市川海老蔵 『石川五右衛門』で13年ぶり連ドラ主演
この秋、テレビ東京で8年ぶりに連続時代劇が復活した。歌舞伎俳優の市川海老蔵主演で、作品は金曜20時のドラマ『石川五右衛門』。海老蔵は2004年の襲名後初、NHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』以来13年ぶりの連ドラ主演となる。
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実は本作の制作は、時代劇は必要だとの思いから海老蔵本人が提案して実現したもの。石川五右衛門というキャラクターに可能性を感じ、連続時代劇でやりたいと働きかけたのが約3年前。テレビ東京の意向とも合致した。今回のドラマ出演に対する思いを聞いた。
最近、連続の時代劇がないですよね。NHKの大河ドラマはありますが。私が子どもの頃は、『暴れん坊将軍』とか『水戸黄門』とか、テレビをつければ何かしらやっていたなと。海外の時代劇は多いのに、最近はなぜ日本の時代劇が少ないのだろうとふと思ったのが5年ぐらい前です(11年に『水戸黄門』が最終回を迎え、民放GP帯の時代劇レギュラー枠がすべて終了)。私は歌舞伎をやっていますし、やっぱり時代劇は誰かが作っていかないといけないんじゃないかと感じていたんです。
『眠狂四郎』『丹下左膳』『子連れ狼』『座頭市』、いろいろな作品がありますが、私がやるなら何かと考えたときに、歌舞伎には『楼門五三桐(さんもんごさんのきり)』という演目がありますし、石川五右衛門が浮かびました。五右衛門は史実上、ほんの少ししか記録がなく、正体も、存在していたのかも分からない人物です。例えば源義経であれば、どんな人生をたどったのか多くの人が知っていますし、史実を完全に無視することはできません。でも五右衛門であれば、どう表現してもとやかく言われることなく、ダイナミックな展開も許される。時代劇でありながら、エンタテインメント性の高いものにできるだろうし、現代の人たちにも見やすいものになるのではと思ったんです。
歌舞伎やマンガの味わいも
天下の大泥棒・石川五右衛門は、悪事を働く大名や大富豪の屋敷に忍び込んでは盗みを働き、貧しい人々に金品を分け与える庶民のヒーロー。時の権力者である豊臣秀吉(國村隼)との対決を主軸に、秀吉の側室・茶々(比嘉愛未)とのロマンスが盛り込まれる。原作は、09年の新作歌舞伎で海老蔵が演じた『石川五右衛門』。歌舞伎と同様、今回のドラマも、マンガ『金田一少年の事件簿』『神の雫』の原作者として知られる樹林伸(きばやししん)が脚本を手がける。
樹林さんとは、私がこんぴら歌舞伎で『暫(しばらく)』を演じていたときに(08年)、初めてお会いしたんです。「歌舞伎、面白いね」と楽屋に来てくださったので、「じゃあ書いてください」とお願いしてできたのが、09年に上演した『石川五右衛門』です。それがベースになっているので、時代劇だけれど歌舞伎のテイストもあり、マンガのエッセンスもある。華やかですし、何というか、ミックスジュースのような感じです(笑)。
今の時代って倫理観も厳しいし、閉塞感があるからか、世の中全体が小さなことで足を引っ張りあうようなことが多いじゃないですか。そういうのは日本にとって良くないなと。五右衛門は大らかだし、豪快で自由で人情深い。"弱きを助け強きをくじく"という部分も伝わればいいなと思っています。
撮影は、15年12月から16年6月まで、京都を中心に行われた。この作品の見どころの1つがラストシーン。南禅寺三門の楼上を舞台に、「絶景かな、絶景かな」の名ゼリフで各話が終わる(写真左)。
最初に南禅寺の三門に立ったときは感動しました。歌舞伎俳優だったら、みんな1度はやりたいことですから。1日で全話分撮ったので、最後はちょっと飽きちゃいましたけど(笑)。白塗りがシュール? いいんじゃないですか。『水戸黄門』で印籠を見せたり、『遠山の金さん』で諸肌脱ぐように、時代劇ってそういう紋切り型があって、そこが面白かったりしますよね。このシーンだけ見ようかな、と思っていただいてもいいわけで。
