熱帯雨林の暗闇に浮かびあがったワニ
今回は、ぼく自身がひやっとしたエピソードをご紹介しよう。
2015年の11月、ナナフシの調査でコスタリカ南部、オサ半島の熱帯雨林へ出かけたときのこと。ナナフシの多くは夜行性なので、夜の8時半、われわれナナフシ調査チーム4人は探索に出かけることにした。
真っ暗闇の中、ヘッドランプを頼りに小川沿いの細い林道を行く。霧雨が降ったり止んだり、森全体がムッとした空気に包まれ、湿度は100%に近い。視界がかすんで見える。道沿いの茂みからはコオロギやキリギリス、カエルの仲間たちが鳴いている。
歩き始めてスグに出会ったのが、カエルをくわえた毒ヘビ。テルシオペロ(チュウオウアメリカハブ)というヘビで猛毒をもつ。咬まれると命に関わるので、気をつけて写真を撮ってみた。
慎重に歩を進めると、今度はサソリが目の前に! 大きなキリギリスの仲間をムシャムシャ食べていた。
肝心のナナフシが見つからないので、ぼくたちはいったん出発地点へ引き返し、それぞれ違った場所で探すことにした。
ぼくは、少し広い道を行くことにしたのだが、しばらくすると道の横に大きな池が現れた。真っ暗な池を見渡すと、遠くにキラリ、ヘッドランプの明かりを反射して何かの目が光っている。霧雨が舞って、視界が良くない。フラッシュを使って撮影し、その「目」を確認してみた。それは、メガネカイマンだった。中米から南米の広い範囲に分布しているアリゲーター科に分類されるワニの1種だ。
今日はいろんな捕食生物に出会うものだと思いながらも、ナナフシ探しを再開。池の岸に生えている1本のマメ科の木にカイガラムシの仲間を見つけた。さらにその木の幹が動いていると思ったら、小さなアリたちがウジャウジャ。そんなこんなでこの木にいる昆虫たちの撮影にいそしんで、15分ほど過ぎたころだろうか……、突然足元に、こちらを見つめる何かが!
ヌゥォオオ~!!
なんと、池の向こうのほうにいたメガネカイマンがスグ足元に現れたのだ。このままだと、ガブッ!とやられてしまうかも!
とっさに岸から離れたものの、スグそこにいい感じで佇むメガネカイマンに心動かされ、写真が撮りたくなった。こんな近くでメガネカイマンと向き合えることなんてまずないだろう。息をひそめドキドキしながら、手が届きそうな距離で撮影してみる。
頭の部分から下は見えない。カメラのフラッシュを使って頭部を撮影(上の写真)。光には反応せず、こちらを威圧しているかのようにビクリともしない。
今度はヘッドランプを岸の草の上にそ~っと置いて、頭部を照らし、フラッシュは使わずに「コワ涼しげ」な感じを出して撮影してみた。夜も更け雨脚が強くなってきたので、その晩の調査を終え宿に戻ることにした。
翌朝、同じ池を通りかかったので、昨夜のメガネカイマンはどうしているのだろうと探してみると、大きな枯れ葉の塊が遠くの方に、フワ~っと動いているのが目に入った。
怪しい……カメラの望遠レンズを使って確かめてみると昨晩のメガネカイマンらしきものが、たくさんの枯れ葉を背負って浮いていた! 昆虫のカムフラージュと比べると、あまりにも大きくてわかりやすい。ぼくには「わざとらしくカムフラージュ」をしているようにしか見えなかった(笑)。
1972年、大阪府生まれ。中学卒業後に米国へ渡り、大学で生物学を専攻する。1998年からコスタリカ大学でチョウやガの生態を主に研究。昆虫を見つける目のよさに定評があり、東南アジアやオーストラリア、中南米での調査も依頼される。現在は、コスタリカの大学や世界各国の研究機関から依頼を受けて、昆虫の調査やプロジェクトに携わっている。第5回「モンベル・チャレンジ・アワード」受賞。著書に『わっ! ヘンな虫 探検昆虫学者の珍虫ファイル』(徳間書店)など。本人のホームページはhttp://www.kenjinishida.net/jp/indexjp.html
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[Webナショジオ 2016年8月23日付の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。