くらし&ハウス

かれんとスコープ

果物畑 温暖化が迫る変革 新品種の挑戦 量がカギ

2016/11/6

岐阜県関市で南米原産のパッションフルーツを栽培する古池さん

地球温暖化が果樹産地に変革を迫っている。高温のため従来の果物の栽培が難しくなっているからだ。新品種の栽培に乗り出す地域もあるが、事業を軌道に乗せるには課題も多い。

「こういう実はダメ。味がぼけてうまくない」。愛媛県宇和島市のミカン農家、児玉恵さん(51)は山いっぱいに広がるミカン畑を前に嘆く。

この地域は近年、特産の温州ミカンで皮が離れてしまう「浮き皮」や、やけどのような痕ができる「日焼け」など高温による被害が多発している。日当たりの良い場所から実を間引くなどの対策を取るが、完全には防ぎ切れない。

ブラッドオレンジの栽培に取り組む児玉恵さん(愛媛県宇和島市)

一方で、気温の上昇で新たな作物の栽培ができるようになった。児玉さんらが音頭を取り、地元のJAえひめ南は2005年ごろからイタリア原産で高温に強いブラッドオレンジの生産を始めた。

「当初は『そんなもの誰が食べるんだ』と言われた」(児玉さん)が、現在は約300人の農家が年間200トンあまりを生産する。食品会社など販路の開拓に成功しつつあり、温暖化への対応の先進事例として注目を集めている。

■収穫までに時間

過去100年間で、日本の年平均気温はセ氏1.1度上昇。今後のさらなる上昇も避けられないとみられている。

温暖化は、コメや野菜など農作物全般に対し品質の低下や生育不良などの影響を与える。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の杉浦俊彦ユニット長は「なかでも産地への影響が大きいのが果物」と説明する。

毎年、種や苗を植えるコメや野菜なら、高温に強い品種が開発されれば入れ替えは容易だ。気温の上昇に応じて田植え時期をずらすなど対応もしやすい。しかし果物は、一度植えると同じ樹木から数十年にわたって収穫する場合が多い。「桃栗3年、柿8年」と言われるように、植えてから収穫が可能になるまでに時間もかかる。そのため、気候変動への対応には長期的な視点が必要となるからだ。

農研機構の推計によれば、このまま対策を講じないと、2060年代には東北地方の平野部でリンゴの栽培が困難になる。温州ミカンも、現在の主産地の多くで栽培できなくなる恐れがあるという。

こうした予測を受け、高温に適した新作物の栽培に乗り出すケースが相次ぐ。松山市では市役所の主導で09年からアボカドの産地づくりに乗り出した。市の農業指導センターが苗をミカン農家などに配り、今では70人ほどが栽培する。昨年、市内で「日本アボカドサミット」も開催した。

松山市はアボカドの産地づくりに乗り出している(松山市農業指導センター)

ただ、新たな産地をゼロから立ち上げるのは容易ではない。大手のスーパーやレストランなど、販売先の開拓には一定の生産量を確保することが必須条件だからだ。

松山市のアボカドの場合、15年の生産量は600キログラム程度にすぎない。地元農家の出資で設立された果物販売会社、のうみん(松山市)の原田博士・代表取締役は「商談は多く寄せられるが、今はまだ断らざるを得ない」と話す。

ミカン農家の高齢化が進み、松山市では後継者不足で耕作放棄地も広がる。アボカドの栽培農家が増える背景には、高齢のために重労働のミカン栽培が難しくなった農家が「耕作放棄地にするよりは」と、あまり手間のかからないアボカドに乗り換えている側面もあるのだという。

■新ビジネスの機会

農林水産省によると、2000年に約33万戸あった国内の果樹栽培農家は10年には24万戸に減った。温暖化による栽培適地の変化に対応するには、意欲ある担い手の参入を増やし、生産者の層を厚くしていくことが欠かせない。

栽培適地の変化がビジネス機会となり、新たな生産者を呼び寄せる例も出てきた。

岐阜県関市で衣料品の小売業を営む古池裕美さん(66)は07年、地元商工会の活動の一環で南米原産のパッションフルーツの苗を地域の商店に配った。夏の直射日光を遮る「緑のカーテン」として利用してもらうためだった。

温暖化による産地の主な動き
北海道富良野地方などがブドウ産地に
青森県津軽地方のリンゴ農家がモモを生産
千葉県房総半島南部でドラゴンフルーツなど生産
岐阜県パッションフルーツを生産
愛媛県ブラッドオレンジやアボカドを生産

