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次世代リーダーの転職学

シャープ元社員が伝えておきたい「後悔しない働き方」 ミドル世代専門転職コンサルタント 黒田真行

2016/11/4

 国産初のテレビや電子レンジから、液晶ビューカム、ザウルス、プラズマクラスター、AQUOS(アクオス)など、画期的な製品を世に送り出してきた家電メーカーの雄、シャープ。経営悪化を理由に45歳以上の社員を対象に希望退職を募り、3200人を超える社員が去ってから1年。経営の中枢で活躍した元幹部社員に、ミドル世代のビジネスパーソンに伝えておきたいメッセージを語っていただきました。

会社を10年若返らせるために退職を決意

家電量販店に並んだ、シャープ亀山工場生産モデルをうたった液晶テレビ「アクオス」(東京・秋葉原、2005年12月)

 現在50代のSさんは、新卒でシャープに入社後、家電機器の開発エンジニアとして勤務。「モノづくりだけでなく、商品が売れるマーケットの近くで仕事がしてみたい」と考え、自ら手を挙げて経営企画への異動を許された。

 「当時のシャープはまだ風通しのいい時代で、若手社員の異動願いもすぐに聞き入れられる風土があった」とSさんは語る。そして、当時の町田勝彦社長のもとで液晶テレビへの100%切り替えと海外戦略を推進、社長の右腕として「液晶のシャープ」の基幹戦略を描いてきた。亀山工場操業前の2003年頃、新規開発商品の営業部長として市場のシェア拡大にも尽力してきた。

 顧客への提供価値を地道にマーケティングし、顧客満足度と収益を両立させる事業戦略を実行していくことで、全盛期のシャープをけん引した功労者の一人でもある。協働するメンバーの気持ちや現場の意見を泥臭く受け止め、周囲の気持ちをまとめて大きな変革を推進していくスタイルで、町田社長のみならず、同僚・部下からも慕われてきた。

 だが、経営は急速に悪化し、そのSさん本人が1年前、統括部長という立場で、部下の3割をリストラすることになった。

 リストラが終盤に差し掛かったころ「統括部長はどうされますか?」と人事担当者がSさんに聞いた。営業本部そのものが解体することが決まっていたための質問だった。鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘(テリー・ゴウ)氏がもうすぐやってくるだろう。そして、会社は変わる。会社が本気で変わるためには、一気に40代にバトンを渡すべきだと感じた。すでに50歳以上の部長は全員いない。自分も50代。「退職しよう」と決めた瞬間だった。

 「どうして辞めるんだ? あなたは退職勧奨の対象ではない」と人事担当役員に言われたが、すでに心は決まっていた。

 いくら業績が悪化しても、決してシャープのすべてが悪いわけではない。ものづくりの精神、大阪商人の魂、超大手はやらないがニーズがあるものをつくって市場を生み出す柔軟性、会社は確実に変わるだろうが、40代を中心にシャープの地道なモノづくりのDNAが継承されることを信じて退職した。

想像以上に苦労した転職活動 そこで学んだこと

 9月末に退職を決意、10月1日から転職活動をするはずが、シャープ側の事情で11月にずれ込んだ。活動を始めてすぐに自分の見立ての甘さを痛感する。自分の経験を生かせる仕事を、と思ったが、統括部長という肩書が邪魔をして、エージェントからも「あなたの処遇に合うポジションがない」という理由で不採用が続く。

 求人があった場合でも、競合企業がシャープでの肩書や人脈を期待する一時的な顧問の打診がほとんどだった。人脈を売るだけの仕事はしたくなかったし、そもそもどんな人脈も2年もすれば入れ替わって使い物にならなくなることは見えていた。50歳を超えた転職活動がここまで厳しいとは思ってもみなかった。それでもモノづくりのDNAや、企画の実務能力を生かして、たとえ一兵卒になったとしても自分の能力を発揮できる職場にこだわった。

 官公庁が主催するビジネスナビゲーターや企業の顧問としての仕事も2、3社やってみたが、「企画書についてアドバイスしてくれ」と言われたものを見ると、詰めが甘すぎて使い物にならない。やんわりと指摘すると「そこまで言われたくない」と怒ってしまう。評論家やご意見番として聞こえのよいことを言っていても、その会社のためにならないし、成長もしない。自分が一体感を感じられない仕事には、面白みがないこともよくわかった。

 さすがに4月からは新しい仕事をスタートさせたいと考えていたところに、たまたま畑違いの商社から声がかかり、経営企画の仕事をすることになった。

 中長期的な営業戦略立案から、現場の営業支援業務まで横断的に担当する職場だが、トップのそばで仕事ができるし、自らパソコンで作業をこなしながら戦略を描ける仕事にはやりがいを感じている。現場重視主義で、汗をかいてコミュニケーション量を重視する気風も自分に合っている。シャープも最初はそうだったからだ。

 リストラの最中に何十人もの部下と面談した中で、自らのキャリアを見つめ直す機会があったことも大きい財産になっていた。「業界をまたいでも、業務が同じなら選択肢がある」という発想で、転職活動に自分なりの軸を置いたことも功を奏したと考えている。

