預貯金や投資信託で運用し老後資金をつくる個人型確定拠出年金(DC、愛称iDeCo=イデコ)。掛け金を出すと税金が還付されるなど税制優遇が手厚い。法改正で来年から現役世代の大半が加入可能になるのを機に、セミナー、書籍出版が相次ぎ話題を集めている。盛り上がりを支えるのは、様々な立場で普及に取り組んできた人たちだ。
個人型DCは2001年の導入だが、加入者が増えない状態が長く続いた。金融機関がほとんど宣伝しなかったことが大きい。投信の販売手数料は原則とれず残高も月に数万円ずつしか積みあがらない、もうかりにくい仕組みだからだ。
ファイナンシャル・ジャーナリストの竹川美奈子さんが「個人の老後資金づくりに最適な制度。本を書いて広げたい」と思ったのは11年。しかし金融機関のサイトを見ても、口座管理費用や取扱商品が開示されていない例も目立った。
100社以上から直接資料を取り寄せ情報を整理したが、出版社探しは難航。制度の知名度の低さから何社にも出版を断られ、やっと本を出せたのは13年だ。投資教育家の岡本和久さんが翌年出した確定拠出年金の投資手法本とともに、出版後は数少ない情報源として重宝されてきた。
竹川さんは「セミナーも続けてきた。法改正の動きが知られてきた去年からようやくムードが変わった」と振り返る。今月、課題や注意点にも踏み込んだ個人型DCの新著を発売した。
昨年、確定拠出年金教育協会がサイト「個人型確定拠出年金ナビ」を開設し、金融機関選びは格段に楽になった。自社のサイトでは情報開示していない金融機関にもアンケート調査を実施、大半を網羅している。情報は定期的に更新され、口座費用の安い順に並び替えることなども容易だ。
サイトを作ったのは同協会の理事、大江加代さん。きっかけは「企業の退職者が個人型DCにお金を移すとき、金融機関選びに困っていたから」。便利さが話題になり、今で毎月5万弱の閲覧がある。ちなみに夫はやはり個人型DCを熱心に紹介している経済コラムニストの大江英樹氏だ。
腰が重い金融機関が多いなか、法改正をにらんで積極的に取り組んできた少数派の一つがりそな銀行だ。八田恭忠執行役員は「特に中小企業の従業員は退職金も少なく、老後資金づくりが重要」と見る。個人型DCはその有力な武器になると、約600の営業店の担当者が取引先の中小企業を訪問し、啓蒙してきた。
昨年は保有コスト(信託報酬)が最低水準の投信も各資産で投入、同行の15年度の加入者は前年度末比4.6倍に急拡大した。
三井住友銀行や日本生命が低コスト投信をそろえたプランを、損保ジャパン日本興亜アセットマネジメントは口座費用が安いプランを打ち出すなど、金融機関の一部は変わりつつある。
「徐々に周知が進んでいる」と手ごたえを感じるのが、制度を管轄する厚生労働省企業年金国民年金基金課の橋本圭司課長補佐。特に苦労したのは、銀行、証券、保険など多業界にまたがる「確定拠出年金普及・推進協議会」の立ち上げだ。官民一体の協議会になるように上司とともに関係者との交渉に明け暮れた。
協議会は7月に活動を開始、9月には協議会が事務局になってiDeCoの愛称ができた。多忙な日々が続くが「自助努力型の年金はいっそう大事になる」とやりがいを感じている。
さらなる普及には金融機関の口座費用の引き下げも大事。カギはコストの大きな割合を占める年金の記録管理システムだ。低コストシステムを持つのがSBIベネフィット・システムズ(東京・港、BFS)。同社のシステムを使うSBI証券は口座管理費用が最低水準だ。今月、新たに運営管理機関として個人型DCに参入したさわかみ投信もBFSのシステムを活用。「これがなければ難しかった」という。
BFSの上田剛司取締役は「新規参入したいとの申し入れは増えている。口座費用を低くして普及を加速させるために、インフラを担う“裏方”としてがんばる」と話している。
(編集委員 田村正之)
[日本経済新聞夕刊2016年10月21日付]