「ガラス張りが一番」みんなの給料も丸わかり
GMOインターネットグループ代表 熊谷正寿氏(下)
「映画で見た世界から、新しい事業がインスパイアされた」。映画事業に携わる叔父の影響もあって映画の世界に親しんでいたというGMOインターネットグループの熊谷正寿代表。一代で4900人の従業員を抱える企業集団を生んだカリスマは、「リーダーの条件は大きな夢を描き、共有する力があること」と語る。後編では、これからの事業の在り方や人材育成について聞いた。
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原理原則は、360度評価と立候補
――新卒だけでもグループ全体で毎年100人以上を採用していると思いますが、どのように人材育成に取り組んでいますか。
「人材育成で一番大事なことは、教育のシステムよりも心の底から『褒める』こと、間違っていると思ったら、相手の成長につなげられるようにすぐ『叱る』こと。そして『褒める』『叱る』に加えて、仕事に『誇りを持ってもらう』ことだと思っています。この3つで人は初めて、『自走式』の働き方になります」
「結局、人は人のいうことを聞くものではないのです。皆さん、『これをやりなさい』という育て方をされますが、私は自発的に仕事をやろうと思えるかどうかが大切だと思っています。そして、それは仕事に誇りを持てないとできないんですよ」
――GMOインターネットグループの評価制度、人事制度はどういうものですか。
「我々の原理原則は、360度評価と立候補です。自ら『やる』といった人に仕事を任せる風土です。私は株主なので、役員を指名することもできますが、こちらから頭を下げてお願いした人は過去に一人もいません。『自分がやります』といった人から選んでいます。毎年何人か『役員をやりたい』という人がいるので、スタッフの前でプレゼンテーションしてもらい、役員にふさわしいかどうか、全員で点数をつけます。同様に、現役員でもふさわしくないと判断されたら外します」
■社内ポータルで役員の報酬と実績が分かる
GMOインターネットグループ代表 熊谷正寿氏
「我々の会社は給料もガラス張りです。全グループで89社、役員だけで100人以上います。我々はアルバイトと社員をスタッフと呼んでいます。このスタッフが社内ポータルサイトから誰でも役員の報酬と去年の実績、今年の目標を見ることができます。ガラス張りです。返上した金額まで見ることができます。GMOインターネットのスタッフは全員、給与テーブルと各スタッフ等級が開示され、見られるようになっています」
――なぜそこまでガラス張りにしたのですか。クレームもあるのではないでしょうか。
「ガラス張りが一番いいじゃないですか。自分より仕事をしてないように見える人の給料が自分より高かったら、モチベーションが一気に落ちるでしょう。私はクレームを期待しているのです。『360度評価で働いていない、と評価されているのになぜ、あなたは高い給料をもらっているのか』と周囲に思われたら、本人も変わろうとするでしょう。実際、スタート当初はそうした声が上がったこともありました」
「この仕組みは最初はデメリットが大きく出ます。社内はガタつきます。しかし、一定期間やると是正されてきます。私はこの仕組みをもう何年もやっています。自分のことを最も分かっていないのは自分ですから、誰もが『自分は仕事ができる』と思っています。しかし、360度評価で何度も同じ指摘が出たら、自分のことが分かるようになります。ガラス張りが一番いいんです。なぜどこの会社もガラス張りにしないのか。今となっては不思議です」
――ガラス張りにすることで、デメリットやリスクを感じる経営者も多いと思います。
「世の中の常識は『隠す』ことでしょう。しかしそれがダメなのです。一番よくないのが、役職や給与をマネジメントの道具に使うことです。このやり方が組織を一番腐らせます。誰が見ても頑張っている人の給料を上げるべきなのです。給料のガラス張りはそのことを単純に具現化しただけの話です。この仕組みは上長にとって、『情報を握る』というマネジメントの道具を1つ捨てることになります。でも、それでいい。私がつくりたいのは自走式の組織だからです。上司のたばこに火をつける人の給料を上げるような組織は必ず滅びます。なぜなら、その人も部下に同じことをさせるからです。おべっか使いばかりのごますり型ピラミッドが生まれます。そのことを壊すためにガラス張りにしたのです」
リーダ-とは、夢を描いて共有できる人
――リーダーに一番求められる能力とは何でしょうか。
「リーダーに求められる最も大切な力は、夢を描いて共有することです。人間は想像できる範囲のことしか実現できません。ライト兄弟も空を飛べると信じたから飛べたのです」
「話は少しそれますが、リーダーは映画を見ることも大切です。私は経営者より映画監督の方が未来を描く力があると思います。リーダーは、人が幸せになるようなSF映画やビジョナリーな映画からアイディアとその具体的なイメージを得て、それを具現化するのですから」
「実際、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場したウエアラブル端末やドローン(小型無人機)などのテクノロジーは実現しています。タイムマシンはまだできていませんが(笑)。大きな夢を描いて、それをみんなに共有できる能力こそが、リーダーに求められているものではないでしょうか」
「私は映画が大好きなんですよ。父親は映画館も運営していたし、大叔父は映画に初めてコマーシャルを入れた『日本天然色映画』という会社をつくった伊庭長之助です。インターネットもSFのような世界じゃないですか。見ていた映画からイメージが生まれて、同じようなことをやろうとしているのだと思います。」
イーロン・マスクは最高の経営者
「米スペースXの創業者であり、電気自動車(EV)大手の米テスラモーターズを率いるイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、まさに夢を描いている人でしょう。電気自動車(EV)なんて昔、SFで見た世界ですよね。私はパイロットの免許を取るほど、速く動くものが大好きなのですが、昔はポルシェやフェラーリがかっこよくみえました。見た目もありますが、何より速いからです。けれど、今や電気自動車のほうが速い。しかもエコです。太陽光などの再生可能エネルギーで電気をつくればお金もかかりません」
「イーロン・マスク氏がすばらしいのは、EVにバッテリー交換の仕組みをつくったことです。EVは充電に時間かかることが課題だったけれど、電池を交換できれば充電時間不要で、長距離を走れるようになります。こんなの、映画の世界でしょう。私は今活躍する起業家のなかで、イーロン・マスク氏が最高だと思う。映画やSFの世界にインスパイアされた人たちが実際にお金を手にしたとき、夢の実現のために投資する。この流れは本当にすばらしいと思います。私たちもそういう事業展開をしたいのです」
1963年生まれ。91年ボイスメディア(現GMOインターネット)設立。95年からインターネット事業を開始し、99年に独立系インターネットベンチャーとして国内初の株式店頭公開。2005年東証1部に市場変更。
(松本千恵)
前回掲載「高校中退、売上高1200億円 実業家の父から帝王学」では、名門校を自ら中退、起業して一大企業集団を築くまでを聞きました。