面のアレンジ提案も、「切干大根を入れてもっと腸活」「手羽先を入れてもっと美活」「納豆を入れてダブル菌活」など、ウェルネス寄りの提案も加味しているところが、にんべんとの違いだ。
「女性を対象にこの商品のアンケートを取ったところ、5割以上が『自分使いとして(1人で)食べたい』という回答だった。機能を訴えた食品であること、個食タイプであることを強く打ち出したことで、『自分のための鍋料理』として選んでもらえる商品になった。 また"ふだん使いで、気楽にかまえず食べてもらいたい"というコンセプトも伝わっていると思う」(キッコーマン食品)
アレンジ提案、健康訴求は市場拡大の突破口になるか
近年、「使いきれない調味料が冷蔵庫にあふれている」というストレスを解消するための"万能調味料"のニーズが高まっている。だが個食タイプの鍋つゆはそれだけで味が決まる調味料としても使え、さらに料理1回分にちょうど適量の使い切りなので、冷蔵庫の中で持て余すことがない。使いそびれて賞味期限が切れ、捨ててしまうムダもない。まさに理想的な万能調味料ともいえる。
また近年、ドリンク剤などにとどまらず、し好品などさまざまな分野で健康成分が手軽にとれる食品が人気を集めている。例えばロッテが2015年10月に発売した乳酸菌がとれるチョコレート「乳酸菌 ショコラシリーズ」は、2016年8月に累計2000万個を突破する大ヒットとなっているほどだ。手軽に作れることで主婦に歓迎されている鍋料理に機能性がプラスされれば、ヒットのチャンスはありそうだ。
鍋つゆのヒット商品を生み出すため、これまで多くのメーカーが「どのような鍋料理が好まれているか」をリサーチしてきた。だがもしかしたら、鍋料理の嗜好の変化とは直接関係のないところに、ヒットの鍵が隠されているのかもしれない。
(ライター 桑原恵美子)
[日経トレンディネット 2016年11月11日付の記事を再構成]
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