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社会起業家・白木夏子さん 出産を機に新事業に挑戦

日経DUAL

2016/11/25

日経DUAL

人にも社会にも、そして自然環境にも配慮したジュエリーをHASUNAで実現した白木夏子さんのインタビュー後編をお届けします。働く家族に囲まれて育った白木さん。「ビジネスを通して世界をより豊かにする」という信念を胸に、新しい世界へと飛び込んでいく強さは、実は好奇心旺盛な祖父や、一度決めたら揺るがない母親譲りのようです。

前編の『働く家族に作る喜び学んだ』で白木さんが語った思いは、起業後8年経った今も変わりません。しかし、3年前に娘を出産したのを機に自身も働く親となり、「社長」としての心構えが大きく変わったと言います。今回は、働く母の生き方から学んだことや、自身の子育てで心がけていること、ビジネスパーソンとして目指す姿などを中心に伺います。

「子どもか仕事かの二者択一で考えたことはありません。子どもが小さいこともあり、今は子どもは自分の一部という感じで、できることを探りながら進んでいます」(白木さん)

■HASUNAは私にとって第一子のようなもの

―― 家族全員が働いているという環境で育ち、大人になったら働くものと思っていたそうですが、出産や育児をする中で仕事との両立は難しいと感じたことはありますか。

うーん……仕事をしなくなるという選択肢は、私の中には全くなかったですね。

ただ、子どもが生まれるまでは、すごく不安でした。子どもが生まれて生活環境がどう変わるのか想像がつかなかったので、万が一、子どもが理由で仕事ができなくなってしまったら、私はどんな気持ちになるんだろうか、諦めきれるんだろうかと不安でした。

母は、東京でアパレル会社のデザイナーとして働いていましたが、父と結婚をするときには自分の夢を諦めるかたちで夫の実家の家業を手伝う道を取りました。母は「そういう道を選んだ私は、幸せだった」と言います。でも私自身は母のように、自分のやりたいことを犠牲にすることができるんだろうかと、子どもを産む前はすごく疑問に思っていました。

私にとってはHASUNA自体が第一子みたいなもので、自分自身の子どもが生まれてからも、この子のためにHASUNAを辞められるかと聞かれたら、それはできないなと思いました。そういう点では、私と母は違うと思います。子育て真っ最中の今も、子どもか仕事かの二者択一で考えたことはありません。今はまだ子どもが小さいこともあり、子どもは自分の一部という感じで、今できることを探りながら進んでいます。

■子どもと一緒の時間には仕事はしないようにしている

働く母や旅好きだった祖父から多くの影響を受けた白木さん。上海旅行土産のチャイナ服を着て、家の庭で記念撮影

―― 子育てしている中でお母さんをお手本にしているところは?

私は、子どもだからといって、子ども用のおもちゃを与えられていたわけではなく、母が使っている布の余りを使って大人用のミシンで人形の洋服を作ったりして遊んでいました。今、私も娘には、子どもだからといって子ども用のものを用意するのではなく、絵を描くときも、キャラクターのぬりえを買う代わりに、私が自由に描いた絵に色を塗ってもらったり、大人の使っている画材を一緒に使ったりしています。

祖父の勧めもあって、両親は私をクラシックコンサートや美術展によく連れて行ってくれました。気がつくと、私も娘を連れてよく美術館に行っていますね。

―― お子さんには、仕事をしている姿を見せたりもしているのですか。

娘はキラキラとしたジュエリーが大好きで、よく絵に描いたりしていますが、私自身は子どもの前では仕事をしないように心がけているんです。子どもといるときは、子どもと一緒に何かすることに専念しようと思って。起業してからは、自分のために絵を描くとか自分のために何かをすることがあまりなかったんですけど、子どもが生まれてからは、一緒に絵を描いたり、小さいころに私がやっていた遊びを一緒にやったりしています。

