巡る奈良 朱に浸る秋 春日大社、20年ぶり式年造替
20年ぶり造替 贅沢に美しく
奈良に都があった768年、春日大社は平城京の守り神として御蓋山(みかさやま)中腹に創建された。以来、1200年あまりにわたって繰り返されてきたのが、式年造替だ。式年造替とは20年ごとに社殿の塗り替え、修理が行われること。本殿の位置は変わらないため造替という。今年はまさに20年に一度の年。60回目という節目の年だ。
最大の見どころは、色塗りと屋根の葺(ふ)き替えで生まれ変わった、美しい本殿だ。実はこの本殿、本朱のみで塗られた極めて貴重なもの。一般的に、神社では本朱3割、鉛丹(えんたん)7割の「丹(に)塗り」。春日大社も他の社殿は丹塗りだが、本殿のみ本朱10割の贅沢(ぜいたく)な「本朱塗り」で色も異なる。深い赤の真新しい本殿と葺き替えた屋根はすがすがしい。再生することで、常に変わらぬ美しさと効力を発揮する。そんな神の世界に宿る「常若(とこわか)」の世界観を実感できるだろう。
本殿のみならず、春日大社を象徴する中門(ちゅうもん)など社殿も造替で一新。奉祝行事も目白押し。なかでも見逃せないのが、本殿前に砂を敷き詰める「お砂持ち行事」(23日まで)だ。通常の参拝は幣殿(へいでん)から行われ、特別参拝でも中門までしか入れない。本殿は神の領域とされ、入ることも間近で見ることもできない。だが、20年に一度、式年造替のこのときだけ、神々が移殿から還(かえ)るまでのみ、本殿に足を踏み入れることができる。それが、このお砂持ち行事。美しくなった4棟の国宝・本殿を目の前で拝観できる。
本殿には、足を踏み入れた者しか目にできないものがある。その一つが「御間塀(おあいべい)」だ。本殿と本殿との間にある塀には、馬や獅子など創建当時から変わらぬ絵が描かれており、今回の造替で40年ぶりに修復された。この春日大社の御間塀こそ、絵馬のルーツだという。
もう一つが「高低差」。実は第一殿から第四殿まで50センチの高低差があるのだ。「段差があると修復の手間もかかるが、五十数回の造替でも一切平たんにすることはなかった。社の立つ御蓋山は神体山。神の土地ゆえ、人間が極力手を入れないようにしてきた証し」(春日大社)。この場に立てば、古(いにしえ)の時代から神々の宿る自然への畏敬の念も感じることができるだろう。
能・狂言の故郷 演目目白押し
実は、奈良は伝統芸能の故郷。そのなかでも中心的役割を担っていたのが春日大社とされる。
能・狂言は室町期に京都で認められたものだが、もともとは奈良を中心に発展してきた。能舞台の鏡板に描かれている老松は春日大社境内の影向(ようごう)の松がモチーフといわれる。「芸能を奉納することで神に喜んでもらい、周りも楽しませることで福をもたらす。そのため神社と芸能はつながりが深い」(春日大社)
奉祝行事では、舞楽は格式高い「太平楽」の舞を、能では金春(こんぱる)・金剛2座の競演が春日大社で150年ぶりに実現、狂言は大蔵流五家が勢ぞろい。豪華な演目が目白押しだ。
(「日経おとなのOFF」11月号の記事を抜粋・再構成。文・若尾礼子、写真・大腰和則)
[日本経済新聞夕刊2016年10月22日付]
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