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不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅

日伊協会常務理事 二村高史

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NIKKEI STYLE

イタリアは世界遺産都市を数多く抱え、日本人観光客の圧倒的な支持を得ている。人気旅行先ランキングでは常に上位だ。とはいえ、団体旅行は決して訪れない、そして個人客でもなかなかたどり着けない田舎にこそ、魅力があるという。イタリアに通い続けること35年、日伊協会常務理事の二村高史氏に、イタリアの田舎を路線バスでめぐる旅の魅力について教えてもらった。

◆       ◆       ◆

その国の本当の姿は田舎にあるという。イタリアというと、ベネチアやフィレンツェばかりが注目されるが、イタリアの真の姿を見たければ田舎に行くのがいいと思う。

田舎に行けば、底抜けにおせっかいなおじいさんや、顔は怖いけれどもとても愛想のいいおばさんや、うるさいほど人なつこい少年に出会うことができる。もしかすると、道ですれ違う見慣れない東洋人を見て、最初はうさんくさげな視線を投げかけられるかもしれないが、目が合った瞬間ににっこり笑って「ブォン・ジョルノ」と言えばいい。夕方以降だったら「ブォナ・セーラ」。そうすれば、相手もにっこりとほほ笑んであいさつを返してくれるはずだ。

「切符はどこで買えますか?」

そんな町や村に行こうと思うと鉄道だけでは難しい。レンタカーで田舎を巡っている人もいるが、その土地の空気に触れるにはやはり路線バスである。バスの座席は視点が高いので、街並みや人の様子がよくわかるのもいい。もっとも、イタリアの路線バスを乗りこなすのには、ある程度の度胸と経験、そしてほんの少しの会話力が必要である。でも、ハードルが高ければ高いほど、それを克服したときの喜びも大きい。

イタリア半島を長靴に例えたときに、土踏まずの辺りにあるのがバジリカータ州。その州都ポテンツァから30キロほど離れたピエトラペルトーザという人口約1000人の小さな町に、妻と2人で行ったときのことである。家々の背後にごつごつとした奇岩がそびえ立つ光景に驚き、岩山の頂上にある城砦から眺めた絶景に満足して、さあ帰りのバスに乗ろうとしたところで問題が起きた。

ベースキャンプにしている州都のポテンツァに戻るバスは平日のみ6往復の運転。最終便は17時発だということは調べておいたし、バス停の場所もあらかじめ聞いておいた。問題はどこでバスの切符を買うかということである。

バスの切符なら車内で買えばいいだろうというのは日本の発想。イタリアではそれが通用しない。市内バス、中長距離バスを問わず、町なかのバール(コーヒー、アルコール飲料、軽食などを売っている店)かタバッキ(たばこや宝くじなどを売っている店)などで事前に買わなくてはならないことが多いのだ。

しかも、バールやタバッキなら必ず売っているかというと、そうではない。売っている店を探さなくてはならない。都会ならばすぐに見つかるが、田舎に行くと町に1軒しかないということが、けっして珍しくない。このピエトラペルトーザがまさにそうであった。

困ったときは顔の広そうなおじさんに泣きつけ

たまたま町なかに、ヒマそうな老紳士を2人見かけたので(イタリアの田舎の老人はたいていヒマである)、私はここでイタリア路線バスを利用するときの必須会話を口にした。

「バスの切符はどこで買えますか?」

すると、2人は顔を見合わせて、そのうちの電動カートに乗った老人が遠くを指さして困ったような口ぶりで言った。

「あそこの店で売っているんだけど、きょうは土曜日だから18時にならないと開かないんだ」

17時が最終バスなのに、開店が18時とは不条理な話である。ぼうぜんとしている私を見て、その電動カートの老人は言った。

「心配するな。あの店の主人はオレの妹だ。電話してみる」

スマートフォン(スマホ)ですぐさま電話をしてくれたのだが、どうやら女主人は不在らしい。しかたがないので、お礼を言ってバス停に向かおうとすると、「まあ待て、一緒に行こう」。坂道を電動カートで先導してくれた。知り合いとすれ違うたびに、「この人たちのバスの切符が買えなくて……」とか何とか説明しているので、ちょっぴり恥ずかしい。

