週末に開墾 若者ひきつける「ボランティアの旅」
荒れた農地を掘り起こして、再び命を生む畑に――。NPO法人「えがおつなげて」(山梨県北杜市)の代表、曽根原久司さんは若い世代の農業ブームを支える第一人者だ。1995年に東京から移住して以来、ボランティアを受け入れて地域の再生に取り組んできた。曽根原さんを慕って北杜市を繰り返し訪れる若者も多い。再生した農地をたずねた。
力を合わせて木の根を抜く
新宿駅から高速バスで2時間ほど。山梨県北西部に位置する北杜市・須玉からさらに車で30分ほど坂を上る。標高約1100メートル。八ケ岳や駒ケ岳をはじめ、南アルプスのふもとに位置する自然ゆたかなエリアに「えがおつなげて」が管理する農場がある。
山あいの集落にはちょうど稲刈りが終盤を迎えた田畑と、多くの家屋が見えるが、人気は少ない。曽根原さんによると、このあたりの集落は、半分以上が空き家となった限界集落。花豆やトマト、ナスなどが育った畑のほとんどは、耕作放棄地を開墾し生まれ変わったものだ。
畑には毎週末のように、若者たちが開墾を楽しむ姿が見られる。何度も繰り返し、リピーターになって来る人もいれば、企業が研修として設けるプログラムで来る人もいる。週末だけでなく、何日にもわたって滞在し、作業をしていく人もいる。時期に応じて作業は様々。季節ごとの野菜の収穫、草刈り、稲刈り、そして農地の開墾だ。体験は基本的に無料だが、曽根原さんは「しっかり働いてもらいます」と強調する。
例えば「草刈り」といっても生易しいものではない。何年も放置された耕作放棄地に茂った木々の根を抜く作業は、童話の「大きなカブ」のようだ。何人もの大人が全員で引っこ抜く「バッコン(抜根)ジャンプ」という技を名付ける人が現れるなど、アトラクション気分で楽しめるという。
1995年、金融機関向けのコンサルタントだった曽根原久司さんは、バブル崩壊に直面し日本経済が長期低迷の時代に入ることを実感した。「これからの日本は、もうからなくても一人ひとりが着実に生きる環境や基盤が求められる」と、東京から北杜市に移住を決めた。注目したのは、日本にあるゆたかな農業資源だ。「日本はフィンランドに次いで、先進国の中で2番目に国土の森林比率が高い国です。ところが、林業やその加工材は輸入に頼っている。あわせて、増え続ける耕作放棄地も、アジアの人口増加にともない食糧不足になれば光が当たるのではないか、と考えたことがきっかけです」
だが日本では農業の担い手の高齢化や、離農による耕作放棄地は年々増加し、42万ヘクタールと富山県とほぼ同じ広さにまで増えている。農家の平均年齢も67歳と高まる一方だ。
山梨県は森林面積で国内3位、ミネラルウオーターの生産も4割を占めており、わき水を利用したウイスキーの製造もさかんだ。一方で、山梨県は耕作放棄率が全国で2位。なかでももっとも割合が高いのが北杜市だ。
11月は開墾のベストシーズン
95年の移住以来、曽根原さんらは約6ヘクタール、東京ドーム約1.3個分の広さの耕作放棄地を田畑として生まれ変わらせた。この担い手が、主に都会から訪れる年間数百人以上の若いボランティアたちだ。「開墾を体験してみたい、という思いがあってもどこにいけばいいのかわからない、という人がかなりいたように思います」。今ではこの事業に賛同し、企業も研修などの目的で若者たちを送り込み、それぞれの「農場」を作るまでになった。
11月もすでに毎週末、企業の研修やボランティアの予約が入っているという。「稲刈りも終わる11月は、開墾にもっとも適した季節なんです」(曽根原さん)。農村ボランティアの受け入れは、主に4月から11月までだ。12月から3月までの冬の時期、北杜市の気温はマイナス20度という厳しい寒さのためだ。
「荒れた土地を耕すのはとても楽しいですよ。野菜の収穫なら、誰が一番採れたかだったり、木の根の抜根であればチームで競争したり。ただ一人だと孤独なので、友人同士の参加を勧めますね」と曽根原さん。参加者は事前にウェブサイトや電話で問い合わせて、空き状況や人数に対応したプログラムを用意してもらう。
労働のあとは温泉と山の幸
土と泥にまみれたあとは、ひと風呂浴びたいもの。「えがおつなげて」が管理する農地の付近には、戦国時代の武将、武田信玄が発見したといわれるラジウム温泉「増富ラジウム温泉郷」がある。多くのボランティアスタッフは、原生林のなかにある日帰りの温浴施設「増富の湯」などで疲れを癒やす。
温泉郷には古くからの宿があるが、曽根原さんのオススメはみずがきの宿「五郎舎」だ。近くの渓流で捕れたヤマナの刺し身や、秋にはマツタケを使った料理などが振る舞われて、1泊2食つきで7300円(11月から3月は7500円)で宿泊できる。いろりのある古民家風の建物で、季節の食材を味わえる。
曽根原さんの活動は北杜市をこえ、日本全国に広がり始めた。ヒマワリの観光で有名な北海道北竜町では、ヒマワリの種を植えるボランティアの受け入れも始めているという。曽根原さんが支援する三重県や滋賀県でも、北杜市につながるような耕作放棄地の再生が始まった。曽根原さんらが活動する「えがおつなげて」に参加したスタッフたちのなかには、北杜市の自然にひかれ移住し、独立して農業を始めた人も多い。
「何より、農村が生まれ変わるのが楽しいからだと思いますよ」。ぜひ一度「農村ボランティア」の楽しさを味わってみてほしい。
(松本千恵)
電話 0551-42-2845 http://npo-egao.net/
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。