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細部に宿る美 クラーナハの画業をたどる 国立西洋美術館で展覧会

2016/10/19

 15世紀後半から16世紀半ば、ドイツで活躍したルカス・クラーナハ(父)の展覧会が東京・上野の国立西洋美術館で始まった。ドイツやフランスなどアルプス山脈以北の国々で発展した芸術様式を指す「北方ルネサンス」の画家で、デューラーに次ぐ巨匠といわれている。神話や聖書に登場する女性の裸体を魅惑的に見せる緻密なしかけなど細部へのこだわりが際立つ。ウィーンをはじめ、世界中の収蔵先から集めた約100作品で構成された回顧展を訪ねた。

 クラーナハを代表する題材として日本で比較的よく知られているのは妖艶な裸の女性像だろう。例えば、今回展示されている「正義の寓意(ぐうい、ユスティティア)」(1537年、個人蔵)は古代神話に登場する女神がモチーフだ。ラテン語のユスティティアは、英語の「justice」の語源で正義を意味する。剣とてんびんを手にしたこの女神像は、欧米をはじめ、日本の裁判所で見ることができる。この正義のシンボルである女神をクラーナハは初めて裸婦で表現した。ほぼ透明のごく薄いベールで覆われた身体は、はっきりと見て取れる。こうした女性像は、当時のドイツの宮廷で需要があり、クラーナハは晩年の1530年代に特に多く描いている。

「正義の寓意(ぐうい)」(1537年、個人蔵、ルカス・クラーナハ(父)作)=片山和雄撮影

世界史でおなじみ

 クラーナハの女性像にピンとこない人でも、高校時代に世界史を勉強した人ならば彼の作品を知らずに目にしたことがあるはずだ。1472年にドイツ中部で生まれたクラーナハ(父)は、1500年代から、ヴィッテンベルクで画家として活躍し始めた。今から500年前の1517年、この地でマルティン・ルターは「95カ条の論題」を発表し、当時のローマ教会に異を唱えた宗教改革のきっかけをつくった。ルターと親交のあったクラーナハは、ルターの肖像画を多く描いた。

 さらにクラーナハはルターの思想を絵画化し、自らが経営する大規模な絵画工房で版画を作成した。メディアが発達していない時代に、不特定多数の人々にルターの思想を流布した。このため、カトリック教会からプロテスタントが分離した宗教改革に大きな影響を及ぼした画家として、ドイツではよく知られた存在だ。

「マルティン・ルター」(1525年、ブリストル市立美術館、ルカス・クラーナハ(父)作)=片山和雄撮影

有能な実業家のこだわり

 クラーナハは画才だけでなく、商才も豊かだったようだ。クラーナハはルターの宗教改革よりも10年ほど前に工房を開設。自身の作品や工房で制作した作品一つ一つにヘビをモチーフにした自身の紋章を独自の商標として付与し、周到なマーケティングを展開した。画面のどこかに小さく描かれたヘビの商標を探すのも楽しみの一つかもしれない。

 細部へのこだわりがより際立つのは、「聖カタリナの殉教」(1508~09年ごろ、ラーダイ改革派教会)だ。4世紀に異教徒により拷問を受けて殉教したキリスト教の聖女カタリナが斬首される場面を鮮やかな色彩で表現した。縦横それぞれ1メートルほどの大画面にもかかわらず、細部まで綿密に描かれている。特徴的なのが大画面下部に小さく配置された草花だ。図録など複製では見えないが、実物によく目を凝らせば、スミレがひっそりと咲いているのが見て取れる。

「聖カタリナの殉教」(1508~09年ごろ、ラーダイ改革派教会、ルカス・クラーナハ(父)作)=金谷亮介撮影

 クラーナハが活躍した北方ルネサンス絵画を研究する国立西洋美術館の新藤淳研究員は、「薄い衣の描写や細かい風景の描写など、クラーナハの作品は、技術の進歩で画像の解像度がどれだけ上がっても複製のイメージでは表しきれないほどの情報量がある」と話す。細部までの綿密なこだわりを実感できる今回の展覧会は、インターネットや複製のものではなく、本物と対峙することの意味を問いかけてくれている。

(映像報道部 鎌田倫子)

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