「人間性のすべて」を語るキョンファのバッハクラシックCD・今月の3点

2016/10/30
チョン・キョンファ(C)Simon Fowler(提供=ワーナーミュージック・ジャパン)
チョン・キョンファ(C)Simon Fowler(提供=ワーナーミュージック・ジャパン)
J・S・バッハ「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(全6曲)
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)

韓国に生まれ、一家が移住した米国で頭角を現したヴァイオリニストのチョン・キョンファ(鄭京和)も68歳になった。弟の指揮者&ピアニストのミョンフン(明勲)や姉のチェロ奏者ミョンファ(明和)ら7人の子どもたちを育て上げた母、イ・ウォンスク(李元淑、2014年没)さんと20年近く前、東京のサントリーホールでキョンファのリサイタルを並んで聴いたことがある。J・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」の第5楽章、その晩は単独で演奏された「シャコンヌ(チャッコーナ)」が佳境にさしかかると、オモニ(母)は「自分が産んだ娘とは思えない、本当にうまい」と感激を漏らした。かつて欧米ではアジア人、特に女性演奏家のバッハ解釈には否定的評価がつきまとっていた。キョンファが1974年、「デッカ」レーベルへ録音した「パルティータ第2番、3番」は偏見を粉々に打ち砕く名演だった。「あなたはバッハ解釈において、アジアのトップランナーか?」と尋ねた時、キョンファは「そんな不遜なこと、思いもしない。あらゆる表現の可能性があるバッハに対し、私は人間性のすべてをかけ、本質を純粋に究めるだけ。自分一人が『高い山を登る』と気張るのではなく、アジアの人々と手を携え、どこまでも水平に進んでいくつもりだ」と、並々ならぬ決意を示した。2005年から5年間、指の故障で演奏の一線から離れていた時期にはバッハの楽譜を徹底的に読み、70年代以降に広まったピリオド(作曲当時の)奏法も巧みに取り入れながら自身の解釈を一から組み立て直した。復帰後5シーズンの現場体験を経て16年、一気に全6曲を録音したのが当ディスク。ここでは74年盤の緊張に代わり、抑えた身ぶりと底光りのする音色でじっくり、聴く者に話しかける肉声の味わいが支配する。見事な円熟だ。(ワーナーミュージック)

「プレイズ・ベートーヴェン」
今峰由香(ピアノ)

1996年。イタリア・ウンブリア州の小さな町、スポレートで夏に開かれる「2つの世界(ドゥエ・モンディ)音楽祭」を訪ねた。音楽祭を創設した作曲家、ジャン・カルロ・メノッティ(2007年没)の85歳を祝う催しが続く中、その年の「第22回アレッサンドロ・カサグランデ国際ピアノコンクール優勝者リサイタル」に突然、日本人女性が現れた。「大阪出身で関西学院大学文学部卒業。東京の人には無名のはずです」と、笑いながら自己紹介したのが今峰由香だった。ヨーロッパに渡りミュンヘン音楽大学、ローマの聖チェチーリア音楽院で腕を磨き、2002年に32歳の若さで、日本人初のミュンヘン音大ピアノ科教授に抜てきされた。教育のかたわら欧州各地、日本で演奏活動を続け、満を持しての国内デビュー盤にベートーヴェンを選んだ。ソナタは第24番「テレーゼ」、25番「かっこう」、26番「告別」の3曲。どう猛系ではなく、なごみ系の連番が周到に選ばれ、続く「ロンド」ハ長調、3曲の変奏曲と一貫した調和の世界を築く。ドイツ諸都市の中でも旧バイエルン王国の首都ミュンヘンは落ち着いたたたずまい、文化水準の高さで群を抜く。今峰の演奏に漂う品格、ゆとりはミュンヘンでの地道な生活の中で自然に育まれたものだろうし、それが、強い説得力の源泉にもなっている。(ナミ・レコード)

バッハ=レーガー「ブランデンブルク協奏曲第5番」他
ピアノ・デュオ・タカハシ/レーマン(高橋礼恵、ビョルン・レーマン)

ベルリン芸術大学のクラウス・ヘルヴィヒ教授の下に学んで知り合い、結婚した日本人とドイツ人のピアニスト夫妻。高橋は日本の巨匠、園田高弘の最晩年の弟子でもある。それぞれのソロと並行して2009年からデュオ活動を本格化、これまで「トランスクリプション(編曲)」をテーマにした2点のCDを発表し、日独両国で高い評価を受けてきた。第3作ではコンセプトを一歩進め、「すでに存在している楽曲から派生した音楽」「すでに存在している楽曲を作品の中に組み入れた音楽」に光を当てた。19世紀末から20世紀初頭に活躍したレーガーが18世紀のバッハを超絶技巧の1台ピアノ4手連弾に編曲した「ブランデンブルク協奏曲」のあぜんとする快演に喝采を送った後は、現代のクルタークが夫人との連弾のために構想したバッハの「コラール前奏曲」の静けさで一服。ところが1970年に自ら命を絶ったB・A・ツィンマーマンの「モノローグ」が始まると、聴き手は再び音の迷宮へと放り込まれる。60~61年に作曲された当初は2台のピアノと大オーケストラの編成だった。あまりに演奏が困難とされ、作曲家自身が構成を削り、2台ピアノ用に書き直した。それでも複数のテンポが同時進行する中に古典の引用がひょっこり現れたりで、難曲は難曲のままだ。タカハシ/レーマンは再び、強烈な表現者の顔をあらわにする。だが最後はブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」の2台ピアノ版で、弾き手にも聴き手にも無事?、平和が訪れる。(キングインターナショナル)

(池田卓夫)

バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)

演奏者 : キョンファ(チョン)
出版 : ワーナーミュージック・ジャパン
価格 : 3,780円 (税込み)

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今峰由香 Yuka Imamine(ピアノ) プレイズ・ベートーヴェン

演奏者 : 今峰由香
出版 : 有限会社 ナミレコード
価格 : 2,700円 (税込み)

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J.S.バッハ : ブランデンブルク協奏曲, コラール前奏曲 | ツィンマーマン : モノローグ | ブラームス : ハイドンの主題による変奏曲 (Allusions and Beyond ~ Transcriptions and transformations for piano duo / Piano Duo Takahashi Lehmann) [輸入盤] [日本語帯・解説付]

演奏者 : ピアノ・デュオ・タカハシ/レーマン(高橋礼恵、ビョルン・レーマン)
出版 : Audite / King International
価格 : 3,150円 (税込み)

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