町はずれのバス停にやってくると、また何やら電話をしている。しばらくして登場したのが、40歳くらいの苦み走った男性である。「このバスの運転手だよ。オレの親戚だ」。彼にひと言ふた言話すと、「もう大丈夫だ」と老人はウインクする。キツネにつままれた気分でバスに乗ると、運転士はニヤッと笑い、まるで手品のようにどこからか切符を取り出した。

「切符を持っているなら、最初から車内で売ってくれ!」。思わず叫びそうになった。

もっとも、最近では車内で切符が買える会社も増えてきた。それはそれでいいのだが、同じバス停から発車するバスでも、会社によって前もって切符が必要な場合とそうでない場合があったりして、旅行者にとって混迷は深まるばかりなのである。

「バス停はどこですか?」

イタリアを旅したことのある人ならば、列車やバスの車窓から、とんでもない山の頂上に立派な町がつくられているのを見たことがあるだろう。山岳都市、あるいは丘上都市というやつである。もともとは、外敵やマラリアを媒介する蚊から逃れるためにつくられたという話だが、これが実に魅力的である。こんな町を目にすると、どうしても行ってみたくなる。

こうして訪れた山岳都市の一つに、長靴の爪先にあたるカラブリア州にあるサン・ドナート・ディ・ニネーアという、人口1000人あまりの町がある。宿泊しているカストロヴィッラリという中核都市から約30キロ。1日たった1往復しか走っていないバスで行って帰ってくるという、やや無謀な計画であった。

行きの発車は朝5時40分。カーブの続く山道をこれでもかというほど曲がり、小さな町をいくつか通りすぎる。その昔、オスマントルコの支配を逃れてやってきたアルバニア人の末裔(まつえい)が住んでおり、今なお日常会話でアルバニア語を話している人も多いという。

そうして1時間あまり、サン・ドナート・ディ・ニネーアに到着した。もっとも、バス停はこの山岳都市のふもとにあるので、そこから40分近くの急坂を上らなくてはならなかった。

山肌に町ができているので、町の中に入っても急勾配や階段ばかり。平衡感覚を失うくらいの坂が続いた先にたどりついた頂上には、小さな広場とかわいい教会があり、そこから眺めるカラブリアの広漠とした光景は、苦労して上ってまだお釣りがくるくらいの価値があった。

それはいいのだが、帰りのバスが来るまで5時間も残っていた。町なかにはレストランもないし、時間をつぶせるような気の利いたバールもない。そこで、10キロあまり離れた別の町まで歩き、そこから帰りのバスに乗ろうと決めたのである。万一、その町までたどりつかなくても、ここのバスは手を挙げればどこでも止まってくれることは聞いていた。

首尾よく、そのサン・ソスティという町にたどりついたところまではよかった。

バス停の場所を知りたければ少なくとも3人に聞くこと

路線バスが止まる場所にはバス停の標識がある、というのは日本の常識である。イタリアでも、バス会社の名前が入った小さな鉄板が、道路沿いの柱や壁に打ちつけられていることはある。通過時刻が記されていることはまれだが、これがあればいいほうである。ところが、南イタリアに行くと、大きな町でさえバス停の標識がまったくないこともあるのだ。

ここサン・ソスティでは、小さな町の中央を一本の狭い街道が突っ切っているので、最悪そのどこかで止めればよいだろうと思ったが、念のため、近くを歩いていた中年の女性に南イタリア路線バスの旅の必須会話を口にした。

「バス停はどこですか?」

すると、彼女は街道から100mほど離れた広場を教えてくれた。へえー、ここに止まるんだ。やっぱり聞いてみるもんだな……と思ったのが間違いだった。定時を10分ほど過ぎたころ、100m先の街道をそれらしきバスが右から左に通りすぎていくのが見えたのである。1日に1本のバスが通過してしまったのだから、これほど動転したことはない。近くに小さなバールを見つけ、エスプレッソを立ち飲みしながら、そこにいた主人と客にどうすればよいか聞いてみた。

