「君は恵まれている」夫の口癖にうんざり
作家、石田衣良
幸せな結婚生活ですが、夫が「君はいい暮らしをしてるよね。こんなに恵まれて」と言いつづけることに悩んでいます。主人が評価されていないと感じていると思い、感謝の気持ちを口にしない日はありません。でも、主人の口癖を聞くたびに幸福感が目減りしていきます。私の心が弱いのでしょうか。(京都府・50代・女性)
モラル・ハラスメントはひと言でいうと精神的情緒的な暴力、虐待のこと。当然、程度も種類もいろいろとあります。人によっては肉体的な暴力より、深く広範に人間性を傷つけるともいいます。
ぼくが小説でモラハラをする夫を描くなら、悪意なくいつでも妻に「感謝」を強要し続ける笑顔のモンスターを登場させるでしょう。友人やご近所からはいいダンナと太鼓判を押される外面のいいタイプです。大声で恫喝(どうかつ)したり、ねちねちと嫌味をいったりする程度の小物は怖くありませんからね。
あなたの場合、かなり深刻な事態のようですね。「感謝」が十分に伝わっていないのかと毎日のように気もちを表現しても、「きみはいい暮らしをしているよね。こんなに恵まれて」という呪いの口癖はやまない。そのたびにあなたは虚ろに感じ、幸福は目減りしていく。夫の言葉の背景には、妻の幸福はすべて夫である自分のおかげという揺るぎない思いこみが存在する。いやはやどうにもせこくて嫌な男だね。
あなたももう50代、離婚して新たな生活を始めるのは面倒だし不安もある。けれど、まだまだ長いこの先一生この人といっしょなのかと思うと、果てない荒野を前にするような気になる。となると、一度荒療治を試してみてはいかがですか。
話をするのは外の喫茶店かどこかがいいでしょう。小道具は白紙の離婚届。それをテーブルに広げ、「感謝」の強要というモラハラにはもう耐えられない、考えをあらためないなら、真剣に離婚を考えている、と。
あるいは援軍を頼む手もあります。夫の母親あるいは姉や妹がいるなら、そちらのほうから攻めるのも効果的です。同じ女性としてかなりの確率で共感を得られるでしょう。援軍として同席してもらって、いかに無邪気なモラハラが女性を傷つけるか証言してもらいましょう。
それで彼の素行が改善されるなら結婚生活を続けるのもいい。無理なら、経済的な状況が許す限り、ほんとうに離婚してもいいんじゃないかな。女性の平均寿命からすると、まだ30年も残っているのだ。そんな男と暮らしていたら、とんでもなく卑屈な人生を歩むことになる。
経済的にしんどければ、夫が退職金をもらうまで待って、そこで半分もらって離婚するのもいい復讐です。わたしの幸福はわたしのものだと、がつんといってやりましょう。
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[日経プラスワン2016年11月26日付]
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