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電子楽器オンド・マルトノ 今も若者を魅了

2016/10/8

1928年にフランスの電気技師モーリス・マルトノが発明した電子楽器「オンド・マルトノ」は、今も活躍を続けている。オンド・マルトノ奏者の原田節さんはメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」でオーケストラと共演を重ねているほか、10月にはピアニストの花房晴美さんのフランス室内楽公演にも出演する。英国のロックバンド、レディオヘッドがこの楽器を重用し、若者にも人気が広がっている。不思議な音色と形状の電子楽器について原田さんに聞いた。

電子ピアノみたいな鍵盤、弦を張ったギターのような形状のスピーカー、それに小ぶりな金属板の銅鑼(どら)を組み込んだ六角形のスピーカー。木製の外観がレトロな雰囲気を醸し出す。原田さんが音階を滑らかに弾く。笛を思わせる柔らかい音色だ。指は鍵盤に触れない。よく見ると、リングをはめた右手の指をワイヤ伝いに左右に移動させたり、鍵盤の下段にある黒いボタンを押したりして音を出している。「単音楽器なんですね」と尋ねると、原田さんはムッとして「旋律楽器と呼んでほしいな」と言った。フルートやサックスと同様、単音による「旋律楽器」である。

指触りで音色と音程が微妙に変化

――オンド・マルトノはどんな電子楽器か。

オンド・マルトノの鍵盤。右手で鍵盤下段のリボン(リング付きワイヤと帯状に連なる黒いボタン)を弾き、左手の操作盤で音色や音量を変える。鍵盤自体は音程の目安にすぎない(9月30日、東京都港区)=撮影 片山和雄

「電気技師でチェロも弾いたモーリス・マルトノが発明した旋律楽器だ。マルトノ自身がこの楽器を弾いたので、電子楽器といえども単にエンジニア的な側面からこの楽器を捉えるべきではない。鍵盤ではなく、その下段にある(リング付きワイヤとボタンから成る)リボンを使って弾くのが基本だ。(リボンのボタンへの)指の触れ具合を微妙に変えて音色や音程を瞬時に変化させるなど、自分が人前で生演奏する際に何をしたいかが見事に機能に反映されている。右手は指をリングにはめて、ワイヤを移動させたり、ボタンを押したりして弾く。左手は操作盤で音色や音量を調整する。今はパソコンによる打ち込みの音楽が当たり前の時代だ。しかしパソコンでは事前に様々なセッティングをして音を鳴らすが、この楽器ならば演奏時に指で微妙なニュアンスを瞬時に変えて表現できる」

「この楽器から出てくる音色そのものが人々をリラックスさせる。柔らかい滑らかな響きに癒やされる。六角形のスピーカーは銅鑼を内蔵し、その金属的な響きが倍音をたくさん含んでいて心地よい。モーリス・マルトノはリラクゼーションに関する本も書いた。自分の楽器から出る音が人々の心身を癒やすことを願っていた。心身ともに健康になれる楽器だと思う」

オンド・マルトノのスピーカーの一つ。表面に張られた12本の弦が振動し、ブンブンと昆虫の羽音のような音色で鳴る(9月30日、東京都港区)=撮影 古谷真洋

「聴き手を別世界に連れて行く楽器でもある。1987年のNHK大河ドラマ『独眼竜正宗』のテーマ音楽にオンド・マルトノ奏者として参加した。作曲は池辺晋一郎さん。オーケストラにオンド・マルトノの響きが加わると、異次元の世界に変わる。通常のオーケストラ曲と違って、異次元の雰囲気が生まれるから、今回の大河ドラマはいつもと違うぞと思わせる。『独眼竜正宗』は今なお大河ドラマの最高平均視聴率を誇っているが、あの異次元の音楽も一役買ったと思っている」

メシアン「トゥーランガリラ交響曲」の衝撃

第1次世界大戦に通信兵として従軍したモーリス・マルトノは、三極真空管の振動原理に関心を持った。彼は両大戦間にこの原理を応用してオンド・マルトノを発明した。「オンド」はフランス語で「電波」の意味。スピーカーに取り付けた銅鑼や弦を振動によって鳴らすなど、アコースティックな機能も備える。オンド・マルトノが登場する主な作品にはオリヴィエ・メシアン(1908~92年)の「トゥーランガリラ交響曲」、ダリウス・ミヨー(1892~1974年)の「オンド・マルトノとピアノのための組曲」、仏スペクトル楽派の作曲家トリスタン・ミュライユ(1947年~)の「南極征服」「マッハ2.5」などがある。