ドラマは毎回分からない
プロデューサーの山鹿達也氏は、俳優としての海老蔵について、「共演者とリラックスしてお話をされていても、撮影に呼ばれるとガッと役に入って、顔つきまでガラリと変わる。集中力はやはり、人並みではないです」と評する。五右衛門一家である百助役の山田純大や金蔵役の前野朋哉、小雀役の高月彩良ら、共演者とのチームワークもよかったようだ。
座長ということで言うと、己の思う方向に突き抜けるか、歩調を合わせるかなんでしょうけど、今回はレギュラー出演する仲間が多かったので、後者なんじゃないかなと。みんな雰囲気よく、和気あいあいとしていましたね。純大さんは全体をまとめて見てくれましたし、前野君はいじってほしいタイプで、笑いのある空気を作るし。純大さんと前野君とは、もう100回ぐらい、食事など一緒に出かけたんじゃないかな。
でも正直な話、ドラマって毎回分からないんですよ。演じることに絶対というものはないんだけれど、歌舞伎や舞台には、何を表現して伝えるかに、絶対に限りなく近い結論があるんです。同じことを繰り返して、ターゲットはそのたびに明確になるわけですから。一方でテレビの場合は、前日にセリフが変わることもしょっちゅうあるし、監督の技量や編集にかかってくる部分も大きい。「こんなイメージで撮りたい」とか、はっきりした部分もあるにはあるけど、俳優もプロデューサーも監督も、完璧に近く認識している人はいないんですよね。暗中模索の中で何かを作っていく難しさはあります。でも、人との出会いは楽しい。
今年に入ってからは、『SMAP×SMAP』(フジ系)の「BISTRO SMAP」や、『おしゃれイズム』(日テレ系)に長男の勸玄君と出演し、素顔が見えるバラエティの仕事も目立った。
基本的にはオファーをいただいても、お断りすることが多いです。時間も休みもなくて。でもSMAPさんには、香取慎吾さん、木村拓哉さん、みなさんにお世話になっていて、大変なときにご一緒したいという気持ちがありました。
最近はエンタテインメント作品も見られていないですね。普段から台本をはじめ、読まなければいけないものもたくさんあって、できれば見入りたくないんですよ。そんな中でも、ダニエル・クレイグの『007』は好き。なぜか感覚のアンテナが立って、「カッコイイ~」ってなれる(笑)。
11月はドラマとも違う、新たなストーリーの歌舞伎『石川五右衛門』を博多座で上演中だ。
ドラマが進行しつつ、舞台もやります。これまで新作は私の場合、東京、もしくは海外発信がほとんどだったんです。今回は最初から狙って、福岡という地方発信でもいいんじゃないかと。
新しい客層への期待感は常にあります。ずっと残ってきた古き良きものを、若い方たちにも知ってもらいたい。例えば、古典にのみ含まれている、一朝一夕には分からないような奥深いこともあるのに、残念ながら日本人は"灯台もと暗し"であまり見ないですよね。少しずつ、そういうところに貢献できたらいいなと思っています。
時は安土桃山時代。関白となった豊臣秀吉は思うままに権勢を誇り、家臣が富を独占するなか、石川五右衛門は秀吉に逆らい、庶民の味方となって盗みを働く。伝統のある時代劇を作ってきたスタッフが、新しい時代劇にするためにいろいろなしかけをしているとのこと。「普段は大道芸をしている白波夜左衛門一座が、裏の顔である石川五右衛門一家に変わるところは、変身モノにも見えて痛快だと思います」(山鹿プロデューサー)
(ライター 内藤悦子)
[日経エンタテインメント! 2016年11月号の記事を再構成]
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