自分の腸内細菌をサプリに? 驚くべき便移植の未来
意外に知らない 腸内フローラの真実(3)
便が高値で取引される時代は近い!
「便細菌叢(そう)移植」、通称「便移植」。これは、「病気の人の腸内に、健康な人の腸内フローラを内視鏡を用いて移植する治療法です。腸内フローラを総入れ替えすることで、病気を治療するという発想から生まれた」(福田さん)ものだ。
具体的には、健康な人の便を生理食塩水に混ぜてろ過して液体を作り、患者の大腸内に内視鏡で注入するという。なんともシンプルな方法だ。
「現在、便移植による治療効果が証明されているのは、偽膜性大腸炎です。これは、腸内でクロストリジウム・ディフィシルという菌が異常に増えてしまう腸管感染症ですが、抗菌薬治療による効果が出にくく、治りにくいのが特徴です。ところが、偽膜性大腸炎患者に便移植をしたところ、90%以上に治療効果があったという海外の研究報告があります」(福田さん)
これは驚くべき結果だ。日々何気なく排泄し、汚い、臭いとさげすみさえしてきた便が、難病治療に役立つとは!
将来的には、糖尿病や大腸炎など、腸内フローラの乱れと関連があると考えられる疾患の治療に、便移植が使われるようになる可能性があるという。となると、健康な人の便が高値で取引される時代になるかもしれない。
最強なのは自分の腸内細菌をカプセルに詰めた腸内細菌カクテル!?
「便移植は生の便を大腸に注入するものですが、治療に必要な腸内細菌を便から単離・培養し、カプセルに詰めて薬として利用する研究も進んでいます。これは腸内細菌カクテルと呼ばれています。もちろんこれは医療用ですが、究極的には、病気にならないことが大事だと思いますので、私たちは、自分自身の便から取り出した腸内細菌を自分の腸内環境維持のためのサプリメントとして活用する方法を研究しています」(福田さん)
「その人が健康なときの便からその人自身の腸内細菌を取り出し、培養してカプセルに詰めてサプリメントにします。これをパーソナライズド・プロバイオティクスと呼んでいます」(福田さん)
外来の菌はそう簡単に腸にすみつけない。しかし、もともと自分の腸内にいた菌なら、自分の腸内環境に適応しやすく、定着する可能性が高いのだという。
様々な可能性を秘めた便。そのため、福田さんは便を "茶色い宝石" と呼ぶ。
「便の中には、腸内フローラの遺伝子や代謝物質の情報が含まれていて、これらの情報から、その人の健康状態や病気のリスクを評価できる可能性があります。その情報をもとに生活習慣を改めることで、病気を防ぐことができ、健康寿命を伸ばせるかもしれない。便には値が付けられないほどの価値があるんです」(福田さん)
(ライター 村山真由美)
この人に聞きました
メタジェン代表取締役社長CEO/慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。1977年生まれ。明治大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。学位取得後、理化学研究所研究員として勤務し、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2011年にビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157:H7感染予防の分子機構を世界に先駆けて明らかにし、2013年には腸内細菌が産生する酪酸が制御性T細胞の分化を誘導して大腸炎を抑制することを発見、ともに「Nature」誌に報告。2015年、株式会社メタジェン(慶應義塾大学と東京工業大学のジョイントベンチャー)を設立。著書に『おなかの調子がよくなる本』(KKベストセラーズ)。
[日経Gooday 2016年5月20日付記事を再構成]
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