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組織そのものがサーバントリーダーとなり、同時に組織内の個人がサーバントリーダーとして育成されるための外的条件として"トラスティ"が存在しなければならない、とグリーンリーフは強く主張しています。トラスティは役員、理事、評議員、受託者などと訳されますが、グリーンリーフはこれらの意味をはるかに越えて「公衆の信頼を一挙に預かる人」と定義しています。

トラスティは実際に経営を遂行することはせず組織の外に存在しますが、最終的に組織とその中で起こるすべての活動に対して責任を持ちます。その基本的役割は次の4つです。

(1)組織の目標や向かうべき方向・コンセプトを定義づけ、目標に到達するための計画を是認する
(2)経営陣を任命し、トップの経営構造を考案する
(3)組織全体としてのパフォーマンスを評価する
(4)評価に基づき、適切な処置を講ずる
アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

アーサー・D・リトル パートナー 森洋之進氏

特に(1)は一般的な理事会や取締役会以上の役割であり、(2)に関してもその機能を実質的に有している企業は少ないと思われます。

さらにトラスティは毎日の任務を遂行する組織内部の経営や執行のリーダーに対して、外部にありながらも密接に関わり、距離があることを利用してリーダーたちの活動を監督します。同時に絶えざる発信を通じて組織にモチベーションを生み出し、組織自体をサーバントという非凡な存在へ変えていくダイナミックな責務を担います。

日本においても近年、企業統治(コーポレートガバナンス)の観点から「指名委員会等設置会社」や「監査等委員会設置会社」などの制度が、主に「株主価値向上」の視点から導入され議論が進んでいます。しかし、グリーンリーフが規定するトラスティは法的権限と責任を持つことに加えて、組織をより賢明で健全な状態に導き、組織自体を社会のサーバントに近づけるために存在するという意味において、その視座が異なります。

ケーススタディー:日本の企業統治システム

グリーンリーフが「サーバントとしてのリーダー」を著した1970年代前半の米国は、ベトナム戦争に対する反戦運動、ラルフ・ネーダー氏に代表される消費者運動の高まり、さらにウォーターゲート事件の発生などを通じて、広くリーダーのあり方に対して社会的意識が高まった時代であり、同時にコーポレートガバナンス(企業統治)に関する議論が進みました。

一方、日本は70年代~80年代の高度成長時代はもとより、90年代に入ってもメーンバンクに依存した間接金融と株式持ち合いの慣習によって、企業統治論の進展は米国に比して周回遅れの感がありました。

しかし、日本においてもグローバル経営への必要性に動機付けられたソニーが、90年代後半に執行役員制度を導入し、経営の監督と執行を分離する企業統治を始めました。これを機に、日本では執行役員制度が浸透し、今では上場企業の7割がこの制度を導入するようになりました。

さらに、国内では2003年に「指名委員会等設置会社」制度、15年にそれを補完する「監査等委員会設置会社」制度が法律で定められました。昨年6月にはコーポレートガバナンスコード(企業統治指針)の適用が始まり、制度面からの企業統治に関する仕組みはこの10年余りで急速に進化した感があります。

しかしながら、サーバントリーダーを著したグリーンリーフの唱えるトラスティ論に比して、日本の企業統治システムはまだ道半ばだと思われます。

健全な問いを経営陣に投げかけ「経営陣を導く」トラスティ

日本の企業統治論は、

(1)会社による不祥事や法令違反を回避するためのガバナンス論、及び
(2)投資家に対して最大のリターンを還元するための株主価値最大化論

に収れんしているようです。実際に、東京証券取引所と金融庁が15年6月に導入した企業統治指針は「企業価値を向上するため」に、取締役会の役割を規定したり、株主との対話を促進したりする原則を示しています。そのための社外役員の人数やプロファイルに対して多い・少ないといった"構造論"が盛んです。

しかし、グリーンリーフの定義するトラスティの役割は、単に社外取締役として経営を監督、監視するのではなく、健全な問いを経営陣に投げかけ、「奉仕したいと考える人たちに実行の機会を提供すること」であり、また「経営陣を導くこと」なのです。そして、その前提として、「我々の組織の本分はどんなもので、何を成し遂げようとしているか」を定めることです。高い目標を立てて道を行こうとする際に、組織がまず取るべき行動は、どこに向かいたいか、誰に奉仕したいのか、直接的に奉仕される人々や社会全体がその奉仕によりどのように利益を得てほしいのか、などをはっきり言い表すことがトラスティの役割です。

この最後の項目、「社会全体が自分たちの奉仕=ビジネスによって、どのような便益を得られるか?」という設問は特に重要です。

「感染症のリスク低減」を目標としたヤクルト

例えば、ヤクルトの創始者である代田稔医学博士は、日本がまだ豊かとはいえない当時(1920年代)、衛生状態の悪さに起因する感染症で命を落とす多くの子供たちを憂え、病気にかからないようにする「予防医学」の研究に取り組みました。微生物の研究を通じて乳酸菌の腸内効果を発見し、その強化培養に成功したのです。そして、腸内で有用な働きをする「乳酸菌シロタ株」をベースに1935年、乳酸菌飲料「ヤクルト」を完成させました。代田博士は、自分達の奉仕=乳酸菌飲料の生産販売を通じて、社会全体に対して感染症のリスク低減という便益提供を目標として定め、組織の本分を次世代の経営陣に伝えたのです。代田博士は創業者ですが、その目標の定め方はグリーンリーフの言うトラスティそのものです。逆に言うと、トラスティは創業の理念まで立ち返って、組織の本分を定義し、経営陣を編成する役割を担うのです。

既に何十年も続いている企業が改めてトラスティをいただき、(日本の場合、指名、報酬、監査委員会を設ける指名委員会等設置会社などへの移行を通じて)組織の本分を再定義することは難しいかもしれません。しかし、そこまで立ち返らないと組織がサーバントリーダーに変身することはできない、ともいえます。

森洋之進氏(もり・ようのしん)
アーサー・D・リトル パートナー

東北大学工学部機械工学修士課程修了。米カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。大手電子機械メーカー(商品企画、設計・開発、海外戦略立案、合弁会社設立等)、米国系経営コンサルタント会社勤務を経て、ADLに参画。経済産業省「産業構造審議会知的財産政策部会経営・情報開示小委員会」委員、同省「特許権流動化・証券化研究会」委員。製造業を中心とする国内、海外における事業戦略立案、技術戦略立案、知的財産戦略立案、経営革新支援などを手掛けている。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

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サーバントリーダーシップ

著者 : ロバート・K・グリーンリーフ
出版 : 英治出版
価格 : 3,024円 (税込み)

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