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米大陸の音楽文化再発見 ベルリン音楽祭2016

2016/11/14

 ドイツの首都を舞台にしたベルリン音楽祭2016が9月2~20日、コンサートホールのフィルハーモニーを主会場に開催され、35人の作曲家による70作品あまりが上演された。今年のテーマはアメリカ西海岸からメキシコ、南米にいたる音楽文化の再発見。中でもオープニングを飾るドイツ人作曲家ヴォルフガング・リームの超大作『トゥトゥグリ』に注目が集まった。

 メキシコ先住民の祭礼を描いたアントナン・アルトーの詩「トゥトゥグリ」に触発された舞踏詩で、巨大なオーケストラと合唱に多数の打楽器が加わる。ベルリン・ドイツ・オペラ(DOB)の委嘱により1982年に初演。16年のハイライトとして、ハーディング指揮のバイエルン放送交響楽団によって再演された。

オーケストラが去った後、6人の打楽器隊が「トゥトゥグリ」を演奏した(Peter Adamik 撮影)

 臆面もなく強烈な刺激を浴びせ続けた2時間半。『トゥトゥグリ』は地鳴りとともにマグマを噴出し続ける活火山の音楽だ。赤い大地から迸(ほとばし)るエネルギーを、いかにオーケストラの言語に置き換えるか。バイエルン放響の弦楽合奏の技量と集中力は凄(すさ)まじく、そのスピード感には舌を巻いたが、強靭(きょうじん)な打楽器群の前では相手にならない。

 休憩後、オーケストラは舞台から去り、第2部が6人の打楽器群によって演奏される。小太鼓が銃撃戦のような響きを醸成し、録音された合唱と打楽器が、大地に打ち込まれる砲弾のように炸裂(さくれつ)。コルテスのメキシコ征服のイメージが脳裏をよぎる。それは赤い大地に血塗られた歴史であるが、核時代の戦争交響曲をも連想させる。巨大なハンマーとタムタムが破滅の瞬間を告げる。

 ベルリン音楽祭では毎年、音楽芸術についての固定観念が打ち砕かれる。常軌を逸した表現世界と出合う衝撃。災害、革命、戦争など、世界と自然、人間と社会の中で生じうる一切が音楽表現の素材となりテーマとなる。

 ゲルギエフ指揮のミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団によるショスタコーヴィッチの第4交響曲も壮絶だった。フィナーレではストリングが狂ったように反復回転し、無礼講の乱舞が繰り広げられる。勝利ではない。自己破滅だろうか。世界の葬送、人類の埋葬だ。チェレスタの調べは夢か、彼岸か。トランペットの遥(はる)かな響きに聴衆は何を聴いただろうか。人類は狂気を抑圧することはできない。しかし戦争、テロ、あらゆる人為的暴力が爆発する最大リスクを避ける道は残されている。芸術による狂気の昇華である。

 DOBによる『ワルキューレ』第1幕は、期待を上回る大熱演となった。ペーター・ザイフェルト(テノール)のジークムントは、きめ細かに内面の変化を表出し、アンヤ・ハルテロス(ソプラノ)のジークリンデは、気品の高い艶やかな美声で悩殺。ドナルド・ラニクルズ率いるDOB管弦楽団は、冒頭からして雄弁すぎるほどに音が立つ。気合が違う。さまざまに仕掛けて音楽を動かすが、オケの呼吸とぴったり合っているため恣意的にならない。

 ワーグナーを知り尽くしたDOBにしか出せない深いコクといぶし銀の輝き。全奏者が作品を感じ切り、味わい尽くしながら演奏している。そのオーラが会場全体を包み込む。熱狂の嵐は必定だ。

 「エル・システマ(ベネズエラの音楽教育プログラム組織)」の名を世界に広めたドゥダメル指揮、シモン・ボリバル国立交響楽団がベネズエラから招かれ、メシアンの『トゥランガリーラ交響曲』に160人編成で挑戦。ラテンの血騒ぎ、肉踊る白熱の名演に陶酔した。前半を締めくくる第5楽章「星たちの血の喜び」では音楽の狂い方、壊れ方が尋常ではない。

 フィナーレの第10楽章は第5楽章以上に明るく、ベネズエラからのゲストによる歓喜のダンスがディテュランボス(酒神讃歌)に突入する。大コラールはオルガンの響きを反映。すべてから解き放たれた気宇壮大な響きがフィルハーモニーの空間を充(み)たし、宇宙の無限の広がりとの一体感に魂を奪われた。

 コントラバス11挺(ちょう)にもかかわらず、後期ロマン派特有の重低音の地響きや唸(うな)りは希薄だ。繰り返し宙に舞い上がり、舞い散る無重力の音楽。(鍵盤型の電子楽器)オンド・マルトノの浮遊感をメシアンは必要としたが、重低音ですらもが天から降ってくる教会オルガンの響きと定位に原像があるのだろう。メシアンは終生、パリのサントリニテ教会のオルガニストを務めていたのだった。

 毎年、ベルリン音楽祭のトリをつとめるのはバレンボイム指揮、シュターツカペレ・ベルリン。エルガーが43歳だった1900年に完成した『ゲロンティアスの夢』は、死を直前にした主人公の恐れと神による魂の救済を、カトリック教徒としての熱烈な信仰心でまとめ上げたオラトリオ(聖譚曲)。後期ロマン派の魂と音楽語法を自家薬籠中のものとしたエルガーの記念碑的作品であり、序奏はワーグナーの『パルジファル』の根本気分を引き継いでいる。

 バレンボイムはエルガーへの深い共感から、大きな息づかいで全体を把握。心の内側から穏やかに満たされてゆく静かな感動の音楽を紡ぎだした。独唱ではトーマス・ハンプソン(バリトン)の歌唱力と存在感が圧倒的。荘厳無比の第一声からして崇高な世界へ引き込まれた。RIAS室内合唱団とベルリン州立歌劇場合唱団を核とした大コーラスの至高の響きも、フィルハーモニーの会衆を希有の高みへと誘った。

(音楽評論家 藤野一夫)

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