お笑いで天下取るぞ! 青春のメガ盛りラーメン
立川笑二
師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載しているまくら投げ企画14周目。今回の師匠からのお題は「ラーメン」。14投目! えいっ!
私は落語家になる前に、大阪のよしもとクリエイティブ・エージェンシーの養成所、New Star Creation(略してNSC)に通っていた。
幼稚園のころからの幼なじみである比嘉くんと、高校卒業と同時に入った。
比嘉くんとは中学生のころ、部活の合宿の余興で漫才をやったことがきっかけでコンビを組み、学校の行事でも漫才をするようになり、高校生のころには、地元のお笑いライブにも出るようになっていた仲だ。
そんな高校生のころに、その比嘉くんとネタの相談をしたりするために頻繁に通っていたラーメン屋さんがあった。
高校2年生の春、部活終わりにいつものように二人でラーメン屋さんに入ってお互いにラーメンを食べ終わったところで私は切り出した。
「高校卒業したら、沖縄を出て吉本に行きたい。一緒についてきてほしい」
比嘉くんは一度「本気?」と私に聞いた後、うなずく私を見てしばらく黙っていたが、「俺達なら絶対に売れる」「一緒に天下取ろうぜ」と続ける私の言葉を受けて
「今から、この店の大食いチャレンジに成功したらいいよ」
と返してきた。
このラーメン屋さんで行われている大食いチャレンジのルールは、5玉入ったラーメンを20分以内に食べきれば賞金1万円、失敗したら5000円を罰金で払うというものだ。
しかし、私はすでにラーメンを食べた後で、その状態から5玉のラーメンなんて制限時間が1時間あっても食べられる気がしなかったのだが、こうなったら引くに引けない。
大食いチャレンジを引き受けることにした。馬鹿みたいに大きな器に入った5玉のラーメンを店のおじちゃんが運んできて、テーブルの真ん中に置いた。
「よーい、スタート!」
おじちゃんが掛け声とともにストップウオッチを押したのと同時に、器を抱えるように持ち、ものすごい勢いで麺をすすり出した。
何と、比嘉くんが。
状況がのみこめずにぼう然としている私の前で比嘉くんは真っ赤な顔をしながらも手を休めることもなく食べ続け、制限時間内ギリギリでラーメンを食べきった。
大食いチャレンジに成功した者はその店の壁に殿堂入りとして顔写真と名前が張り出されるのだが、比嘉くんが店のおじちゃんと掛け合って賞金を辞退する代わりに、張り出される写真には私と比嘉くんのツーショットで写り、名前の欄には当時のコンビ名を記してくれることになった。
その帰り道、
「お前が食べるのかよ!」
とようやく突っ込んだ私に比嘉くんは
「俺、別にやりたいことないし、芸人でもいいかなと思ったけど、なんとなくキッカケを作りたくてな」
と答えたあと、3玉分ほど吐き出して笑っていた。
ラーメン5玉を20分で食べることがどうして芸人のキッカケになるのか理解できなかったけど、比嘉くんのそういう意味のわからないところが大好きだった。
こうして私たちは高校卒業後、大阪のNSCに入学した。6畳のワンルームでルームシェア生活。ここから私たちは天下を取りにいくはずだった。が、思わぬところでつまずくことになった。
大阪に引っ越して3週間後に比嘉くんが通り魔に襲われたのだ。
朝、比嘉くんがゴミを捨てに行こうとしたところ何者かに背後から羽交い絞めにされ、首元に刃物を当てられた状態でポケット中を探られたらしい。
ゴミを捨てに行っただけなのでポケットに財布などは入れておらず、何も盗まれず、怪我もなかったが、そんな経験をしてしまったせいで比嘉くんはふさぎ込むようになり、しばらくたった後、私に何も言わずに沖縄へ帰っていった。
その日から比嘉くんとは連絡が取れなくなった。
それから7年たった今年の春。
沖縄県出身者初の落語家として私のドキュメンタリー番組が沖縄県内で放送された。その翌日、登録していないアドレスからのメールが届いた。
比嘉くんだった。
「テレビ見たよ。お前が頑張っている姿を沖縄で見ることができてうれしい」という書き出しから、7年前の通り魔事件についてのことが書かれていた。
端的にまとめると、比嘉くんは通り魔に遭ってはいなかった。沖縄に帰りたいという一心からウソをついていたという。
残念だった。
実は私もずっと前から比嘉くんがウソをついていたことを知っていた。
共通の地元の友人から聞いていた。
ただ、出来れば、そのウソを貫いてほしかった。当人の口からウソだったという真実として聞かされたくなかった。
そのメールに私は返信できなかった。
つい先日、沖縄の仕事で地元に戻ったとき、私達が殿堂入りしたラーメン屋さんの前を通った。
店はつぶれたのか空きテナントになっていた。
私は少しホッとした。
(次回11月27日は立川吉笑さんの予定です)
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