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リーダーの母校

灘高、強みはバラバラ感 いざとなれば一致団結 大西賢・日本航空会長が語る(上)

2016/10/10

 「東京大学に入るより難しい」と言われる中高一貫の進学校、私立灘校(神戸市)。高い偏差値の一方、自由な校風でも知られ、昔から作家の遠藤周作ら数々のユニークな人材を輩出してきた。日本航空の再建を稲盛和夫氏と二人三脚で担ってきた大西賢会長(61)も、その一人。その大西氏が、経営者としての原点になったという灘校時代の学びとは。

(下)灘高の天才に愕然、努力続ければとJAL再生に奮起 >>

■灘校に入ったのは、縁だった

 NHK職員だった父は転勤族で、私も幼いころから中学校まで、国内を転々としました。たまたま高校受験の時に、定年間際の父を故郷の大阪に戻す辞令が出て、灘校受験のチャンスを得たのです。タイミングがずれていたら、灘校には行っていませんでした。

 父は間もなくNHKを退職し、もはや引っ越すこともなくなったので、私も生まれて初めて途中で転校することなく、卒業まで同じ学校に通い続けました。ですから、私にとっては、母校と言えば、灘校です。

 灘校はもともと、灘の裕福な造り酒屋の子弟のために建てられた学校です。そのユニークな歴史のせいか、昔も今も、個性的で面白い生徒が集まってきます。

 入学試験の問題も変わっていて、いわゆる暗記問題はほとんどなく、頭を使って考えさせる問題ばかり。ですから、せっせと受験勉強した人が受かるとは限りません。そこが難関と言われるゆえんかもしれません。

■教科書を持ち歩いた経験がなかった

「けっこう無茶ないたずらもした」と振り返る

 灘校の授業のシステムは、一人の先生が中学1年から高校3年まで同じクラスを受け持つ、いわゆる持ち上がり制です。例えば、国語だったら、中学入学から6年間、あるいは高校からだと3年間、同じ先生に国語を教わります。

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