自宅では極力仕事はせず、子どもとしっかり向き合いたいという白木さん。一緒に絵を描いたり、小さいころに母親としていた遊びを一緒にしたりしている

■母の求める水準に応えようとしていた子ども時代

―― 自分がかつて楽しんでいた遊びを子どもと一緒にしていると、懐かしさを感じることはありませんか。

ありますね、すごくあります。母によく東京に来てもらって娘の面倒をみてもらっています。そうすると、もちろんいい面もあれば、すごくイヤだなと思うこともあるんです。小さいころの私によく言っていたことと同じことを娘に言っていたりするんですよ。たとえば、他の保育園児と比較して、「○○ちゃんはもうひらがな書けるんだよ」とか。「このくらいできないと恥ずかしいよね」みたいなことを言うので、大げんかしたこともあります。それが私を苦しめたのよ!って(笑)。

―― 求められる水準が高いと子ども心に感じていたのですか。

そう、求められるものが高かったですね。とにかく、「恥をかかないで」とすごく言われた気がします。「ママに恥をかかせないで」とか、「あなた自身も恥ずかしいからやめなさい」とか。

勉強もそうです。一人っ子だったのできょうだいと比べられる代わりに、よその子どもと比べられていました。子ども心にやはり期待に応えたいとは思うので、その承認欲求に苦しんだ時期もありましたね。中学、高校のころは、何のために勉強していたんだろうと思うと、母のためにしていたような気がします。

■強い思いでかなえた夢を手放せる強さに感服

―― その一方で、大人になってみて、お母さんってすごいなと思うのはどんなところですか。

地方から上京して、服飾デザイナーとなった白木さんの母。「自分の夢をかなえて、自立して働いていた姿に、すごく私自身も励まされました」と白木さん

すごく強い人だったと思います。鹿児島の田舎からひとりきりで出てきて、東京でファッションデザイナーになるという自分の夢をかなえて、自立して働いていたわけですから。そういう姿に、すごく私自身も励まされました。地方に住んでいた母だって自分の力で東京で働いて、一人のデザイナーとして食べていっていたんだと思うと、やっぱりすごく力をもらいました。

そして、そんなふうに強い思いでかなえた夢があったのに、結婚でそれを諦めて、夫の実家の手伝いをする、というその決断も、もちろんそういう時代だったという背景があるにしても、やはりすごいなと思います。自分の好きな人のために、自分の夢を捨てて、腹をくくって家に入る、というのは。そういう、決断する強さはあるのかなと思います。

母自身も色んなことをガマンしてきたと思っています。母はそれがすごく幸せだったと言っているんですけれど、やりたいことも色々あったんだろうなと私は思っていて、そこをガマンしながら私を育ててくれたことに感謝していますし、尊敬もしています。

■自分の理想は押しつけず、「いっぱい一緒に旅しようね」

―― そう思えるようになったのは大人になってから?

そうですね。やっぱり反抗期のころなどは、「なんで自分の夢を追いかけなかったの?」ってすごく思っていて、母にも言っていたんですよ。「なんで外に働きに行かないの? せっかく自分の力でデザイナーになったのに、どうして家の中にばかりいるの? 私はもっとお母さんに輝いてほしいの」って。

―― そういう娘の訴えに、お母さんはなんと答えていたのですか。

「なんで自分の夢を追いかけなかったの?」と母親に反発する気持ちがあった時期も。大人になり「母の決断する強さを尊敬し感謝しています」(白木さん)

色々言っていたんですけど、一番印象に残っているのは、「惚れた弱みだから仕方ないのよ」という言葉です。そんなに夫婦仲がいいようには見えなかったんですけど(笑)。惚れた弱みって言えてしまうのが、すごいなと思って。それだったら仕方ないなと思うようになりました。

―― 子育てで気をつけていること、目指していることは何ですか。

私の理想を子どもに押しつけてはいけないと、いつも思っています。だから時々、保育園の他の子が字を上手に書いているのを見たりすると、「あ、うちの子はまだできていないな」と思って、つい何か娘に言いそうになるときがあるのを、「あ、ダメだダメだ、これを言ったらダメだ」と、母を反面教師としています(笑)。

