NOAHの天才、丸藤正道 新日本に刻んだチョップ
今回描かせていただいたイラストはプロレスリングNOAHの丸藤正道(まるふじなおみち)選手の「逆水平チョップ」です。チョップ(手刀)は力道山の「空手チョップ」時代から続くもっともポピュラーな技の一つです。丸藤選手は全身を使い右手をムチのようにしならせて叩き込む独特のスタイルで、今年夏の新日本プロレスリングのシリーズ、G1クライマックスで最もインパクトを残した技と言っていいと思います。周りに散るオリーブは「方舟(はこぶね)」から連想しました。
10月10日の新日本プロレス両国国技館大会、例年この秋の両国大会で翌年1月4日東京ドーム大会の重要カードが決まります。セミファイナルでG1決勝と同じ対戦ながらケニー・オメガ選手が後藤洋央紀(ごとうひろおき)選手を激闘の末、退けていちはやくドームでのIWGPヘビー級チャンピオンへの挑戦権を手にしました。
続くメーンイベントでは、チャンピオンのオカダ・カズチカ選手が丸藤選手を下して王座を防衛。東京ドーム大会一つ目の対戦カード「オカダVSケニー」のIWGP戦が確定となりました。
オカダ選手は夏のG1初戦でまさに完封、といった感じで丸藤選手に敗れています。他団体の選手が現チャンピオンに開幕戦でいきなり勝利をあげたインパクトは大きなものでしたが、一方で「丸藤選手ならありうる」という納得感もありました。リマッチとなった今回の対戦も、オカダ選手が丸藤選手を完全に圧倒してみせたというところまではいかなかった印象です。その印象の出どころの一つはおそらく丸藤選手の「逆水平チョップ」なのではないかと思います。
試合の序盤、リング中央で両者が向き合うと場内に高まる丸藤選手のチョップへの期待感。1発、1発とたっぷり間を取って打ち込むたびにバシーンと鋭い破裂音が国技館に響きます。苦悶の表情で胸を押さえうずくまるオカダ選手。そんな見せ場以外にもエプロンでの攻防や相手の技へのカウンターとして要所要所にこのチョップがちりばめられ、トータルの印象として「丸藤選手のチョップはやっぱりすごかったなぁ」と感想が残るのです。
プロレスラーをパッと見て、普通の人と違うのはまず胸板の厚みです。実物のレスラーを見るとどの選手も大胸筋が一般的なマッチョのイメージよりはるかに大きく盛り上がっています。そのレスラーの「看板」ともいえる胸板に、目に見えるかたちで文字通り「痕(あと)」を刻みつけるのが丸藤選手のチョップです。
丸藤選手はプロレスリングNOAHをリング内外で引っ張り、「方舟の天才」とも称されます。独創的で華麗な動きでファンを魅了する丸藤選手は、チョップという一見平凡な技をも独自に進化させています。目元涼やかで凛(りん)としたたたずまいの丸藤選手が繰り出す一撃は、音も威力もまさに革のムチの一閃(いっせん)のようです。パワーファイターどうしが我慢比べ的にガンガン打ち合う迫力とはまた違った美しさと鋭さがあります。
今年のG1クライマックスでは後輩の中嶋勝彦(なかじまかつひこ)選手とともに敵地・新日本のリングに上がった丸藤選手。丸藤選手と対戦した選手の胸はみなチョップで赤黒く、文字通り「ミミズ腫れ」のごとく腫れ上がっていました。その赤みはなかなか引かず胸に残り続けます。1カ月にわたりシングルマッチの続くシリーズのなかで、日が経つごとに1人、また1人と丸藤選手に「痕跡」を刻まれた選手が増えていきました。
前の対戦者の痛々しい胸板が丸藤選手のチョップの威力を物語り、次の試合の期待感がおのずと高まります。あの選手はこう受けた、ではこの選手はどう受けるだろうと想像も膨らみます。他団体との対抗戦で「爪痕を残す」とはよくインタビューなどで耳にしますが、これほどあざやかに、しかも視覚に訴えるかたちで体現できる選手はまれではないでしょうか。
戦績こそ5勝4敗と振るいませんでしたが、もし5年後10年後に2016年のG1クライマックスを振り返ったら「丸藤選手のチョップのG1だったなぁ」と思い出す方も少なくないはずです。
NOAHでは先日、中嶋選手がGHCヘビー級ベルトを取り、現在日本のメジャータイトル3つ(新日本/IWGP=オカダ選手、全日本/三冠=宮原健斗選手、NOAH/GHC=中嶋選手)はすべて20代の選手がチャンピオンとして君臨しています。
G1がきっかけで丸藤選手や中嶋選手を知りNOAHに興味を持ったファンの方も多数いるようです。丸藤選手が新日本のリングに刻んだものの大きさがそこに表れているのかもしれません。
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1日にはNOAHがIT関連企業に事業を譲渡したことが発表されました。新体制となったNOAHのこれからに注目です。
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