翌年、苗を試しに自分で露地栽培してみたところ、予想以上によく育って実をつけた。「これは面白い」と感じた古池さんは、10年に生産組合を設立。耕作放棄地を借りて本格的な栽培を始めた。今年は3.5トンほどを収穫し食品会社などに出荷する。岐阜県も温暖化に対応する作物として注目し、県の農業技術センターで試験栽培を始めた。

北海道の富良野地方には13年、山梨県甲州市の老舗ワイナリー「まるき葡萄酒」などからなる企業グループが農業生産法人レゾン(中富良野町)を設立した。約40ヘクタールの農地でワイン用のブドウ栽培を始め、18年にはワイナリーもつくる予定だ。近年、富良野はブドウ栽培の適地として注目されており、広い土地を安く確保できることが進出の決め手となった。

栽培適地の変化に対応するには、農業生産法人や企業といった法人による大規模な経営も有効だ。農業への新規参入や規模拡大を促す構造改革は、地球温暖化に立ち向かう上でも喫緊の課題となりそうだ。

◇   ◇

■関連インタビュー■農業・食品産業技術総合研究機構の杉浦俊彦・園地研究ユニット長

農業・食品産業技術総合研究機構の杉浦俊彦氏

地球温暖化による農業への影響をめぐっては、農林水産省も2015年8月に「気候変動適応計画」を策定するなど、対策に乗り出している。国立研究開発法人の農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)で果樹の温暖化対策の研究を進めている杉浦俊彦・園地研究ユニット長に、各地の対策の現状や今後の課題を聞いた。

「コメや主要な野菜の多くは、北海道から九州まで全国の幅広い地域で栽培できる。苗や種を毎年植えるタイプの作物なら、それぞれの地域で最適な気候の時期を選んで植えることができるからだ。今後、地球温暖化で気温が上昇しても、植える時期を遅らせることである程度は対応できる」

「これに対して果樹の場合は栽培できる地域の範囲が狭い。リンゴなら東北と長野県、ミカンなら温暖な西日本の海岸沿いといった具合に、多くの果物では主要な産地が決まっている。果樹は一度植えてしまえば同じ樹木から長期間にわたって収穫する。植える時期を変えて気温上昇に調節できない分だけ、温暖化に向けた産地の対応が難しいといえる」

「果樹の温暖化対応はまず、いま植わっている品種を着色不良や浮き皮などの被害からどう守るかが第1段階だ。ネットをかけて日よけをしたり、日光の当たりやすい場所に実っている果実を優先的に摘果したりと、品目によって様々な対応が取られている」

「次の段階の対応は、より高温に適した品種に植え替えること。たとえばミカンの場合は1本の木から30年くらい続けて収穫するので、計算上は日本全国のミカンの木の30分の1くらいはどこかで植え替わっている計算になる。このときにミカンをより高温に強いデコポンに植え替えるなどの対応だ」

「ただ、このまま気温の上昇が続けばいずれ品種改良などでは対応できず、全く新しい作物に変える必要が出てくる。実際に青森県などでは暑さに弱い早生(わせ)のリンゴの代わりに、桃の栽培を始めた農家が出始めている。ただし果樹の場合は産地のブランド力も重要なので、栽培する作物を変えるのは農家にとってハードルが高い。流通ルートにのせるには一定のロット(量)も必要なので、行政やJAの主導により地域ぐるみで産地形成を進める必要がある」

「亜熱帯の果物づくりに乗り出す地域も各地で相次いでいる。たとえばアボカドは現在、多くがメキシコ産の輸入に頼っているが、船便で時間をかけて運ぶので日持ちの良い品種のものしか輸入できない。国内で栽培するなら日持ちを気にせず、より味の良い品種を生産できるというメリットがある」

「ただ、すでに国内の個人農家は高齢化が進み、今から新しい品種の作物を植えようという気にはなかなかならない。高齢の農家ほど長年慣れ親しんだ品種の栽培を続けたがるし、それほどもうかっているわけでもないので新たな投資をする余力もない。このため、国内の果樹農家の温暖化への対応はあまり進んでいないのが実情だ。資金力のある法人の農業参入などが進めば、新たな対応が取れるようになるかもしれない」

(本田幸久)

関心のあるテーマを電子メールでこちらへお送りください current@nex.nikkei.co.jp

くらし&ハウス 新着記事

ALL CHANNEL