企業統治改革、海外投資家はどう思うか(安東泰志)

2016/10/31

カリスマの直言

「企業統治改革は安倍政権の成長戦略の大きな柱だ」

安倍政権の成長戦略の大きな柱の一つである企業統治改革の重要性については、2015年3月8日付の本コラム「企業統治改革、『株主利益』最優先に」で取り上げた通りだが、その総仕上げとして同年6月に東京証券取引所によって公表された「コーポレートガバナンス・コード」は、「会社が株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行なうための仕組み」(15年6月1日付東証の開示資料)としている。

近年、海外投資家から日本株に対する関心が高まった理由の一つは、会社の取締役が株主に対して負っている「受託者責任」のガイドラインとしてコーポレートガバナンス・コードが日本でもようやく導入され、これまでの日本企業に多かった「内輪の論理」ではなく、株主などステークホルダーの方を向いた経営が行なわれることへの期待であった。

それと対をなすのが、14年2月に金融庁によって制定された「責任ある機関投資家の諸原則」(日本版スチュワードシップ・コード)だ。日本版スチュワードシップ・コードは「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則」とされており、既にほとんどの機関投資家が署名している。すなわち、企業の株主である機関投資家は、企業経営者がスチュワードシップ・コードに沿って適切に行動しているかについて対話し、監視する立場にある。

コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードがきっちりと機能していることは、端的に言えば日本株に対するグローバル投資家の関心をつなぎとめるためには避けて通れないものだ。

16年9月23日、ニューホライズンキャピタル(NHC)は、ユニー・ファミリーマートホールディングス(HD)と、その子会社である呉服専門店のさが美に対して、既に進行中であった投資会社アスパラントグループによる株式公開買い付け(TOB)への対案として、さが美の株式及び親会社貸付債権の取得の申し入れをした。

これに先立ち、NHCは15年12月、さが美の株式を75~100円で買い取る提案をしていた。一方、16年8月17日にユニー・ファミマHD(当時はユニーグループ・ホールディングス)はさが美の保有株(発行済み株式の約54%)をアスパラントに売却すると発表。アスパラントは18日から1株56円でTOBを始めた。NHCは対抗策として9月23日に70円での買収を提案、さらに30日に90円に引き上げた。その結果、ユニー・ファミマHDは10月11日、アスパラントへのさが美株売却を採用し、NHCを退けた。

一般論としてユニー・ファミマHDの取締役は、会社法330条、民法644条に定める「善管注意義務」を負っている。NHCの提案は、アスパラントに比べ、株式買い付け価格において60%高い。仮にNHCの提案を断る場合には善管注意義務に即して、それを正当化するだけの妥当な理由が必要だろう。ユニー・ファミマHDは売却先の変更で生じるコストや信頼関係を理由にしているが、それは妥当なのか。同じことは、NHCが15年12月に提示した案を採用しなかったことの是非にも当てはまる。

さが美の取締役も同社株主利益・企業価値の最大化を図るべき義務を負っている。さが美の取締役は支配株主となるアスパラントが56円という低い株価で買い付けてくれれば、今後の収益改善などのプレッシャーが低減されるだろうが、これは少数株主との間の利益相反ではないか。

この利益相反を防ぎ、少数株主を保護するためにコーポレートガバナンス・コードでは、「上場会社の取締役・監査役及び経営陣は、それぞれの株主に対する受託者責任を認識し、ステークホルダーと適切な協働を確保しつつ、会社や株主共同の利益のために行動すべきである」(原則4―5)と定めている。また、経営から独立した立場の独立社外取締役について「会社と経営陣・支配株主等との利益相反を監督すること」「経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること」(原則4―7)としている。

独立社外取締役を置く企業は増えている。東証1部の9割超が選任済みで、2人以上置く企業も6割に達する。独立社外取締役を複数選任する企業は自己資本利益率(ROE)が高い傾向があるという調査もある。一方、事業規模の小さい会社は選任が遅れており、さが美にも独立社外取締役はいなかった。

欧米では複数の買収者が公に価格や提案の優劣を競い合う買収合戦が一般的だ。売り手や対象企業の取締役が株主への責務としてそれぞれの提案を真剣に検討している。

今回の事案は海外投資家に、日本の企業統治改革が「仏作って魂入れず」になっているのではないかとの見方を生じさせないか。10月7日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は識者のコメントとして、「さが美の事例は小さいが、コーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コードに基づく多数の論点に波紋を投げかけた。経営陣と株主が真面目に取り組むか、リップサービスに過ぎないのかが問われている」との意見を紹介した。今後スチュワードシップ・コードに署名している機関投資家がどのように対応するのかが注目される。

安東泰志(あんどう・やすし) 1981年に三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行、88年より、東京三菱銀行ロンドン支店にて、非日系企業ファイナンス担当ヘッド。90年代に英国ならびに欧州大陸の多数の私的整理・企業再生案件について、参加各行を代表するコーディネーター。帰国後、2002年フェニックス・キャピタル(現・ニューホライズンキャピタル)を創業し、代表取締役CEOに就任。創業以来、市田・東急建設・三菱自動車工業・ティアック・ソキア・日立ハウステック・まぐまぐ・たち吉・武田産業など、約90社の再生と成長を手掛ける。東京大学経済学部卒業、シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。