一億総活躍社会「輝く女性」にモヤっとする理由
首都圏で働く女性を読者対象としたあるウェブメディアが実施した女性向けアンケート(*)では、安倍政権が掲げる「女性が輝く社会」というキーワードにイラッとする(不快感を感じる)人が、8割を超えているのだそうです。
「女性が輝く」という、字面だけ見れば未来へ向けた"キラキラした希望"に満ちているとしか思えないフレーズ、まるで化粧品広告かポエムのような(おや、言い過ぎました)美しいフレーズが、なぜ女性たちをイラっとモヤっとさせてしまうのでしょう?
それはきっと、そのフレーズが示している現実が言葉通りのきれいなものではないこと、なんなら実は女性に対して結構な"むちゃ"をしろと告げていることを、当の女性たちが感じているからではないでしょうか。
「これ以上どう輝けというんだ…」このつぶやきが、全てを物語る
女性活躍推進法が2016年4月に施行され、ニッポン一億総活躍プランが5月に策定され、「希望を生み出す強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」の「新・三本の矢」の実現を目的とする「一億総活躍社会」を目指すという日本。以来、半年が経った今、私たち女性の周りでは何がどう変化したでしょう。
あるアラフォーのワーママは、「自分の会社の中だけを見ても、確かに社内の体制に少しずつ変化が生まれた。キャリアを積む機会が与えられたのも、今まで閉ざされていた門が開いてチャレンジできる時代に変わったのも事実」と前置きした上で、「でもこれ以上、どう輝けというのか……。輝け輝けの、一方的メッセージに疲れることもあります」とつぶやくように言いました。
その疲労感の中身とは、一体何なのでしょう?
これが「輝く女性」です
「女性も輝く社会」――。まるでその言葉を体現するかのような、すてきな女性を知っています。
彼女は仕事に家庭に育児にと、毎日全方向からの要請に応え、しかもそれぞれの側面で一定のレベルを維持している、デキる女性。社内でも将来を嘱望され、彼女を喜んで支えてくれる上司や部下に恵まれ、優れたキャリアを継続しながら、結婚も出産もして幸せな家庭を築いた。クライアントや社内の人間関係も良好に維持し、子どものお迎えの時間を気にしながらも7時にはきっちりと業務を終了し、時には同じように多忙な夫にお迎えを頼んで残業もするなど、夫婦でバランス良く家事育児を担当しながら、決して仕事に穴を開けない。
そのくせ、家庭も円満で、夫婦双方の実家との関係も良好。子どものお迎えや病気療養を姑にお願いするのもスムーズで、折を見てすてきな品を「おばあちゃんにプレゼント」とさりげなく渡し、感謝も忘れません。以前、親の介護の話になったときに「今は自分の仕事が忙しくて、子供たちの面倒を両親にお願いすることが多いから、いずれ両親たちに助けが必要となったら、そのときは私が恩返しをする番かな……」と話してくれたことがあります。
忙しいはずなのにいつもきれいで、今朝も目立ちすぎず控えめすぎずの、シンプルですてきなコートが決まっていた。ああ、あんな先輩になりたい……と憧れる後輩社員も続出、取引先のファンもたくさんいるような女性なのです。
……と、すみません私、いま大嘘をつきました! ごめんなさい。
そんなスーパーウーマン、いないって!
そんな人、実在しません。見たこともありません。
あ、いえいえ、似たようなのは一度見たことがあります。ドラマで。きれいなきれいな女優さんが、その役をやっていました。実生活では独身で、ファッション誌の表紙も、ゴシップ誌の記事も、たくさん飾るような演技派美女です。
フィクションなんです、そんな輝く女の人。実在なんかしないんです。
理由?
