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がんサバイバー起業する 新たな生きる道を模索

2016/10/16 日本経済新聞 朝刊

西部さん(右)と黒田さんは、治療歴を管理するアプリなどを開発する予定だ

 がんと診断された後、社会復帰する「がんサバイバー」と呼ばれる人が増えている。生存率が高まり、なかには起業する人も出てきた。その姿から様々な思いや背景がみえてくる。

 西部沙緒里さん(39)と黒田朋子さん(38)は9月、がんや不妊の人の課題解決を支援する会社「ライフサカス」(東京・世田谷)を立ち上げた。今月、インタビューサイトを開設し、今後は治療管理アプリも開発する。「知識やデータを蓄積できるようにしたい」。そう話す2人の起業のきっかけは、がんだった。

 西部さんは広告代理店に勤めていた2014年に乳がんとの診断を受け、翌年3度の手術をした。その時、自分が妊娠できる可能性が極めて低いことを知った。不妊治療の情報は多いが「いくらお金をかけて、どこまで頑張ればいいのか」はわからなかった。「患者目線の道しるべが必要」。そう気がつくと「ここで命を使い果たすわけにはいかない」と思うようになった。白血病を患い同じ問題意識を持っていた黒田さんとその頃出会い、起業を決めた。

「病気は普通」訴え

 経営を軌道に乗せるのは簡単ではない。それでもきちんと利益を出していきたいという。「『かわいそうな患者』ではなく『普通に生きる』がんサバイバー像をつくりたいから」と2人は思いを語る。

 日本人の2人に1人が、がんになるといわれる時代。働く世代で、がんと診断される人も増えている。厚生労働省の推計では、がんの治療をしながら働く人は約32万人いる。一方で、医療の進歩により治癒の目安となる「5年生存率」(診断から5年生きる割合)は上がっている。国立がん研究センターが7月に公表した5年生存率は62%に達した。同センターの高橋都医師は「『がんになったら終わり』という時代ではなくなった」と話す。

 そうした変化の中で、起業という困難な道をあえて選ぶ人も出てきた。西部さんたちのように、がんをきっかけに新たな価値観を得て起業する人もいれば、起業せざるを得なかった人もいる。

 坂本裕明さん(50)は、宇都宮市内の医療機関に15年勤めたが、喀血(かっけつ)するなど体調を崩して辞めた。治療後、再就職のため50社以上受けたが落ち続けた。やっと受かった会社では睡眠が3時間も取れない長時間労働を強いられた。再び転職したが今度は上咽頭がんが見つかり、入院中に退職せざるを得ない状況に追い込まれた。

 当時44歳。再発のリスクもあり、就職先を見つけられなかった。「それなら健康に関わる仕事を」と考え、整体師の資格を取り12年に治療院を開業した。初めは光熱費も払えず、やっと軌道に乗ったのは1年半を過ぎたころ。坂本さんは「体調に合わせてできるし、喜びも大きい仕事」と話す。でも「簡単にはうまくいかない。起業は最終手段と思った方がいい」という。

 がんへの知識不足が招く離職もある。福祉学校の教員だった松崎匡さん(47)は肝細胞がんが見つかると「もう死ぬのだと思い、すぐ辞めた」。しかし、その後の治療で体調は回復した。経済的な問題や「まだ人生でやってないことを」との思いから福祉関連の事業を立ち上げた。すぐ軌道に乗ったが、ストレスも大きかった。9回の再発も経験した。がんと診断された人には「慌てて仕事を辞めないで」と伝えたいという。

 静岡県立静岡がんセンターによると雇われて働く人の約3割が、がんと診断された後に依願退職したり退職に追い込まれたりしている。がん経験者を支援するキャンサー・ソリューションズ(東京・千代田)の桜井なおみ社長は「仕事をして社会とつながる価値は大きい」と話す。会社を辞めても自ら新たな道を創れる。一方で仕事を続けたくても続けにくい環境がある。がんサバイバーが起業する姿は、がんと就労を巡る光と影を映している。

■復職後押し、企業も徐々に

 生存率が高まっても、多くの人にとって起業は高いハードルだ。がんと診断された後も、働き続けられる環境づくりの重要性は増している。厚生労働省は今年2月、治療と就労の両立支援のために企業向けの指針を出した。相談窓口の用意や時間単位で取得できる有休などを盛り込んだ。

 一部には復職の支援に力を入れるところも出てきている。ウシオ電機は、女性特有のがんを考慮し、社員が相談しやすいよう女性の医療スタッフを置くなどの工夫をする。ただ、全体としてみると、まだまだ取り組みは不十分といわざるを得ない。勤務先に病気治療のための休職制度があっても「復職後に元の仕事にもどれるのか」などの不安を抱える人が多いのが現実だ。

