アルバイトの退職拒否や賃金不払い 国や大学が対策

静岡産業大学は学生向けに労働法講座を開いた
静岡産業大学は学生向けに労働法講座を開いた
「レジャー費を稼いでいるだけだから」「長く働くわけではない」と軽視されがちで、働く環境整備が遅れてきた学生アルバイト。退職拒否や賃金不払いなどの労務トラブルが多発している。厚生労働省の調査では、大学生の6割がこういった法令違反を経験していた。生計のために働く学生が増えるなか、労働基準監督署や弁護士、大学が対応に乗り出した。

「店を辞めたいと何度も店長に伝えたが『もう少し考えて結論を』と言われ、困っている」。東京都内の私立大学3年のAさん(21)は7月後半、秋以降の就職活動を見越して勤務先のファストフード店に退職を申し出た。

3カ月の有期労働契約を自動更新しながら、約2年働いてきた。しかし人手不足に悩む店長は退職日を決めずAさんは今もシフトに入り続けている。「自分が本当にやめたいのかどうか混乱してきた」と弱気だ。

こうした「退職拒否」は飲食業では珍しくない。厚労省の2015年9月の調査では、ファストフード店で働く学生の10.7%、ファミリーレストランでは、同9.7%が経験している。

民法627~629条によれば、Aさんのような有期労働者が期間中に退職するためには病気になったり、労働条件が大きく違ったりなどの「やむを得ない理由」が要る。正社員など無期雇用者が2週間前に申し出れば辞められるのに比べ、やや厳しい条件がある。だが、退職の意思表示が無視され自動更新が続いている今回のAさんのような場合は、2週間前に申し出れば辞められる。

退職拒否に限らず、日本のアルバイトの雇用管理はルーズな点が多い。厚労省調査では、働き始める時に学生に労働条件通知書を渡していない事業主が58.7%いた。労働条件を働き手に開示しないことは労働基準法15条に触れる(図表参照)。

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学生に人気の学習塾講師でも問題が目立つ。特に個別指導塾では「授業準備や片付けに賃金が払われない」と答えた学生が35.2%、「時間外・休日労働に賃金が払われない」学生が13.8%だった。授業1コマいくらの「コマ給制」が多いためだ。これも労基法に抵触する恐れがある。

学習塾の契約には、学生ではまず気付かない盲点が潜むこともある。「学生を『個人事業主』とし、塾と業務委託契約を結ぶ形は問題が多い」と話すのは、ブラックバイト対策弁護団あいち(名古屋市)事務局長で弁護士の久野由詠さん。個人事業主には労働法のほとんどが適用されないからだ。

Bさんのケースがそれだ。Bさんは塾から生徒の紹介を受ける契約を結び、数人に家庭教師をしていたが、生徒が勉強を拒み、家庭教師代も受け取れなくなった。それでも塾は業務の管理費用として約1万円をBさんに請求。Bさんは大学を休学するほど追い詰められ、話を聞いた大学が弁護団を紹介し、久野さんらが是正を求めた。

Bさんが交わした契約書には管理費未納など講師の「怠惰な行為」には3万円、会社指定教科書を十分使わないと7万円――など6種の罰金額が明記されていた。久野さんは「業務委託としてみてもBさんの収入と比べ罰金が高過ぎる」と話す。現在、この塾は罰金額の記述を削除した。

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問題が深刻に受け止められるようになった背景の一つは、学生の就労目的が生計維持に変化したことだ。日本大学の3年ごとの学生意識調査で、バイトの目的が「生活費・食費のため」の学生は1994年に19.7%だったが、15年は44.1%と2.2倍に。一方で「旅行・交際・レジャー費のため」は同52.7%から26.2%に半減した。

厚労省も数年前までこの問題を重視していなかった。労働基準局監督課の幹部は「学生と労働基準局長の座談会などを通じて重要性を認識した。啓発と指導の両面に乗り出している」と話す。川崎南労働基準監督署(川崎市)は、2月には専門学校生とトラブルがあった飲食チェーン店を書類送検している。不起訴とはなったが、政府が進める「働き方改革」とコンプライアンス重視の流れが追い風となり、学生バイトの労働環境整備が本格化している。

最近は事業主側から問題是正をするむきもある。公益社団法人全国学習塾協会は9月末、講師の労働条件に焦点を当てた「安心塾バイト認証」を始めると厚労省に申し出た。

大学も動いている。早稲田大学は注意点をまとめた冊子を学生に配り、静岡産業大学は労働法講座を開き、学生に労働者としての権利について学ぶように促す。あとは学生自身が知識を身につけて自衛し、問題が起きたらためらわず関係機関に相談する姿勢が大切だ。

(礒哲司)

[日本経済新聞夕刊2016年11月8日付]

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