肥満、がんとも関係 腸内細菌のあなどれない影響力
意外に知らない 腸内フローラの真実(2)
腸内フローラが「もうひとつの臓器」と呼ばれる理由
腸内細菌は、人間の消化酵素だけでは消化できない成分を分解して栄養素を作ったり、免疫系を活性化したりと、人間にとって有益な働きをしている。しかし、食生活の乱れなどにより腸内環境に良くないものを食べ過ぎると、「腸内フローラ」と呼ばれる腸内細菌の集団全体のバランスが崩れ、体にとって良くない物質が腸内フローラから作り出されてしまう(腸内フローラについて詳細は第1回「多ければ良いのか善玉菌 意外に知らない腸内環境」をご覧ください)。
「腸内フローラから作られた物質は、体に良いものも悪いものも腸から一部が吸収されて血中に移行し、全身をめぐります。つまり、腸内フローラは、その宿主である人間の腸だけでなく全身のコンディションに影響を与える可能性があるのです。こういった観点から我々は、腸内フローラを私たちの体の中の "もうひとつの臓器" と呼んでいます」(福田さん)
肥満、がん、動脈硬化とも関係アリ
腸内フローラと密接な関係があることが分かってきたものの一つが肥満だ。「大腸菌などのグラム陰性菌はリポ多糖(lipopolysaccharide, LPS)と呼ばれる成分を持っています。これが血中で多くなると肥満が進むのではないかと考えられています。一方、"やせ菌"と考えられる腸内細菌もいくつか見つかっています」(福田さん)
福田さんによると、無菌マウスと呼ばれる、腸内に細菌がいないマウスに、肥満の人の腸内フローラを移植するとマウスは太り、逆にやせている人の腸内フローラを移植するとマウスは太らないことが報告されているそうだ。つまり、腸内フローラが宿主である人間の体質や健康をコントロールしている、といえる。
肥満だけでなく、腸内フローラのバランスの乱れにより、さまざまな病気が誘発される可能性があることも明らかになってきた。
「例えば脂肪の多い食品を食べると、脂肪を吸収しようとして胆汁が分泌されます。胆汁中には一次胆汁酸が含まれていますが、実はこれがある種の腸内細菌により二次胆汁酸に代謝されます。腸肝循環により再吸収された二次胆汁酸が肝臓の細胞に作用すると、肝臓がんのリスクを高めてしまうことがマウス実験で分かってきました。また、赤身肉などに多く含まれるカルニチンやコリンをとりすぎると、腸内細菌の介在により結果的に肝臓でトリメチルアミンオキシドという物質が作られ、動脈硬化を促進する原因になることも報告されています」(福田さん)
さらに、ストレスも腸内フローラと関係している可能性があるようだ。
ストレスと腸内フローラも関係がある?
大事な会議やプレゼンの前になると下痢をしたり、旅行先や出張先で便秘になったりしたことはないだろうか。実はこれらも腸内フローラと関係している可能性があるようだ。
「脳と腸は迷走神経でつながっていて、ホルモンを介しても常にやりとりを行っています。脳がストレスを感じると腸に伝わり、腸のぜん動運動が変化し、結果として便秘や下痢が起きる場合があります。一方で、ある種の乳酸菌を摂取すると迷走神経を介して脳に作用し、ストレスを感じにくくする、という研究結果もマウスを用いた実験ですが報告されています」(福田さん)
心理的なストレスによって腹痛が起こり、下痢を伴うこともあるのが過敏性腸症候群だ。急な便意に悩まされている人も多いだろう。「過敏性腸症候群は、本人が抱えているストレスを解決しなければ根本的な治療にはならないと思いますが、腸内フローラのバランスを改善することにより、症状を和らげることはできるかもしれません」(福田さん)
こうした病気は、私たちの「遺伝子型」「食習慣」「腸内フローラ」の3つの悪い要素が重なることで発症すると考えられる。このうち「遺伝子型」は変えることができないが、「食習慣」と「腸内フローラ」はコントロールすることが可能だ、と福田さん。だからこそ、腸内環境を整えることは私たちの健康維持にとって非常に重要といえる。
腸内フローラをコントロールすれば病気を防げる?
腸内フローラの乱れが体の不調へとつながる過程について、もう少し詳しく見てみよう。ポイントとなるのは、私たちの体内で発揮される「恒常性」を維持する力と腸内でのその力の違いだ。
「私たちの体内には恒常性を維持する力があります。これは、体をある一定の状態に保つことで定常状態を維持する力のこと。例えば、食後に血糖値が上がっても、インスリンが分泌されて血糖値を下げ、一定のレベルに抑えます。しかし、おなかの中はちょっと違います。腸は身体の内側にありますが、その表面は実は外側なんです。よく『内なる外』とも呼ばれますが、ホースやちくわの穴を考えてもらえれば分かりやすいかと思います[注1]。したがって、体の内側と比べると腸内はこの恒常性を維持する力が弱いのです。逆に言うと、ある程度なら変化を許容しますので、腸内環境は可変性があるということ」(福田さん)
腸内環境は、ケアをすればそれなりの効果が得られやすいということだ。
次に示すのは、その逆で、健康な人が病気になってしまうひとつのパターンだ。
【健康な人が病気になってしまうひとつのパターン】
↓
(2)生活習慣や食生活の乱れで腸内フローラのバランスが乱れる
↓
(3)腸で良くないものが腸内フローラにより作られて体内に吸収される
↓
(4)体はいい状態を保とうとする
(恒常性があるので、すぐには悪くならない)
↓
(5)腸で良くない物が作られ続ける
(自覚症状がないため、腸に良くない習慣を続ける)
↓
(6)最終的に体内の恒常性が破綻し、病気になる
「体内は恒常性を保つ力が強いため、(2)の状態から(6)になるまでにはある程度の時間がかかります。ですので、例えば血液を調べてもその兆候は表れにくい。しかし、腸内は体内と比較すると恒常性を保つ力が弱いので、病気の兆候を早く検出できる可能性があります。腸内フローラのバランスの乱れに早く気がついて良い状態に戻すことが、腸内フローラの乱れが素因となる病気の予防には重要だと考えられます」(福田さん)
腸内フローラのバランスの乱れに気がつく方法は、今の段階では、「便を観察すること」に尽きるという。詳細はまた別の機会に紹介しよう。
[注1]「内なる外」とは、腸が身体の内側にありながら、外界と接していることをいう。ホースやちくわの穴は内部ではなく外部であることから、腸をそのように例えたもの。
(ライター 村山真由美)
この人に聞きました
メタジェン代表取締役社長CEO/慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。1977年生まれ。明治大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。学位取得後、理化学研究所研究員として勤務し、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2011年にビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157:H7感染予防の分子機構を世界に先駆けて明らかにし、2013年には腸内細菌が産生する酪酸が制御性T細胞の分化を誘導して大腸炎を抑制することを発見、ともに「Nature」誌に報告。2015年、株式会社メタジェン(慶應義塾大学と東京工業大学のジョイントベンチャー)を設立。著書に『おなかの調子がよくなる本』(KKベストセラーズ)。
[日経Gooday 2016年5月20日付記事を再構成]
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