◇    ◇

 がんになっても働き続けるため何が必要なのだろうか。国立がん研究センター・がんサバイバーシップ支援部長の高橋都医師に話を聞いた。

 ――「がんサバイバー」とはどんな人のことをいうのですか。

国立がん研究センターの高橋都医師

 「『がん患者』より前向きな響きがあるので、ある程度の社会復帰を果たした段階の人を表現することが多い。初めに出てきたのは1980年代の米国だった。世界的に広がってきたのは2000年代に入ってから。日本ではこの5年ほどで急速に広まった。ただ、『サバイバー=生き残った人』となると、まるで危機をすっかり乗り越えたようにも響く。この呼び方に違和感をおぼえる人もいる。定義もいろいろあるし、自分をサバイバーと呼ぶかどうかは個人の選択にゆだねられるだろう」

 ――生存率があがっていますね。

 「がんの種類やステージによって生存率は大きく異なる。ただ、極めて厳しいがんも全てひっくるめて、がん治癒の1つの目安である5年生存率が6割を超えている。乳がんなど9割を超えるがんもある。医療の発展で、再発してからも長く働く人は珍しくない。『がんになったから、もうだめ』という時代は完全に過ぎた。しかし、そういう医学的事実に社会のイメージが追いついていない」

 ――がんと就労の両立が注目されています。

 「がんになっても必ず働くべきだとは考えていない。国のがん対策推進基本計画の中でも『働くことが可能かつ働く意欲のあるがん患者が働けるよう、両立を支援する』と書いてある。病気をきっかけに人生観が変わり、仕事以外を優先させる選択肢は当然あっていい。ただ、現状では『職場に迷惑をかけたくない』と考えて辞めてしまう人が少なくないし、職場側も『がんになったら戦力外』と考えることがある。これは良くない。病状によるので楽観的なことばかりはいえないが、仕事のパフォーマンスがいっとき落ちたとしても、かなり戻ることが多い。働く意欲と能力がある人が、その働く力を公正に評価されて働き続ける社会にしていかなくてはいけない」

 ――会社は何をすべきですか。

 「がんは労災ではない私傷病なので、まずは社員側から『がんになりました』と会社に伝えることから全てが始まる。しかし、人事や上司に開示することで、自分に不利益が生じるのではないかと恐れる社員は多い。それを避けるには、会社は普段から『社員の味方だ』というオーラを出す必要がある。その上で、会社は社員の病状を正確に把握すべきだ。その人に配慮するだけでなく、周囲が配慮に納得するようマネジメントする必要があるからだ。個人情報の厳重な管理も求められる」

 ――本人はどうする必要がありますか。

 「病気や治療が自分の仕事にどんな影響があるかをきちんと理解しなければいけない。それが一番わかるのは主治医ではなく本人だ。治療スケジュールや副作用などをできる限り把握し、必要な配慮を会社から引き出すための説明力と交渉力をつけることが大事だ。厳しい言い方になるが、何も言わなくても、支援が天から降ってくるわけではない。会社に病気を伝えたら、どんな扱いをされるか、同僚にどう伝わるかわからないという不安はわかる。会社に伝えるのは、仕事に影響が出そうなことだけでよい。職場の誰にどこまでを伝えるかも、上司に自分の希望を伝えればよい。まったく説明しないという選択肢もあるかもしれないが、長期的に考えれば、ある程度の説明はあったほうが、カバーしてくれる同僚たちの納得が得られやすい。がんの病状や働く環境によって、直面する課題は千差万別だ。今はいろんな人の体験談も紹介されているので、参考にしてほしい」

 ――働きやすい環境づくりは、みんなにとって重要です。

 「人生のピンチはがんだけではない。さまざまな病気や障がい、育児や介護など、なんらかの働きにくさを抱えることは誰にでもあることだ。がんと向き合うのは本当につらいことだし、誰にとっても『あってほしくないこと』だろう。しかし、がんの体験が働き手に強さを与えるときもある。つらいときに会社に助けてもらった人は忠誠心が増すものだ。周りの社員も、会社の対応を見ている。最近は健康経営やダイバーシティマネジメントといった考え方が注目され、社員の健康を重視する経営の良さや、さまざまな背景を持つ人がいる組織の強みが理解されてきた。働きやすい環境を整えることは、長期的な社風づくりにも役立つだろう」

(福山絵里子)

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