広島産のイタリア車 新型アバルト「124スパイダー」
なぜマツダは大事な箱入り娘を嫁に出す?
その昔メルセデス・ベンツ「Eクラス」にポルシェチューンのエンジンを載せた超硬派最速セダンや、イタリアンメーカー、ランチアの「テーマ」にフェラーリ製エンジンを載せたマニア垂ぜんのレアモデルが存在した。ある意味、夢のコラボレーションであり、当時としては珍しかった自動車のダブルネームともいえる。
しかし、今後はそれが当たり前になり、今の息苦しいエコと安全の時代に時折吹き抜ける、涼風的な存在になるのかもしれない。
そのいい例が新型アバルト「124スパイダー」だ。2016年10月8日から販売が始まった、伊米連合のFCAグループの2シーターオープンカーで、一見1960年代のフィアット製スポーツカーのリバイバル。124スパイダーという名前はもちろんのこと、イマドキのデザインとは違うにらみの効いた鬼瓦風マスクや、箱っぽいフォルムはかなりクラシカル。人によって好き嫌いが分かれそうな個性派だが、なにを隠そうこのクルマの骨格は、2015年に発売され、日本カー・オブ・ザ・イヤーと世界カー・オブ・ザ・イヤーをダブル受賞した日本のマツダ「ロードスター」の4代目だ。
生産もまったく同じ広島のマツダ工場で行われ、量産コンパクトカーとは共通部品が一つもない専用パワープラントフレームや、新規開発の6速マニュアルミッション、手動だが電動タイプとほとんど変わらずラクに開け閉めできる布製オープントップなどをロードスターから譲り受けている。
何よりも驚くのは、現在FCAはマツダと資本提携が一切ないこと。はたしてマツダは、自分のとっておきの技術であり、箱入り娘とも言うべきクルマをなぜあっさりと外部に提供するのか。そこには今のスポーツカービジネスが抱える根本的難しさと、活発化する自動車ブランドの提携ストーリーが隠されている。
スズキがトヨタとコラボする時代
先日のビックリ発表を見ても分かる。そう、トヨタの豊田章男社長と御年86歳のカリスマ、スズキの鈴木修会長の「業務提携に向けた検討を始めました」記者会見のことだ。章男社長によると「まだまだお見合いの段階」で「何も決まっていない」そうだし、修会長は「独立した企業としてスズキを経営していくことに変わりはない」と明言。実際、トヨタは既にスズキの最大のライバル、ダイハツを100%手中に収めているし、独占禁止法もある。資本提携はあったとしても最低限になるに違いない。
だが、今や環境安全技術や自動運転技術の搭載がマストで、やるべき開発や責任が多すぎる自動車造りにおいて、中規模メーカーは完全独立ではやってはいけない時代なのだ。厳しい法律をクリアし、競争力を保つためには、そうした最新技術を大メーカーから手に入れるしかない。よってスズキもトヨタの庇護(ひご)を受ける決断をしたのだろう。
同様に今やトヨタはドイツのBMWと提携し、同時に日本の日野、ダイハツ、マツダや富士重工(スバル)とも提携を結んでいる。そのBig Daddyぶりは驚くべき状態で、10年前とはまったく異なる。その結果、2017年にはトヨタとBMWが共同開発の新型スポーツカーを生み出すといわれているし、日産は既にダイムラーグループと組んで、高級セダン「スカイライン」にメルセデス・ベンツ製2リッターターボエンジンを搭載している。どちらのコラボレーションも、技術の出し惜しみはビックリするほどないようで、トヨタの新型スポーツカーはBMWのそれとほぼ同時に発表されそうだし、スカイラインに搭載されている2リッター直列4気筒エンジンは、現行メルセデス・ベンツ「Cクラス」と同世代の最新ダウンサイジングターボだ。型遅れのソリューションをライバル会社にしぶしぶ提供する、情けで敵に塩を送るような関係とはちと違うのだ。
高速での安定性やしっかり感はロードスター以上
実際、プラットホームの共有はマツダにとっても渡りに船だったのだろう。日本で年間1万強も売れれば御の字の大衆スポーツカービジネス。ロードスターは1989年の初代発売から27年間で世界累計100万台生産のギネス記録を達成したが、単純計算すれば年間3.7万台を世界でさばかなければならない。つまりスポーツカー大国の北米で年販2万台以上はマストだし、ちょっとでも不況に陥ると計画は未達に終わる。実際、今の4代目ロードスターは2008年のリーマン・ショックで開発計画そのものが延びているのだ。
そんな中、"ガワ"を変えたロードスターを、世界のFCAグループに売ってもらうことはマツダにとっても願ったりかなったり。それにフィアットブランドやよりハイパフォーマンスなアバルトブランドとして売られるならば、市場を食い合わないというもくろみもあったのだろう。もはやヘンなプライドにとらわれている時代ではないのだ
なにより今や骨格が同じでも他の要素でクルマの味わいはかなり変わる。実際今回のアバルト124スパイダーはパッと見、マツダ・ロードスターとまるで似ていないし、全長は145mm長くて、車重も約100kg重い。
そのうえスポーツカーの命ともいうべきエンジンを、わざわざイタリアから広島に取り寄せてまで搭載している。
そのFCAグループ製1.4リッター直列4気筒ダウンサイジングターボは170ps&250Nmのパワー&トルクを発揮し、マツダ・ロードスターが搭載する1.5リッター直列4気筒の131ps&150Nmとはかなり違う。特に回したときのパワー感は1.4リッタークラスとは思えない。
他にも足回りのセッティングを変えた結果、乗り味はかなり違っていて、ハンドリングにマツダ・ロードスターのようなヒラヒラ感はなく、全体にドッシリ。その分、街中で走ったときの爽快感はさほどなく、乗り心地には硬さも感じる。ただし高速での安定性やしっかり感はロードスター以上。長く乗れば乗るほど味わいが増すタイプだ。
もっともアイドリング付近でのトルクが思ったより足りず、出足が意外に悪いのと、燃費が高速中心の実測定でも12km/L台だったのは残念だったが。
10年前に思いも寄らなかったコラボ
とはいえその扱いにくさも含めて、124スパイダーはイタリアンテイスト。デザインやエンジンの出自を変えるだけでスポーツカーは変わるのだ。
そうでなくても信頼性に多少難があったイタリア車が、日本で作られるのは朗報。確かにブドウの種から栽培から製法までイタリア式にこだわった100%イタリア産の赤ワインやモッツァレラチーズとは違う。強引にたとえると、甲州ブドウを使ったイタリア風白ワインや北海道牛乳を使ったパルミジャーノチーズのような中途半端さはある。
だがすべてをひっくるめて、自動車のコラボレーションは面白いのだ。環境安全や自動運転に対する要求が年々高くなり、ますます享楽的な商品が作りにくくなっている自動車界。その半面、かつてのライバル同士の結束は高まり、いままでにあり得なかったコラボレーションが生まれているという事実。
単純に"日本製イタリア車"なぞ10年前に誰が予想できただろうか。時代の変化はマイナスを生み出すだけではない。プラスも確実に生み出すのだ。
クルマ作りはやっぱり面白い!
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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