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睡眠

「睡眠によい食べ物」のウソ

日経ナショナル ジオグラフィック社

2016/11/15

ナショナルジオグラフィック日本版

氾濫する情報の真偽のほどは?(イラスト:三島由美子)

睡眠に関する鉄板ネタの一つに「食」がある。

睡眠と食についてちょっと検索すれば、「アレを食べると寝つきが良くなる」「コレを食べると眠りが深くなる」など、快眠をもたらす食品、飲み物、サプリ、各種ビタミン、ホルモン、アミノ酸を紹介しているサイトが星の数ほど引っかかる。

医薬品を服用するのは抵抗があっても、身近な食材や果物、天然素材から抽出したエキスと聞くと、なんか安心感がある。期待しながら飲むと、それがまたプラセボ効果(※)を高めたりする。中には特殊な成分を抽出した限りなく医薬品に近いものもあり、「こんなの毎日飲んでも大丈夫?」と心配になるものもあるのだが。

書籍やネット上には食と睡眠に関する情報が氾濫しているが、実は根拠となるデータ(エビデンス)はごくごく少ない。どのくらい少ないかというと、ある睡眠学のスタンダードな教科書では「食品と睡眠」に関する記載は全700ページの中で 1ページにも満たないほどである。

最近でこそ時間栄養学という学問分野が活発になり、カロリー摂取や栄養素が体内時計や睡眠に及ぼす影響についてデータが徐々に蓄積されているものの、動物実験段階の研究が大部分である。特定の食品が人でも効果があるか示したデータはごく限られている。

では、ナゼ研究成果が少ないのか。それは研究手法がとても難しいから。10年以上も前になるが、国の大型研究費が採択されて睡眠研究の全国チームが組まれたことがある。さまざまな研究課題が設けられた中で、難題と分かっていた「食と睡眠」については、お互いに尻込みをしてしまい担当する研究者がどうしても決まらなかった。

■寝つきがよくなることはある。ただし…

一口に「食」といっても科学的にひも解くのはとても難しい。まず、食べる(飲む)という行動自体がとても複雑である。食べるためには目覚めて食事の準備をしなくてはならない。(夜であれ)光も浴びるし、体も動かす。食行動は味覚や視覚、条件反射などを介して感情も動かす。感情が刺激されれば当然ながら睡眠に影響する。

実際に食すれば血糖値が上昇し、腸管は押し広げられ、それらが刺激になって副交感神経が活性化される。副交感神経が活発になると放熱が進んで脳温が低下することで眠りやすくなる(参考:「お風呂で快眠できるワケ」)。

これら一連の生体反応の大部分は食品の種類にかかわらず生じる「非特異的反応」と呼ばれる現象であって、特定の食材や栄養素の作用ではない。「食」による睡眠調節があるとしても、案外、この食べるという行動(とそれに伴う非特異的反応)自体が一番強く睡眠に作用している可能性がある。つまり、どのような食品でも一定の効果があるのかもしれない。

ちなみに、満腹になれば腸に血液が集まるため脳血流が少なくなって眠気が出る、などという説もあるがこれは眉唾だ。そもそも簡単に脳血流が減少しては命に関わるため、急激に変動しないように調整するメカニズムがある。食後に血糖値が上昇すると、脳内の覚醒ホルモンであるオレキシンの分泌が低下するという動物実験の結果があり、こちらの方が科学的にみて可能性が高そうだ。

ところで、私は最近チーズにハマっている。クラッカーやフランスパンにチェダーチーズなんぞを乗せたカナッペがお気に入りで、寝る間際に読書をしながら堪能している。小太り中年としてはやってはいけない悪習慣だが小腹も満ちてグッスリ眠れる、ような気がする(あくまで個人的な体験でエビデンスはありません)。

例えば、カナッペが睡眠に作用しているか調べようと思えば、先の「食べるという行動」の影響をさっ引く必要がある。しかしこれが難しい。カナッペを食べずにカナッペの効果を調べられるはずがない。カナッペの栄養素を全部取っ払った「カナッペもどき」を食べさせて、本物のカナッペの効果と比較すればよいのだが、そのような類似品があるわけない。

奥の手として胃チューブで直接カナッペを胃に流し込んでやれば食べた人はホンモノかもどきか分からない。特殊な医学実験ではそのような方法を使うこともある。しかし、食品会社がそこまでやるか。そのようなカナッペの食べ方(もはや摂取と呼んだ方がいいが)で効果を実証しても、消費者にアピールするどころか思いっきり引かれてしまいそうだ。