「液晶の次は液晶」という視野狭窄(きょうさく)

買収契約の調印式を終え、握手する(右から)シャープの高橋興三社長(当時)、鴻海精密工業の郭台銘董事長、戴正呉副総裁(現シャープ社長)=4月2日、堺市

 「なぜあのとき、“液晶の次は液晶”などという傲慢な戦略を変えられなかったのか? 今になって、シャープ時代のことを振り返るとじくじたる思いがよみがえってくる」とSさんは語る。

 液晶事業は、とにかく投資額が大きい。たとえば50インチの薄型液晶テレビをつくるには、巨大なガラスサイズでなければ生産効率が悪いのだが、そのために精緻で巨大な工場設備が必要になる。また、輸出のための物流コストを低減させるために、山奥の安い土地ではなく、港が近く、地価も高い臨海エリアに工場をつくらなければいけない。堺工場を操業し「液晶一本足」に振り切ると、液晶の操業度が落ちれば損益分岐点を大きく下回り、一瞬で数百億円単位の赤字が出ることも目に見えていた。

 それでも「テレビはお茶の間の王様だ」「液晶で世界シェアNo.1を取る」という掛け声は微動だにしなかった。一貫生産をしていなかったブラウン管テレビの時代に部品メーカーから供給を止められて苦汁をなめた体験や、プラズマに勝つのだというデバイスメーカーとしての執念、液晶テレビで世界シェア10%近くまで到達した成功体験、シャープというブランドを付けた商品で10兆円、20兆円を達成したいという野望、そして「キングギドラ経営」といわれた会長ほかトップ3によるかじ取りの混乱――。

 マーケットの声に耳を傾け、誠実・堅実に、どこにもないものを創り出すシャープのDNAは、すべての悪条件が重なって消失してしまっていた。

 2000年代前半には、ザウルスを右手に持ち、シャープに敬意を表しながら、積極的なアプローチのあった海外有名企業トップからの提案にも耳を傾けなかった。シャープというロゴが付かないものをつくることは下請けだ、という思想。ファブレス(工場なし)というモノづくりも、ハードデバイスではなくソフトやエクスペリエンスを売ろうとしていたアップルの本質も、当時のシャープにはまったく見えていなかった。

●経営者が裸の王様になっていくこと

●追従する取り巻きがそれを加速させること

●強烈な欲望やトラウマがマーケットや顧客を見る目をふさいでしまうこと

●手段の目的化が暴走していくこと

 会社が変貌していくリスクは、シャープに限らず、どんな会社にも起こりうるとSさんはいう。

自分で考え、自分で動き、自分でやりきる習慣が、最後は自分を育てる

 シャープという会社に人生を懸け、夢のような成長と顧客満足の実現を果たしながら、正反対の体験もしてきたSさんが、30代・40代のビジネスパーソンに伝えておきたいメッセージとは何か? 今だからこそいえる「会社と個人のあるべき向き合い方」をこう語る。

 「『本当にそれでいいのか?を3回繰り返せ。なぜそう考えるのか、どう動くべきなのか、自分自身を疑って徹底的に答えを出せ』。経営企画に配属された時代から、これが常にトップから言われ続けていた言葉です。これは今でも、どんな仕事をする上でも生きる言葉だと思っています。上司に言われたからでもなく、会社の方針に合わせてというわけでもなく、あくまで顧客を見て、マーケットに受け入れられるものづくりを最優先に考えていくということです。会社の中で働くみなさんに、ぜひこうした習慣を身に付けておいていただきたいと思っています」

 2つめに伝えたいことは、「視野を広く、時間軸を長く、思考を深く持ち続けること」だとSさんは語る。「会社の中にいると、特に経営方針が健全でなくなった時は、さらに社内政治や思惑に絡められてしまいがちになる。必ず好奇心を持って、マーケットを見続けることで、会社の状態に影響されずに自分なりの尺度を持ち続けられる」。会社に左右されない平衡感覚が、自分自身のぶれない軸となり、自らを育てることになるというメッセージだ。

 「そしてもう一つ重要なのが、自分の人脈を大切にすること。転職活動をしてみてわかりましたが、最初はただ、自分の職務経歴を書き並べているだけだった。それがわかったことも大きな学びになりました。経歴の裏側にある、多様な人との関係が、最後の最後は自分の道を切り開く助けになることを学びました」

 「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は11月11日の予定です。
 連載は3人が交代で担当します。
 *黒田真行 ミドル世代専門転職コンサルタント
 *森本千賀子 エグゼクティブ専門の転職エージェント
 *波戸内啓介 リクルートエグゼクティブエージェント社長
黒田 真行(くろだ・まさゆき)
ルーセントドアーズ代表取締役
「ミドル世代の方々のキャリアの可能性を最大化する」をテーマに、日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営している。1989年、関西大学法学部卒業、リクルート入社。1988年より転職メディアの制作・編集・事業企画に携わる。2006年~2013年まで転職サイト「リクナビNEXT」編集長。13年リクルートドクターズキャリア取締役などを経て、2014年ルーセントドアーズを設立。
35歳以上の転職支援サービス「Career Release40」
http://lucentdoors.co.jp/cr40/

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