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トランプ氏はあえて演技していた? テレビ討論の真実 スタンフォード大 デビッド・デマレスト教授に聞く(上)

2016/11/5

PIXTA

11月8日に投票日が迫る米大統領選挙。その結果に最も大きな影響を与えると言われているのがテレビ討論会だ。9月26日、10月9日、10月19日と3回にわたって行われたテレビ討論会は、かつてないほどの注目を集め、中でも第1回討論会は、史上最高の8400万人を超える視聴者数を獲得した。

ヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏、両候補はどのような戦略で第1回テレビ討論会に臨んだのか。ジョージ・H・W・ブッシュ陣営の選対広報部長として1988年と1992年のテレビ討論会のコミュニケーション戦略を立案し、現在、スタンフォード大学で政治コミュニケーションを教えるデビッド・デマレスト教授に聞いた。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏、文中敬称略)

(下)クリントン×トランプ あの言葉が討論の勝敗を決めた! >>

デビッド・デマレスト(David F. Demarest) スタンフォード大学広報部ヴァイス・プレジデント及びスタンフォード大学経営大学院講師。専門は組織行動学。同校のMBAプログラムでは選択科目「政治コミュニケーション:いかにしてリーダーはリーダーとなるのか」を教えている。1988年のアメリカ大統領選挙では、ジョージ・H・W・ブッシュ陣営の選挙対策広報部長、ブッシュ政権下の1988年から1992年までの4年間、米ホワイトハウスの広報部長(広報担当大統領補佐官)を務めた。ホワイトハウスでは、大統領スピーチの作成から、広報、メディア対策、政府間コミュニケーションまで、幅広い部門を統括。1989年、大喪の礼の際にはブッシュ大統領とともに来日した。退官後は、バンク・オブ・アメリカ、ビザ・インターナショナルにて広報担当役員を歴任し、2005年より現職。

◇クリントン対トランプ、双方の戦略

佐藤:デマレスト教授は、1988年と1992年の大統領選挙で、ジョージ・H・W・ブッシュ陣営のコミュニケーション戦略を立案されていましたが、今回の第1回大統領候補テレビ討論会(9月26日、ニューヨーク州)から、双方のどんな戦略が見えてきましたか。

デマレスト:ヒラリー・クリントンは自らが「落ち着いた人物」であること、「知識が豊富な人物」であることを強調していたと思います。何を言われても動じない、多くの知識を披露することによって逆にドナルド・トランプの知識のなさを浮き彫りにする、という戦法をとっていました。その結果、トランプは後手後手にまわっている、という印象を与えることができましたから、この戦略はおおむね成功していたと思います。全体としてみれば、トランプは防御にまわっていた印象が強かったですし、彼がいいかげんな回答を重ねるにつれて、どんどん劣勢になっていったのは確かでしょう

ところが、そのクリントンも失敗した場面がありました。討論の終盤です。クリントンは新たな攻撃材料を次々と持ち出し、たたみかけるようにトランプを攻撃しました。私はこの戦法はあまりうまくいかなかったと思います。なぜなら、せっかく「落ち着いた人物」であることを強調していたのに、ここでトランプと同じように「落ち着きのない人物」に見えてしまったからです。

佐藤:ドナルド・トランプはあらゆる意味で希有な候補です。アメリカの政治史をふりかえっても、このような大統領候補はいなかったと思います。あまりにも特異な存在であるために、「実はトランプはとても賢い人物ですべて計算してやっている、あれはすべて演技だ」という見方をしている識者もいますが、先生はどのようにごらんになりますか。

デマレスト:戦略ではないと思いますよ。彼はもともとあのような性格の人物なのです。生まれてからずっと同じような振る舞いをしてきたと思います。私の経験から言えば、候補者本人の本質を訓練して変えるのは不可能です。どれだけコーチングをしても、どれだけアドバイスをしても、生まれつきの習慣や考え方は変えられないものです。特にストレスにさらされている状況では、本性がむき出しになってしまいます。

テレビ討論会のすばらしいところは、こうした候補者の本質がわかるところです。テレビ討論会では、候補者は丸裸にされます。90分間、誰の助けもなく、素の状態で戦わなくてはなりません。普段、人を見下したり、批判ばかりしている人は、それがふとした表情や態度から見えてしまうわけです。どれだけ本性を隠そうとしても、それはできません。結局のところ候補者も人間ですから、自らの本質を完全に隠し通すことなんてできないのです。

◇候補者の本質が露呈する仕組み

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤:テレビ討論会では、事前に質問は全く知らされません。候補者は演台にメモや回答案のようなものを持ち込むことはできるんでしょうか。

デマレスト:何も持ち込めません。

佐藤:プロンプターとかカンペとか、そういったものもないのですか。広報担当者が回答案を書いてカメラの横から指示するとか?

デマレスト:演台にはペンと白紙が置いてあって、相手が話している内容をメモすることはできます。でも候補者は何も持ち込めませんし、我々も指示を出せません。

佐藤:ということは細かい数字やデータも含め、あらゆる質問に対しての答えを頭に入れておかなければならないのですね。

デマレスト:そうです。だから候補者はリハーサルをやるのです。

佐藤:今回、クリントン陣営はかなり入念なリハーサルをした、と報道されましたが、トランプもリハーサルをしたのでしょうか。

デマレスト:トランプは例外です。トランプ陣営は、Q&Aをいくつか用意したけれどもほとんどリハーサルをやらなかった、と聞きました。ご存じのとおり、トランプは常にあの調子ですから、本人はリハーサルをしてもあまり意味がないと思ったようです。

佐藤:デマレスト教授がホワイトハウスの広報部長を務めていた1992年、ジョージ・ブッシュ大統領はビル・クリントンとのテレビ討論会にそなえて、どのぐらいリハーサルをしましたか?

