不便で楽しい イタリアの田舎 路線バスの旅日伊協会常務理事 二村高史

「バス停はどこですか?」

イタリアを旅したことのある人ならば、列車やバスの車窓から、とんでもない山の頂上に立派な町がつくられているのを見たことがあるだろう。山岳都市、あるいは丘上都市というやつである。もともとは、外敵やマラリアを媒介する蚊から逃れるためにつくられたという話だが、これが実に魅力的である。こんな町を目にすると、どうしても行ってみたくなる。

バス停のあるふもとからサン・ドナート・ディ・ニネーアの町を見上げる

こうして訪れた山岳都市の一つに、長靴の爪先にあたるカラブリア州にあるサン・ドナート・ディ・ニネーアという、人口1000人あまりの町がある。宿泊しているカストロヴィッラリという中核都市から約30キロ。1日たった1往復しか走っていないバスで行って帰ってくるという、やや無謀な計画であった。

行きの発車は朝5時40分。カーブの続く山道をこれでもかというほど曲がり、小さな町をいくつか通りすぎる。その昔、オスマントルコの支配を逃れてやってきたアルバニア人の末裔(まつえい)が住んでおり、今なお日常会話でアルバニア語を話している人も多いという。

そうして1時間あまり、サン・ドナート・ディ・ニネーアに到着した。もっとも、バス停はこの山岳都市のふもとにあるので、そこから40分近くの急坂を上らなくてはならなかった。

山肌に町ができているので、町の中に入っても急勾配や階段ばかり。平衡感覚を失うくらいの坂が続いた先にたどりついた頂上には、小さな広場とかわいい教会があり、そこから眺めるカラブリアの広漠とした光景は、苦労して上ってまだお釣りがくるくらいの価値があった。

それはいいのだが、帰りのバスが来るまで5時間も残っていた。町なかにはレストランもないし、時間をつぶせるような気の利いたバールもない。そこで、10キロあまり離れた別の町まで歩き、そこから帰りのバスに乗ろうと決めたのである。万一、その町までたどりつかなくても、ここのバスは手を挙げればどこでも止まってくれることは聞いていた。

首尾よく、そのサン・ソスティという町にたどりついたところまではよかった。

バス停の場所を知りたければ少なくとも3人に聞くこと

路線バスが止まる場所にはバス停の標識がある、というのは日本の常識である。イタリアでも、バス会社の名前が入った小さな鉄板が、道路沿いの柱や壁に打ちつけられていることはある。通過時刻が記されていることはまれだが、これがあればいいほうである。ところが、南イタリアに行くと、大きな町でさえバス停の標識がまったくないこともあるのだ。

ここサン・ソスティでは、小さな町の中央を一本の狭い街道が突っ切っているので、最悪そのどこかで止めればよいだろうと思ったが、念のため、近くを歩いていた中年の女性に南イタリア路線バスの旅の必須会話を口にした。

「バス停はどこですか?」

すると、彼女は街道から100mほど離れた広場を教えてくれた。へえー、ここに止まるんだ。やっぱり聞いてみるもんだな……と思ったのが間違いだった。定時を10分ほど過ぎたころ、100m先の街道をそれらしきバスが右から左に通りすぎていくのが見えたのである。1日に1本のバスが通過してしまったのだから、これほど動転したことはない。近くに小さなバールを見つけ、エスプレッソを立ち飲みしながら、そこにいた主人と客にどうすればよいか聞いてみた。

山肌にびっしりと家が立ち並ぶサン・ドナート・ディ・ニネーアの町なかは、どこもかしこも坂だらけ

「ああ、大丈夫だよ。カストロヴィッラリの車庫に行く回送のバスがあるから、手を挙げれば乗せてくれるさ」

今度こそ逃さないように、町の入り口にある三差路でバスを待ち受けていると、はたしてバスがやってきた。だが、私の求めていた会社のバスではなかった。聞くと、町を一周してから、カストロヴィッラリとは正反対の方向にあるコゼンツァという都会に行くというのである。

がっかりして、また道端で回送バスを待っていたのだが、いつまでたってもやってこない。日は傾いてくるし、心細いことこのうえない。15分ほどすると、さっきのバスが戻ってきたので、今度は手を広げてバスの前に立ちふさがった。

「やっぱりこのバスに乗せて!」

コゼンツァまで行けば、カストロヴィッラリまで行く高速バスが間違いなくあるだろう。本当に来るかどうかわからない回送バスを待つよりは確実だと考えたのだった。最悪の場合、コゼンツァならホテルがあるだろうし。

山のふもとですれ違った農家の人

結局、100キロ以上遠回りをしたが、この判断は正解だった。夜かなり遅くなってからだが、カストロヴィッラリのバスターミナルに無事たどり着くことができたのである。あとで思うに、中年女性が教えてくれた広場は、あとからやってきた他社のバスの折り返し場所だったのかもしれない。ともかく、南イタリアで地元の人にバス停を尋ねるときは、少なくとも3人以上に聞くべきだという教訓を得たのであった。

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大騒ぎの通学バスを乗りこなす