娘に対しては、「将来、ちゃんと自分で稼げますように」と願う気持ちはあります。あとは、幸せだったらいいのよ、好きなことをたくさん見つけようね、いっぱい一緒に旅しようね、と話しています。友人がオランダで結婚式を挙げるので、それに参加するために初めて海外にも2人で行きました。オランダとドイツに住む友人達と母娘で再会できて楽しい思い出になりました。

―― グローバルな人間を育てたいという思いはありますか。

そうですね。世界中どこにいても、色々な人に愛されて、楽しく生きてくれたらいいな、と思います。なるべく色々な価値観に触れさせて、色々な話をして、色々と考えさせたいなとも思っています。それから、自分で判断させるということを、心がけていますね。自分で選んで、自分の意見を言えるようになるといいなと思って。

とにかく、娘といるときは、自分の仕事はせずに彼女の世界の中で考えることを積極的にしようと思っています。……まだまだ全然できていないんですけどね、がんばります(笑)。

■産休中に社長権限を委譲する時期が来たことを知る

―― HASUNAを立ち上げて8年。その間にお子さんも生まれ、何がどんなふうに変わりましたか。

子どもが生まれて産休を取ったことをきっかけに、思い切って自分の仕事の大半の権限を委譲することにしました。それまではジュエリーのデザインに始まり、すべてを自分で抱え込んでいたのですが、産休中に「そろそろ時期が来たのかなあ」とごく自然に思えたんです。社長がいなくても組織がきちんと回っていくのが理想的な組織だと、今は思っています。

そうやって権限を委譲したことで、私自身、新しい挑戦ができるようになりました。ここ半年ほどは、新事業の展開にも注力しています。さらに、他の起業家やスタートアップを軌道に乗せるサポートにも力を入れています。

会社の社長としては、目の前のオペレーションではなく、10年先のことを考えて引っ張っていきたいなと思っています。そのためにも、なるべく広い視野で物事を考えられるように他の業界の色々な方と会うようにしています。

以前は、ジュエリー制作に関するほとんどを自分で抱え込んでいた白木さん。出産を機に権限を委譲したことで、新たな新事業の展開も

―― いつも、新しいところに飛び込んでいく勇気があるのですね。

実際に自分の目で見ないと納得できないだけなんです。すごく頑固なんですよね。これは、祖父の影響かなと思っています。HASUNAを立ち上げる前も、ジュエリーの素材を鉱山から直接仕入れるなんて「無理だ」と人にいくら言われても、「実際にやってみたらできるかもしれないじゃない」と考えちゃうんです。

■ビジネスを通じてより豊かな社会をという目標は変わらない

―― 今、色々と新規事業を開拓しているのは、使命感からですか。

起業を志してから一貫して変わらない夢は「ビジネスを通じてより豊かな地球を実現すること」。白木さんの挑戦は続きます

何かに挑戦するとか、新しい価値観を作るとか、ゼロから1を作り出すのが好きなんだと思います。自分に向いている、とも思います。去年くらいまですごく迷っていたのですが、一緒に会社をやっているHASUNAの役員が、「夏子さんは会社を1から2に、2から3にと大きくしていくことよりも、新しい価値観を作り出したり、10年後の世界を思い描いたり、ゼロから1を生み出す起業家気質があるから、そういうことをしているほうが楽しいんじゃない?」と言ってくれたんです。

私も、私の役割はそこにあるかなと思いました。そこで、日々の売上管理とか、会社を大きくしていくのはCOOとCFOに任せて、私は新しい未来を作るような仕事、というか、新しいビジネスを開拓していく、新しい世界を作っていくという仕事を今メーンにしています。

今後は、40歳までに様々な会社の立ち上げに20社ほど関わりたいと思っているんです。私が目指しているのは、ビジネスを通じてより豊かな地球を実現することです。実はこの目標自体は、昔から変わっていません。ただ、今まではHASUNAだけで実現しようと考えていたんですけど、それをジュエリーの業界だけでなくもう少し広い分野で様々な形で実現できるといいなと思っているんです。

(ライター 山田美紀=Integra Software Services)

[日経DUAL 2016年9月20日付記事を再構成]

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