ちょっと熱くなってしまった。一息入れよう。

■もしも強力な効果をもつ食べ物があったなら

さて、なんとかうまい手を使ってカナッペ自体に効果があると判明したとする。食品会社としてはそれでOKだが、研究としてはそこで留まるわけにはいかない。ところが、カナッペのどの成分に睡眠改善効果があるかを明らかにするのはさらに大変なのである。

クラッカーには小麦粉、植物油脂、砂糖、食塩、その他もろもろ、チーズにもさまざまなアミノ酸、脂肪酸、ミネラルなどが含まれている。個別の栄養素について動物などを使って睡眠への作用を見る、気の遠くなるような作業が続く。それでも研究者や企業が頑張れば不可能ではない。実際、果物や植物、酒粕などさまざまな食材から睡眠の改善効果のある物質を抽出した成功例は、それなりにある。

私のところには「ある抽出物質を動物に投与したところ睡眠時間が延びた、睡眠リズムが変化した」などという自社データを持って企業が訪れることがある。実験結果を踏まえて、人でも効果があるか調べたいのでどうすればよいか、という相談である。

カナッペとは違い、効果のある成分を抽出しているのでプラセボも用意したしっかりとした臨床試験ができるのだが、期待に反して人では効果が認められないことも少なくない。むしろそちらの方が圧倒的に多い。

失敗の原因はさまざまだが、一番大きな理由は、プラセボ効果が大きいことである(参考:「ニセ薬、侮り難し 睡眠薬の効果は「4階建て」」)。プラセボ効果を上回るには、その抽出成分がかなり強い作用を持っている必要があるが、普通の食物にそのような強力な催眠作用を持つ成分が含まれていることは少ない。含まれているとすれば食材としては不向きだろう。

そのため、動物に大量に投与すれば効果はあるが、人体に悪影響をもたらさない程度の分量では効果が不十分という結果になりがちなのである。そのような栄養素はかなり多くあるが、しかし教科書に記載するほどのエビデンスにはならないのだ。

■ダンプカー1台分食べられますか?

効果は十分ではないが、少しでも効果があるのではないか、日々食すればいずれ効果が現れるのではないか、と質問されることもある。実際、食品や栄養素の中には長期摂取である種の癌や生活習慣病のリスクを高めたり、抑えたりするものがある。

しかし、睡眠についてはそのような中長期的な効果が実証された食品や栄養素は、私の知る限りない。なぜなら一般的には、特定の栄養素の作用が、その晩のうちに、ある一定レベル(しきい値と呼ぶ)を超えないと快眠効果を実感できないからである。睡眠への作用を翌日に持ち越す(貯金する)こともできない。一晩ごとの短期決戦なのである。

食事と睡眠の関係の難しさを示す典型的な一例がある。催眠作用を持つメラトニンというホルモンがある。メラトニンの原料はトリプトファンというアミノ酸で、私たちはそのすべてを食事から摂っている(体内で作られないため必須アミノ酸と呼ばれる)。そのためか、最近、トリプトファンを含む食材をたくさん食べればメラトニンが大量に作られて睡眠が改善するという記事をよく見かける。

一見すると原料のトリプトファンを多く摂るほど芋づる式にメラトニンが増えそうだが、実はそんなことはない。タネを明かすと、トリプトファンからすぐメラトニンが作られるわけではないからである。メラトニンの直接の原料は(うつ病などとも深い関わりのある)セロトニンという脳内の神経伝達物質である(参考:「光だけではダメ バナナで冬季うつを治療」)。つまり、トリプトファンがセロトニンになり、次にメラトニンを作るという2つのステップが必要なのだが、セロトニンからメラトニンを作る酵素は普段から目一杯働いていて余裕がない。したがって、さらにトリプトファンを大量に摂っても、メラトニンはそれ以上増えたりしない。原料がいくらあっても工作機械がすでにフル稼働中で余力がないのだ。

このように、「睡眠によい〇〇成分が含まれている果物」なんて銘打っていても、人で十分な効果を出すには本当は毎晩ダンプカー1台分食べないとダメ、大量に食べてもほとんどは利用されずに排泄されてしまう、なんて事例がネット上には満ちあふれているのである。

(※)偽の薬でも本物と信じて服用すると一定の治療効果が出る現象

三島和夫(みしま・かずお)
1963年、秋田県生まれ。医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神生理研究部部長。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、JAXAの宇宙医学研究シナリオワーキンググループ委員なども務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[Webナショジオ 2016年10月13日付の記事を再構成]

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著者:三島 和夫
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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