デマレスト:2、3回ぐらいではなかったでしょうか。現職の大統領がテレビ討論会のリハーサルのために時間を使うというのはとても難しいことなのです。大統領としてやらなくてはならないことが山積みですから。

たとえばバラク・オバマ大統領は、2012年、ミット・ロムニー候補との第1回のテレビ討論会で、完敗を喫しましたが、私はこの結果を見て選対チームに心から同情しました。おそらくスタッフが「大統領、テレビ討論会のリハーサルのために3時間ください」とお願いしても、「1時間しか割けないよ」と言われたに違いないからです。でも第2回、第3回でかなり挽回しましたから、その後、必死でリハーサルをしたのだと思います。

佐藤:あのスピーチの名手、オバマ大統領でさえ、失敗するんですね。

デマレスト:さすがのオバマ大統領も準備不足では実力を発揮できないんです。それがテレビ討論です。

◇クリントンが駆使した「伝える技術」

佐藤:テレビ討論会で有権者に政策を訴える上で、効果的な「伝える技術」のようなものはあるのでしょうか。

デマレスト:たとえばある政策について賛成か、反対か、自分の立場をはっきり表明したいときには、3点にまとめる、というのはよく使う技術ですね。それは、有権者にとって、「3」という数字が最もしっくりくるからです。2だとなんか足りなくて、4だと多すぎるという感覚は、誰にもあるのではないでしょうか。

たとえば、聖書や古典には、「東方の三賢者」「三匹の盲目ねずみ」など、3がたくさん出てきますが、人間にとって3つというのは最も理解しやすいのです。

佐藤:確かに、テレビ討論会は3回ありますし、第1回テレビ討論会のテーマは3つ。それから、ヒラリー・クリントンも、トランプが所得税を支払わない理由を3つにまとめて発言していました。

デマレスト:長々と意見を述べても、視聴者が何の話をしているのかわからなくなってしまうことがあります。それよりも3つにまとめる、あるいはコンパクトに話したほうがよいのです。

佐藤:ただ伝える技術に溺れてしまってもダメですよね。やはり有権者を引きつけるような内容がないと。

デマレスト:もちろんです。退屈な答弁では、視聴者に見てもらえませんし、ウケを狙った奇抜な発言ばかりでは信頼されません。自分の話を興味深く、コンパクトに伝える。技術と内容の両方がともなっていないといけません。

佐藤:それでヒラリー・クリントンは自分のお父さんの話をしたんですね。「ドナルドはとても幸運な人生を送ってきました。彼は父親から借りた1400万ドルで事業を始めました人です。だから豊かな人々を支援すればするほど庶民の生活も向上し、すべてがうまくいく、と本気で信じているのです。(中略)。私の父は小さな店を営んでいました。彼は働き者でした。長いテーブルにカーテン用の布地を広げて、シルクスクリーンを使い、染料をかけ、ゴムローラーで伸ばしてプリントするという作業をひたすら続けていたのです」。この部分は非常に印象的でした。

デマレスト:ストーリーを語る、というのはとても効果的な方法です。個人的な話は人々の共感を得やすいからです。候補者自身や家族のエピソードを聞けば、候補者との距離はぐっと縮まります。私にも同じような経験があった、この人は私と同じような境遇に置かれたことがあるんだ、など、有権者に好意的なイメージを持ってもらうことができます。

有権者に具体的なイメージを描いてもらうように発言する、というのはとても重要なのです。たとえば、今、佐藤さんに「私が広報官だったとき、記者室に入っていくと、リポーターたちは私の方を見て……」などと話せば、そのときの情景が浮かびますよね。ストーリーは記憶に残りますし、理解しやすい。だから候補者はストーリーを語るのです。

テレビ討論会を開催する意義とは

佐藤:今回の第1回テレビ討論会は、史上最大の視聴者数を記録したことでも注目されました。13のテレビ局が生中継し、8400万人が視聴しました。デマレスト教授が選対広報部長を務めていた1980~90年代と比較すると、テレビ討論会はどのように変化してきましたか。

デマレスト:私が広報部長だった時代とくらべて、より戦略を練るのが難しくなってきたと思います。視聴メディア、視聴者の関心、視聴者の集中力などが大きく変わってきたからです。テレビ討論会の直後に、リアルタイムで最新の支持率が発表されますから、候補者も視聴者の変化に合わせて、コミュニケーション方法を変えなくてはならなくなりました。

ただテレビ討論会を開催する目的は今も昔も変わっていません。基本的にテレビ討論会は、有権者が各候補者を信頼できるかどうかを判断し、それぞれの政策についてよりよく理解するためのものです。この候補者はこの問題について十分な知識を持っているだろうか、賛成、反対、どちらの立場をとっているのだろうか、というのを確認する、というのが本来の目的です。視聴方法が変わっても、テレビ討論会が候補者、有権者にとって有益な場であることに変わりはありません。

佐藤:テレビ討論会は有権者が候補者の本質を見抜くのに役立っていると思いますか。

デマレスト:大統領選挙において、テレビ討論会はとても重要な役割を果たしてきたと思います。膨大な数の有権者にライブで政策を訴えることができるのはテレビ討論会しかありません。2人の候補者が同じ舞台に立ち、議論を戦わせる。有権者が候補者のことをよりよく知るのに、これほどよい機会はありません。

ただ近年、有権者側に分極化が進んでいるのは、問題だと思います。浮動票がとても少ないのです。テレビ討論会の前からすでに支持する候補者は決まっている、好きな候補者を応援するために視聴する、という有権者があまりにも多い。本来、テレビ討論会は公平な情報を得る場なのに、テレビ討論を視聴した上で支持者を決めよう、という人が少ないのは残念なことだと思います。

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