「ああ、大丈夫だよ。カストロヴィッラリの車庫に行く回送のバスがあるから、手を挙げれば乗せてくれるさ」

今度こそ逃さないように、町の入り口にある三差路でバスを待ち受けていると、はたしてバスがやってきた。だが、私の求めていた会社のバスではなかった。聞くと、町を一周してから、カストロヴィッラリとは正反対の方向にあるコゼンツァという都会に行くというのである。

がっかりして、また道端で回送バスを待っていたのだが、いつまでたってもやってこない。日は傾いてくるし、心細いことこのうえない。15分ほどすると、さっきのバスが戻ってきたので、今度は手を広げてバスの前に立ちふさがった。

「やっぱりこのバスに乗せて!」

コゼンツァまで行けば、カストロヴィッラリまで行く高速バスが間違いなくあるだろう。本当に来るかどうかわからない回送バスを待つよりは確実だと考えたのだった。最悪の場合、コゼンツァならホテルがあるだろうし。

結局、100キロ以上遠回りをしたが、この判断は正解だった。夜かなり遅くなってからだが、カストロヴィッラリのバスターミナルに無事たどり着くことができたのである。あとで思うに、中年女性が教えてくれた広場は、あとからやってきた他社のバスの折り返し場所だったのかもしれない。ともかく、南イタリアで地元の人にバス停を尋ねるときは、少なくとも3人以上に聞くべきだという教訓を得たのであった。

大騒ぎの通学バスを乗りこなす

イタリアのバスの時刻表を見ていると、「Giornaliero」「Feriale」「Festivo」と書かれていることがよくある。運転日を示すことばで、それぞれ、毎日、平日、休日という意味である。

それにもうひとつ、「Scolastico」というのがある。これは、学校の授業がある日だけ運転するというもの。言い換えれば、これが書かれている便は、通学する小中学生でごった返しているという意味でもある。

だから、「Scolastico」のバスはなるべく利用を避けているのだが、1日数往復しかない路線では、スケジュールの都合上、どうしても乗らざるを得ないことがある。そうなると、もう大変である。

毎日、同じ顔ぶれで家と学校を行き来している田舎の子どもたちにとって、外国人、それも東洋人が乗り込んでくるのだから、退屈しのぎに格好のターゲットである。

「ねえねえ、どこから来たの? 中国人?」

「どこまで行くの? 何しに行くの?」

妻と義母を引き連れて、カラブリア州の東海岸にあるトレビサッチェという町から、さきほどのカストロヴィッラリに向かうバスもそうだった。

「○○って言ってみて」

たぶん、その○○は下品な方言だと思うのだが、これもサービスだと思って、聞いた通りに発音してあげると、車内全体で大騒ぎ。騒がしさの極致であった。

バスが止まるたびに、そんな子どもたちが1人降り、2人降りして、峠越えの前には誰もいなくなって静かになった。すると、運転士がそれまで大音量でかけていたカーラジオのスイッチをプチッと切ったのが印象的だった。

もっとも最近は、イタリア人の子どもも車内でスマホのゲームで遊んでいることが多く、以前ほど興味を示されなくなってしまったのは少し寂しい。

こんなふうに、とっても不便でとっても厄介なイタリア──特に南イタリアの路線バスだが、慣れてしまえばこれほど刺激的で楽しいものはない。大なり小なり、毎回必ずそこでは"事件"が起きるからである。

最初のうちこそ、目的地に行くための手段として選んだ路線バスだったが、最近では乗ること自体が楽しみになってきた。

二村高史(ふたむら・たかし) フリーライター、公益財団法人日伊協会常務理事
1956年東京生まれ。東京大学文学部卒。小学生時代から都電、国鉄、私鉄の乗り歩きに目覚める。大学卒業後はシベリア鉄道経由でヨーロッパに行きイタリア語習得に励む。塾講師、パソコン解説書執筆などを経てフリーランスのライターに。「鉄道黄金時代 1970's ディスカバージャパンメモリーズ」(日経BP社)、連載「30年の時を超える 大人のシベリア鉄道横断記」(日経ビジネスonline)などの鉄道関連の著作のほか、パソコン、IT関係の著書がある。

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