単純に、存在できないからです。あれもこれもドラマ並みに優れて正しく美しくこなすなんて、そんなスーパーウーマンはいないからです。人間には、みな平等に1日24時間しかないからです。
いや、それは甘えだ、環境が整えばできるはずだ、って? じゃあそう言う人がやってみればいいんですよ。ちなみに環境も、そんなにいうほど整っちゃいません。みんなが同じ環境にいるわけでもありません。それから、同じように「働け産め育てろ介護しろ」という社会的要請に応えている、「輝く男性」っていますか? そもそも「産め」の時点で成立しないわけで。
自分の身をもぎ取られるような思いをして子どもを体の中からひねり出し、その負担の影響もまだ色濃い中、その子を保育園に無事に入れるために産後数カ月や1年で元の職場に社会復帰して、働いて納税する「男性」は実際、そんなにいないわけで。
女性だけですよね、「輝け」って言われるの。むちゃですよね、そんな実態。
実際、「女性が輝く社会」に漕ぎ出した女性が折れている
先ほど、「働け産め育てろ介護しろ」と言いましたが、ニッポン一億総活躍プランで提唱されている「これからの時代の、新しい"輝く"女性」の内実は、要するにそういうことです。
「女性活躍推進」は疑いようのない正義のように聞こえますが、要するに女性の労働参加率を上げて、かつ新世代も産ませて、わが国の労働人口をいかに減らさないか、経済成長の減衰を食い止めるか、という話です。女性が働いて、かつ産まないと、国が立ち行かないんですってよ。女性に幸せになってほしいとか、社会的に尊敬されてほしいとか、そんな話は誰もしていないのです。
新しい家庭像や女性像の提案に欠ける「女性活躍推進」「一億総活躍プラン」で、私たち女性の人生の選択肢は本当に増えたのか?
いいえ、「正解が変わった」だけなのです。
あれもこれもやるのが優れた女、となっただけ。負荷が増えただけ。「共働きでやってね。しかも出生率が下がるのは困るから、出産も子育ても、早めによろしくね。あと、時期がきたら介護もどうにかやってよね」と、家庭像の「正解」が横にずれただけなのです。多様性の包摂などと言いながら、提示している生き方は全然多様じゃないんです。
では、その女性と夫婦としてパートナーシップを結ぶ男性社会の側に、どれだけそういう「あれもこれも全部背負う」女性を受け入れるべく「変わる」準備ができているというのか。(これから社会で活躍する超若い世代や超柔軟な人は別かもしれませんが)「そんな余裕はない」を言い訳に、遅々として変化しません。
ですから、結婚出産の時期と「女性活躍推進」がちょうど重なって、産後復帰のケースが激増した世代が、ぐったりと疲弊している。前人未到の「女性も輝く社会」とやらに歩を進めたものの、だけどそれを受け入れる社会の側に全然物理的にも精神的にも対応ができていなくて、早くも彼女たちは「無理だ」とポキポキ折れていくのです。
アラサーの視線はもっと冷ややかだ
そんな上の世代の顛末(てんまつ)を、社会のニーズを、アラサーはどこか諦めたような、冷ややかな視線で見ています。
・日々、仕事に忙殺され、恋愛迷子になっている私たちは、「産め、育て……」の時点でポカーンです。
・この「働け、産め、育て、介護して」の「働け」しか、条件を満たしてないんですけど、健康に働いて元気に生きているだけではダメなんでしょうか。
・独身、彼なし。結婚すら今、「無理ゲー」だと思ってる私たちは一体どうしたら。
「(経済)成長の隘路(あいろ)たる少子高齢化を食い止めるために」とうたわれた、一億総活躍プラン。これからさらに働き、産み、育て……を政府に期待されているはずのアラサー女子は、積み上がるばかりの要求を前に、「無理ゲー」「ポカーン」と戸惑いを示しています。
もし、ノーを言えずに迷っていたり、不安を感じていたりするアラサーがいれば、どうか伝えてあげてください。ノーでいいんです、と。
できないことには「無理だ」と正直に言う。押し付けには従わない。それが、自分の人生を他人の手に渡さないための、一番の防衛策なのかもしれません。
(*)ウェブ上のアンケート調査サイト『ウートピ世論』より。サンプル数783人(2016年10月8日現在)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインそのほかの雑食性。Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物はおいしいものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。
[nikkei WOMAN Online 2016年11月9日付記事を再構成]
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