進化形クラリネット奏者 吉田誠のソロ戦略
クラリネット奏者の吉田誠さん(29)が独自のソロ活動を展開している。オーケストラの一構成楽器ではなく、クラリネットを主役にしたクラシック音楽のコンサートでいかに聴衆を楽しませるか。まだ進化する余地が大きいといわれるクラリネット。楽器とともに自らを進化させ、ビジュアルにもこだわる演奏会のつくり方について聞いた。
東京都新宿区百人町。アジアの人々の商売や生活が見える新大久保にも近い街角に、クラリネットやサクソフォンなどの管楽器専門店「石森管楽器」がある。その地下スペースが吉田さんお気に入りの練習場所だ。スタジオともパブともいえる広間だが、「(ジャズのサックス奏者の)渡辺貞夫さんらビッグアーティストがみんなここで練習し演奏してきた」と吉田さんは誇らしげに語る。
■楽器と奏者がともに進化
「クラリネットはすごく可能性を秘めた楽器」というのが彼の持論。「バイオリンやピアノなど多くはすでに完成された楽器だが、クラリネットはいまだに進化を続けている」と言う。「キーや音域が増えたり、もっと便利に演奏できるように改造されたりする」。しかも個性の強い奏者によって楽器の機能が変化し、作品が書かれる。「モーツァルトはアントン・シュタードラーという名手のためにクラリネットの作品を書き、ブラームスもリヒャルト・ミュールフェルトのために『クラリネットソナタ』を書いた。僕も現代の作曲家に新曲を書いてもらって演奏したい」と話す。
吉田さんは若手クラリネット奏者の注目株だ。東京音楽コンクール1位の実績を持ち、東京芸術大学在学中に渡仏。パリ国立高等音楽院とジュネーブ国立高等音楽院にともに首席で入学するなど、揺るぎない実力を示す。オランダのアムステルダムに在住し、日欧でクラリネット中心のコンサートの新たなスタイルを探っている。
ビジュアル系クラシック音楽ともいえる世界を切り開こうともしている。映像を駆使した演奏会の演出で注目を集めるアートディレクター、田村吾郎さんとのコラボによるシリーズ公演「五つの記憶」が一例だ。「旅立ち」「灯(あか)り」「収穫」「回帰」といったテーマを持つ5つの演奏会。「クラシックのコンサートにはチラシを見て来る人が多い。田村さんと話を重ねてチラシ自体を一つのアート作品にした。5回公演のうち2回まで終えたが、各チラシの画像イメージから各回のテーマが分かりやすくなる」と説明する。
11月3日にはサントリーホール(東京・港)のブルーローズでピアニストのスーアン・チャイさんとの共演による「吉田誠 クラリネット・リサイタル」を開く。ここでも田村さんのディレクションによって、東京湾を背景にした吉田さんのアートなイメージ画像をチラシやポスター用に作った。
同公演のテーマは「ファンタジー(幻想)」。演目にはシューマンの「幻想小曲集」をはじめプーランク、サン=サーンス、ブラームスの「クラリネットソナタ」などこの楽器を使った傑作が並ぶ。「3人とも最晩年に『クラリネットソナタ』を作曲している」と語り、クラリネットと作曲家たちの晩年とをつなぐ生活の謎に迫り、「彼らの(晩年に抱いた)ファンタジーを出せればいい」と意気込む。
■ベニー・グッドマンを尊敬
なぜ作曲家たちは晩年になって本格的にクラリネットの作品を書く傾向があるのか。吉田さんは「奏者とともに進化し続ける楽器だからこそ、優れた奏者との出会いが重要になるためだ」と指摘する。作曲家の名声が上がり、当代一流のクラリネット奏者に出会う機会が巡ってくる。優れた演奏に触発され、楽曲を書いてクラリネット奏者に献呈するというプロセスだ。
「クラリネットはジャズでもクラシックでも演奏できる。僕が最も影響を受けたのは(スイングジャズの代表格の)ベニー・グッドマンです」と明言する。しかしジャズミュージシャンを目指したわけではなく、志はクラシック音楽にあった。「プーランクの『クラリネットソナタ』はベニー・グッドマンが初演した。コープランドやバルトークの作品にも彼が大きくかかわっている」。クラシックの作曲家もこぞって信奉したベニー・グッドマンを彼は尊敬しているのだ。聴衆のみならず、現代の作曲家をも魅了する「進化形」のクラリネット奏者を意識し、真新しい演奏に挑もうとしている。
(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)
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