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信託と損保で認知症に備え 詐欺被害や事故リスク

2016/10/22

 高齢化を背景に、増加し続ける認知症患者。認知症を患うことで保有財産が詐欺被害に遭ったり、他人に迷惑をかけて賠償請求をされたりする例も目立ち、信託や損害保険の分野ではこうしたリスクに対応する商品が次々登場している。高齢者やその家族が、上手に使いこなすために知っておくべきポイントを探った。

 「母には振り込め詐欺と思われる電話がかかってきたことがあり、今後が心配」。東京都の男性会社員(41)が気にかけるのは別居する母(80)のこと。物忘れがひどいので今年、精密検査を受けさせると、「すぐに判断能力がなくなる可能性は低いが、記憶力低下が認められ、投薬して経過観察が必要」と診断された。「認知症が進んだらどうしよう」と男性は悩む。

 厚生労働省によれば、認知症患者は2012年で462万人と、65歳以上の高齢者のおよそ7人に1人。今後さらに増え続け25年には約700万人と、高齢者の5人に1人になる(図A)。患者数の増加を見込み、認知症に備える金融商品の開発も進んでいる。

 例えば信託銀行が扱う金銭信託では、高齢者が将来、判断能力が低下するのを想定し、預けた資金を引き出しにくくした商品が登場している。お金をだまし取られたり無駄遣いしたりするのを防ぐ狙いからだ。

■引き出しを制限

 6月に三菱UFJ信託銀行が発売した「解約制限付信託 みらいのまもり」は本人が希望しても、親族などから選ぶ代理人が同意しない限り、全額を引き出す解約に原則応じない。老人ホームの入居一時金や高額な医療費の支払いが目的なら例外的に引き出せるが、資金は老人ホームや病院へ直接振り込まれるためだまし取られるリスクは低い。

 三井住友信託銀行が昨秋から扱う「セキュリティ型信託」もコンセプトは同じ。月20万円を上限に同行普通預金口座への定期入金はできるが、別途引き出す際は指定親族の同意が必要。どちらの商品も一定の運用報酬がかかる以外、手数料が不要なことも特徴だ。

 ただし留意点がある。まず、すでに重度の認知症になり判断能力を失っていると契約はできない。契約した後も、実際に認知症になると契約が打ち切られることがある。「成年後見制度」を選択した場合だ。

 家庭裁判所への手続きを経て、親族や弁護士らが代わりに財産全般を管理するための制度で、権限を事実上一任するような仕組みだ。後見の発効に伴い信託銀行の役割は終わり、その後は解約制限のない通常の金銭信託に移ったりする。

 社会保険労務士で成年後見人の経験もある望月厚子氏は「離れて暮らす親が詐欺被害に遭わないか心配なら商品の活用を勧める余地はある」と指摘。一方で将来、後見制度を活用する可能性を考えると「商品として有効な期間が限られる点は理解したい」と話す。

 老後の財産管理では金融商品だけに頼らない方法を考えるのが大切だ。例えば成年後見制度の中には、元気なうちに自ら後見人を選んでおける仕組み(任意後見)がある。信託商品と併用すれば、長期的に誰が自分の財産を管理してくれるかを定めておける。

■別居家族も補償

 「家族信託」も知っておくといい制度のひとつ。一般になじみが薄いが、親子間で契約を交わすことで、親が子に財産管理を託すことができる仕組みだ。財産管理の方法や範囲を契約に盛り込むことができる。例えば親の預金を子が管理し、生活費や介護費を支払うように決めておける。

 家族信託普及協会(東京・中野)代表理事で司法書士の宮田浩志氏は「財産が少額の預金と自宅のみという人は、信託や後見制度を利用する必要性は低い」という。家族信託では長期的に確実に財産を管理する能力があるか、人選は課題になる(図B)。

 損害保険の分野でも認知症リスクに対応する動きがある。日常生活で他人にケガをさせるなどして損害賠償責任を負ったときに保険金が出る個人賠償責任保険で商品性を一部見直す損保会社が相次いでいる。

 この保険で補償を受けられるのは、契約時に決めた「記名被保険者」とその家族だが、別居している既婚者は一般に除外されていた。それが15年10月以降、三井住友海上火災保険などが、重度の認知症の親の面倒をみる別居中の家族も補償に加えるようにした。

 きっかけは07年、認知症で徘徊(はいかい)中の男性が列車にはねられて死亡した事故を巡り、JR東海が家族に損害賠償を求めた訴訟。今年3月の上告審判決ではその家族に監督義務はないとされたが、認知症に伴う金銭面のリスクが意識される契機となった。

 ただ改定後の商品に慌てて入る必要は必ずしもない。同保険は、家族のうち誰を記名被保険者として選ぶかにより補償の範囲が変わる(図C)。親子のうち子を記名被保険者に指定しておけば、親が他人にケガをさせて子が責任を負ったとき保険金が下りる決まりがもともとある。火災保険や自動車保険の特約として加入する人を含め、契約内容を確認しておきたい。

 個人賠償責任保険は、ケガや物損を伴わずに生じた賠償はカバーできないのが原則。例えば、認知症の人が線路に立ち入り、列車が遅延して賠償を求められたケースだ。車両や施設の損壊には至らなかったとすると「原則的には保険金は出ない」(大手損保)。認知症に関連する金融商品にはさまざまな課題が残されている。(堀大介)

[日本経済新聞朝刊2016年10月19日付]

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