ヘッドホンはワイヤレス主流へ 人気沸騰の左右独立型
西田宗千佳のデジタル未来図
現在、ヘッドホンの世界で「ワイヤレス化」が本格的に進んでいる。オーディオの中心にスマートフォン(スマホ)が位置付けられるようになり、そこでの利便性を考えてのものだ。アメリカ市場を中心に広がっていたものが、2016年は日本市場にも拡大し始めている。
アメリカではすでにワイヤレスが主流
オーディオ機器の中で、順調に売り上げを伸ばしているものは少ない。例外がヘッドホンである。他の機器が売り上げを落とす中、ヘッドホンだけは、数量こそ微減だが、単価アップに伴い、売り上げは上がっている。市場調査会社GfKジャパンの調査によれば、12年から15年まで3年間連続で売り上げは前年より上昇しており、16年上半期は、数量・売り上げともに前年同期からプラス成長だった。売り上げの成長率は7%と決して大きなものではないが、他のAV機器が数量で前年比10%以上のマイナスとなっている中、非常に重要な市場と言っていい。
ヘッドホンだけが伸びている理由は、スマホがオーディオの中心となってきたからだ。スマホ付属のものでは満足できない人が増えたこと、紛失や故障などで買い換える人が増えたことが原因と考えられる。
中でも、単価アップに大きな役割を果たしているのは「ハイレゾ」と「ワイヤレス」である。どちらも、数量での市場構成比は数%(GfKジャパンの値では、16年上半期の値で、ハイレゾ対応が3%、ワイヤレス対応が6%)だが、単価が高いため、市場規模押し上げの効果が大きい。
特にワイヤレスは、ここからさらに一般化が見込める市場だ。
一つの要因は、ヘッドホン端子を搭載しないスマホが出始めていることだ。もっとも影響力が大きいのが、アップルの「iPhone 7シリーズ」であるのはいうまでもない(写真1)。モトローラのフラッグシップスマホ「Moto Z」も、最薄部で5.2mmという薄さを実現するために、ヘッドホン端子を搭載していない。これらの機器でヘッドホンを使う場合、スマホ本体に付属するアダプターを使うか、別売りのワイヤレス・ヘッドホンを使う必要がある。このこと自体は、すでにある多くのヘッドホンとの互換性を考えると、必ずしもプラスという訳ではない。だが、このような製品が企画された背景には、アメリカ市場では日本よりもずっと「ワイヤレスシフト」が進んでいる、ということが挙げられる。
アメリカの市場調査会社NPDによると、北米市場でのヘッドホンの売り上げにおいて、16年上半期、Bluetooth対応のワイヤレス・ヘッドホンが、有線タイプを金額ベースで初めて上回り、シェア54%となった。新たにヘッドホンを求める人の多くがワイヤレスのものを求めるようになっているため、特に北米市場では、ハイエンドスマホにおいて「ワイヤレスシフト」を敷いても、日本ほど大きな反発はない、ということでもある。
日本でも、ワイヤレス比率は高まりつつあり、安価なものは3000円台から入手できるようになってきた。価格面での問題は解消しつつあり、日本でもブレイク直前である。
「左右独立型」は自由さが特徴
ワイヤレスになることの最大のメリットは、いうまでもなく「自由さ」だ。
その自由さを最大まで広げるのが「左右独立型」のワイヤレス・ヘッドホンだ。多くのワイヤレス・ヘッドホンは、ワイヤレスと言いつつも、左右の耳の間は有線接続だ。この部分までワイヤレス化したのが「左右独立型」だ。ケーブルが全くないので、より自由で開放感がある。
左右独立型のヘッドホンは15年より市場に出始めている。技術的には、「頭をまたいで安定的な通信をすること」「耳に入る程度の小さな容量の機器で、長時間バッテリーで動く機器を作ること」が問題だったのだが、ある程度解決のメドが立ってきた。特にバッテリーの問題については、本体だけでの通信時間は数時間程度だが、ケースを充電器替わりに使う仕組みにすることで、こまめに簡単に充電できるようにして、実用性を維持している。汎用的に使える「左右独立型ヘッドホン用LSI」を外販する企業も出てきたため、17年にはより多くの製品が出てくるだろう。
このジャンルでの注目は、アップルの「AirPods」(写真2)とオンキヨーの「W800BT」(写真3)だ。とはいえ現状、どちらの製品も入手が難しい。AirPodsは16年10月末に予定していた販売開始時期が伸び、記事を執筆している11月初めの段階では、発売時期がわからない。W800BTは16年9月に発売されたものの、人気が沸騰し、市場にはほとんど在庫がない状態。オンキヨーは10月に入り、異例の「欠品に関するリリース」を出したほどだ。AirPods発売の延期については理由がわかっていないものの、需要はかなり高く、数量を準備するために慎重になっているのでは……ともいわれている。
無線×ハイレゾは17年から本格化
もう一つのトレンドは「高音質化」だ。ワイヤレスで音を伝送するには、どうしても劣化が伴う。伝送用の音声圧縮規格を高度なものにし、劣化を抑えて「ハイレゾに近い質」を実現するものが増えてきた。
このジャンルに早くからアプローチしているのがソニーだ。ソニーは15年より独自に「LDAC」(エルダック)という圧縮技術を使い、ワイヤレスではあるが、ハイレゾに大きく劣らない質での伝送を実現している。LDACでは音質優先モードの場合、サンプリング周波数として96kHz/24bitが使える。これが「ハイレゾ級」とされる理由だ。ただ、LDACによる伝送は、LDACを搭載した機器同士でないと効果がない。具体的には、ソニーモバイルのスマホやウォークマンと、ソニーのヘッドホンの組み合わせでなくてはならない。
より採用例の多い規格としては「aptX HD」が挙げられる。aptXは、スマホ向け半導体の大手Qualcommが提供する技術で、アップル以外の多くのスマホで採用されている。サンプリング周波数をaptXの44.1kHz/16bit(CD並)から、48kHz/24bitに拡張したのが「aptX HD」だ。aptXの採用例が多いことから、aptX HDも採用スマホが増えてくると思われる。とはいえ現状は、LGエレクトロニクスの「TONE PLATINUM」(写真4)など、いくつか対応ヘッドホンが出てきたところで、スマホでの本格対応は2017年以降となるだろう。
ちなみに、アップルはワイヤレス化に積極的であるものの、ハイレゾにはまったく対応していない。この辺は、ハイレゾの認知と需要が主に日本を中心としたアジアに偏っていることが影響しているのではないだろうか。
ワイヤレスでのハイレゾはまだ始まったばかりである。そんな中でも特に現状、音質・実用性の両面でおすすめできるのがソニーの「MDR-1000X」(写真5)だ。LDACでの伝送に加え、圧縮された音の欠損部分を補い、よりよい音質に補正する「DSEE HX」を「ヘッドホン側」に搭載した。有線もしくはLDACで聴くのが最も高音質ではあるが、LDAC非対応のスマホからの音でも音質が大きく改善される。ハイレゾに対応しないiPhoneで使っても音質が良くなる。
今後はワイヤレス・ヘッドホンも、有線のものと同じように「高付加価値型」と「低価格型」で分かれていくだろう。趣味性が高く、複数買う人も多い製品なので、当面はヘッドホンがオーディオをリードする状況に変化はなさそうである。
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
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