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見事な役者人生、頂点極めた平幹二朗さん

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NIKKEI STYLE

急死した平幹二朗さんほど舞台俳優という言葉の似合う人はいなかった。あくなき探究心で階段をのぼりつづけ、2週間前まで主演していた舞台「クレシダ」でその頂点を極めたといえるだろう。見事な役者人生だった。

今月9日まで上演されていた「クレシダ」(ニコラス・ライト作、森新太郎演出)で、主演した平さんは膨大なセリフをこなし、息をつめたハラの強さで観客を圧倒した。シェークスピア時代にあたる17世紀英国の演劇界が舞台。売り買いの対象だった少年俳優を特訓する老優シャンクを演じた。

自らも少年俳優出身のシャンクは苦しい人生をふりかえり、皮肉な運命から腹を刺され、痛みにもだえながら、最後の意地をみせる。後輩の下卑た色気をののしり、純粋芸術の勝利を唱えるのだ。そのセリフの見事さ。思わず忠臣蔵の勘平腹切りの段が目に浮かんだが、平さんはもうろうとした意識の中から強靱(きょうじん)な正気を導き出した。歌舞伎にない、現代演劇の透徹した芸がそこにあった。

自らの芸質を「本能のまま」「感情過多」「叙情的」と客観的にみていた。役者は感情が先行しすぎると、声がつぶれたり絶叫したりしてしまい、セリフが明瞭に聞こえなくなる。そのぎりぎりのところで演技をつくり、70歳を超えてから体力の衰えを逆に生かして緩急自在となった。

タイプの異なる3人の演出家に磨きあげられた。俳優座養成所で千田是也に「作品を理解し、言葉のニュアンスを大事にする」近代俳優術の基礎を習い、俳優座をやめて劇団四季の団友となってからは浅利慶太に「一音一音を完全に発音する」母音発声法をたたきこまれた。最後に東宝で活躍する蜷川幸雄からは「とにかく爆発しろ」。「順番が良かった。蜷川さんに怒鳴れ、と言われても基礎ができていたから」とは本人の弁。

千田演出のチェーホフ作「三人姉妹」。セリフの1節だけをベテラン俳優に何日もやり直させる執拗さに驚いた。浅利演出のラシーヌ作「アンドロマック」。「セリフは真珠の首飾りのように、一音一音が粒だっていないといけない」と説かれ、役者人生が変わった。蜷川演出の代表作ともなった「王女メディア」。自分を突き破りたいと女形を志願し、人形作家の辻村ジュサブローの衣装がいいと発案した。坂東玉三郎と共演した折、女形の「見世物」としての力に触発され、一挙手一投足意識的に演技をつくる訓練を決意した。

蜷川演出では「王女メディア」に加え「NINAGAWAマクベス」、「近松心中物語」(秋元松代作)、「タンゴ・冬の終わりに」(清水邦夫作)などが名舞台といえる。清水作品の、零落する俳優の青白い狂気はほかの俳優では考えられないほど。70歳を過ぎてからのシェークスピア劇には目を見はるものがあり「リア王」(2008年)のリアでみせた崩壊感覚、「ハムレット」(15年)の王役で敢行した水をかぶる演技(自身の発案だった)は演劇ファンの語りぐさ。生涯現役だった蜷川・平コンビの相次ぐ死は演劇界に大きな喪失感をもたらすものだ。

広島で母一人子一人で育った。父が若くして病死、原爆ドーム近くで被爆しながら奇跡的に助かった母に育てられた。原爆症に苦しんだ母が懸命に働き、平幹二朗を支えた。高校演劇をきっかけに飛び込んだ役者の道は食っていくための必死の闘いでもあった。

集団生活が苦手で、隅でじっとしているタイプ。肺がんを患って舞台をキャンセルしたときも病気を公表せず、事情を知らない蜷川を怒らせた。のちに「なんで言わなかったんだ」と蜷川は手をさしのべ、人生後半の舞台を用意した。切磋琢磨(せっさたくま)するライバルのようなコンビで、平さんの演技力がなければ、蜷川幸雄の名声もなかっただろう。

奥手の性格が舞台の場では真逆にふれ、強烈な演技になる。演劇には、そんな不思議な力学が働くようだ。女優、佐久間良子と結婚したが、離婚。「芝居をしてれば幸せだけど、ほかでは余り幸せじゃないな」ともらす人生だった。

俳優座養成所の一期上だった仲代達矢を意識し、心の中でともに演じ続けようと誓っていたという。舞台の上で死ねれば本望というのが役者の思い。だとすれば、現役のままの死は限りなくそれに近いものだっただろう。

(編集委員 内田洋一)

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