――オンド・マルトノとの出合いは。

オンド・マルトノのスピーカーの一つ。金属製の小ぶりの銅鑼が埋め込まれ、SF風の金属的な高音が鳴る(9月30日、東京都港区)=撮影 片山和雄

「高校時代にLPレコードでメシアンの『トゥーランガリラ交響曲』全10楽章を聴いたのがきっかけだ。100人のオーケストラに加え、ピアニストとオンド・マルトノ奏者の2人が演奏する。当時は生で聴く機会が無かったが、こんな面白い楽器があるのかと衝撃を受けた。ずっと演奏しない部分が続き、ここぞというところでグッと出てきて、全部持っていってしまう。そういうおいしい役割をオンド・マルトノは担っていた。レコードで聴くだけでもすごさが伝わってきた」

「日本にいても何もできないので、無謀にもフランスに渡った。パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)では当時、ジャンヌ・ロリオさんというメシアンの義理の妹がオンド・マルトノの演奏を教えていた。思い切って門戸をたたくと、彼女は『ちょうど小澤征爾さんの指揮でトゥーランガリラ交響曲を演奏するから聴きに来なさい』と言ってくれた。生演奏を聴く千載一遇のチャンスと思ってシャンゼリゼ劇場の一番安くて遠い最上階の席で聴いたが、ものすごかった。こんなにも音楽が伝わってくるのかと。もう訳も分からず楽屋に行って、ロリオさんに絶対やりたいと頼み込んだ。それで今に至っている」

レディオヘッドがロックファンを触発

原田さんは10月14日、東京・上野の東京文化会館小ホールで開かれる公演「花房晴美 室内楽シリーズ パリ・音楽のアトリエ」に出演する。フランスの作曲家ジャック・ボンドン(1927~2008年)の「オンド・マルトノ、ピアノ、打楽器のためのカレイドスコープ」などでピアニストの花房晴美さんと共演する。「原田さんとは2013年に同じシリーズ公演でミヨーの作品を取り上げた時に初共演した」と花房さんは話す。「小ホールなのでオンド・マルトノを間近に見られるから喜ばれた。この素晴らしい楽器をもっと違う形で披露したい」と花房さん。ボンドンの作品はジャズの要素が入った色彩豊かな作風という。現代音楽からロックまで様々な音楽に使われるのもオンド・マルトノの特徴だ。

――奏者を目指す人は増えているのか。

ピアニストの花房晴美さん(左)とオンド・マルトノ奏者の原田節さん(右)。2人は「花房晴美 室内楽シリーズ パリ・音楽のアトリエ」で共演を重ねる(9月30日、東京都港区)=撮影 古谷真洋

「若者の関心は高い。以前は私と同様にメシアンらフランスの現代音楽を聴いて入門する人が多かった。最近は英国のロックバンド、レディオヘッドに魅了された若者が多い。レディオヘッドでギターやキーボードを担当するジョニー・グリーンウッドさんはオンド・マルトノが大好きで、ライブやレコーディングでこの楽器を使う。若いファンたちが彼らのライブに行くと『ジョニーが変なものを弾いている。何あれ?』などと関心を示す。それで私のところにも『レディオヘッドが使っている楽器を弾きたい』と言って志願者がやって来る。オンド・マルトノはフランス映画やシャンソン、CMにも使われてきたし、最近ではハリウッドの映画音楽にも頻繁に登場する。パリ国立高等音楽院でも私が学んだ当時より志願者が増えているようだ」

――楽器をどう入手して弾けばいいのか。

「一つ一つ手作りしているので量産は無理。フランスの製造業者に注文して作ってもらうのは可能だが、発明当時の真空管などアナログ部品の一部はデジタル化している。当時のままの楽器を買うとなると、マンション1戸くらい高くなる。ただし現代の注文品でもリボンや鍵盤など演奏家が触れる部分は絶対に変えない姿勢が貫かれている。新機能を加えると全く違う電子楽器になってしまうからだ。モーリス・マルトノが最適と判断した機能のままに、仕様を不変にしているからこそ、定番楽器として演奏史を積み重ねることができる。音楽教育機関で教則本を使って演奏技術を伝承していける。技術進歩が速い電子楽器なのに、90年近くも現役で活躍し続けている秘訣もそこにある」

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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