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リーダーの母校

「仕送りストップ」東大生で塾経営、月収100万 永瀬昭幸・ナガセ社長が語る(下)

2016/11/14

大学受験予備校の東進ハイスクールなどを運営する、ナガセの永瀬昭幸社長(68)が語る「リーダーの母校」。全国有数の進学校として知られる中高一貫の男子校、ラ・サール学園(鹿児島市)で6年間を過ごし東京大学経済学部に進学した永瀬青年は、在学中に学習塾を起こし、大成功を収める。大きな力となったのは、ラ・サールの同窓生ネットワークだった。

<<(上)東進ハイスクールの原点、ラ・サールにあり

■東大に入学したら、東大紛争の真っただ中だった。

東大入学は1968年。ちょうど東大紛争が起きた年でした。紛争の責任者として大学から処分された関係者の一人に、ラ・サール出身の医学部の先輩がおり、私たちラ・サールの卒業生は、先輩への処分取り消しを求め運動を始めました。結果的にそれがきっかけでテストが受けられず、2年も留年するはめになりました。

父はカンカンに怒り、仕送りはストップ。一時は勘当状態でした。仕方なく、生活のために家庭教師のアルバイトを始めたら生徒がどんどん増えていったので、塾を開くことにしました。

その時のキャッチフレーズは、「ラ・サール出身の東大生が教えます」。実際に、ラ・サールの卒業生に声をかけて講師を集めました。最初にやってきたのが、現在、農林中央金庫の副理事長を務める宮園雅敬氏。大蔵省(現財務省)に入り、今年1月まで環太平洋経済連携協定(TPP)政府対策本部の国内調整総括官を務めた佐々木豊成氏も、いました。もう少し後になりますが、現ANAホールディングス社長の片野坂真哉氏も、「アルバイト代だけでなく、飯も食わせてやる」と言って、講師に誘いました。

講師陣の質がよかったおかげで塾の経営はかなりうまく行き、月100万円ぐらい稼ぎました。そのお金で、お茶の水女子大学に入った妹の学費や生活費の面倒を見てやることができました。

■東大を卒業して野村証券に入るも、2年で退職し、東進ハイスクールを立ち上げた。

塾は妹にまかせ、野村証券に入って営業の仕事に就きました。ところが、あるお客さんから「きみは自分で会社をやるほうが向いている」と言われ、その方が実際に5000万円をポンと出してくれたのです。それを元手に弟と一緒に立ち上げた塾が、現在の東進ハイスクールへとつながっていきます。最初は野村で仕事を続けながらと思いましたが、借りたお金を返すには片手間では無理だとわかり、退職しました。

余談ですが、現・野村ホールディングス会長の古賀信行氏は、弟のラ・サール時代のクラスメートで、私もよく知っていたので、本当は他の会社への就職が決まっていたのですが、私が野村に誘いました。

野村で営業のやり方を徹底的にたたきこまれたので、生徒集めに不安はありませんでした。強気の経営姿勢で業績も右肩上がり。ところが90年代に入ると、予備校生の数が減少に転じ、後発の当社は一転ピンチに。さんざん考えた揚げ句、打開策として思いついたのが、手元に十分な軍資金がなくても事業を拡大することができるフランチャイズ方式でした。フランチャイズのやり方は、野村時代に勉強して頭に入っていました。予備校のフランチャイズなんて他にどこもやっていませんでしたが、それこそ私にとっては、宇宙を創始するようなもので、やる気がわいてきました。

同時期に、通信衛星を利用した衛星授業「サテライブ」もスタート。サテライブとフランチャイズ方式を組み合わせた東進衛星予備校は、開設1年半で全国で300校を超えるなど、大成功しました。

■今後は海外への本格進出も視野に入れる。

「定年は90歳。それまでは新しいことにどんどんチャレンジする」と語る

教育産業は基本的にドメスティックですが、これからの時代はやはり海外にも目を向けないと生き残れません。そのために、本格的な海外進出も検討しています。私は自分の定年を90歳と考えているので、それまでは新しいことにどんどんチャレンジし続けようと思っています。

チャレンジの一環として、5年前、人類の未来への貢献につながる研究に取り組む若手研究者を対象とした「フロンティアサロン永瀬賞」を創設しました。最優秀賞と特別賞の受賞者には、それぞれ2000万円、1000万円の賞金が贈られます。

実は、ラ・サールで倫理の授業を受けて以来、宇宙の始まりとか人類の始まりとかいったテーマについて考えるのが面白くなり、ずっと関心を持ち続けていました。それがこの賞の創設につながったのです。

一昨年の第4回永瀬賞では、今年のノーベル生理学・医学賞に決まった大隅良典氏の弟子の水島昇・東大教授に特別賞を授与しました。大隅氏が単独受賞だったのは、個人的にはちょっと残念でしたが、近い将来、永瀬賞の受賞者の中からノーベル賞受賞者が生まれれば、こんなにうれしいことはありません。

教育事業やこうした様々な活動を通じ、未来の良きリーダーを育てるのが、今の私の使命だと思っています。

■ラ・サール卒業から来年でちょうど50年。鹿児島で盛大な同窓会が開かれる予定だ。

私も幹事の一人として今準備を進めていますが、おそらく同期の7~8割ぐらいは集まるのではないでしょうか。

同期も多士済々で、初代消費者庁長官の内田俊一氏や、元東芝副社長の前田義広氏、フィンランド大使などを歴任し現在は空港施設社長の丸山博氏、バーコード最大手サトーホールディングスの元社長、大塚正則氏らがいます。

みんなそうだと思いますが、同期のつながりというのは、40代、50代のころはあまり意識しませんが、これくらいの年になると再び強く意識するようになります。そして、何かやる時に応援団になってくれたり、助けてくれたりする。ラ・サールの卒業生は絆が固いので、特にそう感じますね。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

前回掲載「東進ハイスクールの原点、ラ・サールにあり」では、カトリックに触れ、反発心を抱くとともに、大きな影響を受けた6年間について聞きました。

「リーダーの母校」は原則、月曜日に掲載します。

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