経済だけでは今の日本の問題に切り込めない小説家 真山仁

日経マネー

撮影/川田雅宏
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日経マネー

──日本の宇宙技術がテーマのスパイ小説『売国』(2014年)がドラマになりました。真山さんにとってどんな位置付けの作品ですか。

『売国』は東京地検特捜部の検事を主人公にした小説なのですが、それを通じて「政治」のチャンネルを強くしていきたいという意識がありました。7月から続編を産経新聞で連載していて、『ハゲタカ』以来の新シリーズの始まりです。

──このところ、選挙や農業、被災地など、経済以外をテーマにした小説が増えていますね。

経済小説を書いているイメージが強いようですが、今は『ハゲタカ』シリーズ以外、経済はほとんどやっていません。今の日本を考えるには経済だけでは無理なので、政治や産業などの角度から見ていく必要があるのと、自分の関心が強いテーマで書かせてもらえるようになったというのはあります。

──以前のインタビューで「日本を元気にしたい」とおっしゃっていましたが、今もそうですか。

まやま・じん 1962年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。新聞記者、フリーライターを経て、2004年に『ハゲタカ』でデビュー。記者経験で培った取材力と、膨大な読書量に裏付けられたストーリーテリングの力で、社会問題を論じながらエンターテインメント性の高い小説を次々に生み出している。原発や農業、政治、選挙など、扱うテーマは幅広く、『そして、星の輝く夜がくる』など、被災地を描いた小説にも力を注いでいる。

それはたぶん、もう少し前の、日本がもう少し良かった頃の話だと思います。今は正直、このまま坂を転がり落ちていくようで、誰がこんな日本にしたんだと、いつか言わなきゃいけないような気がするんです。それ(日本の衰退)を止めなきゃいけない、というステージに変わってしまいました。

──いつ頃からですか。

3年くらい前からですね。政治も経済もそうですけれども、ムードが先行し始めた。理屈が全くついてきていない。

株価が上がれば景気がいい、なんて言われてきたけど、誰もそんな実感はないですよね。景気がいい時って普通、物が売れますよ。でも今はそんな衝動も起きない。海外に遊びに行ってぜいたくするよりも、いつクビになるか分からないからお金を貯めたいと思っている。極端なことを言うと、日本を逃げ出したって生きていけるだけのお金を残したくて、お金を使わないんだと思うんですよ。将来への漠然とした不安が、なんとなく蔓延している。

強い政治家が支持されるのもひとつの現象だと思うんです。根拠があろうが無かろうが、断言する人に安心を求める。騙されると分かっていても「絶対○○する」という言葉にすがる。そこに、社会全体の、追い詰められてる感が現れていると感じています。

──そういう漠とした不安にどう対処していくべきなのでしょう。

今の日本の閉塞感や違和感を解消するには、根本的な社会の仕組みを変えないといけなくなって来ていると思うんです。

例えば保育園の待機児童をなくせという。でもあれは一種の方便。本当は誰だって働きたくないと思いますよ。みんな遊びたい。なんで保育園に子供を入れたいかというと1人の稼ぎではやっていけないから。給料が倍になれば待機児童の問題なんか一瞬で消えますよ。

(様々な社会問題について)そういう(根本的な)論理がない。社会の表面に出ている問題を解決するには、政治や社会の仕組みがいびつになっていることに気付く必要があるのです。

社会の仕組みを変えていくには、人の意識を揺さぶらないといけない。私は小説を通じて、こんなところを見落としてるんじゃないか、こんな社会もあるんじゃないかと、いろいろなチャンネルから揺さぶりたい。根本的に考え方を変えれば、たぶん別の視点が出てくると思うんです。

別に頑張ろうとこぶしを上げなくても、社会の仕組みを冷静に考えたら、こことここに問題があるから国、何とかしてよ、というようなことが言えるようになると、日本も変わるのでは。

自分と意見の違う人の話を聞けなくなった日本人

──自分が「日本を変える」というような意識は、昔からですか。

妄想かも知れませんが、小説は、社会を変えるのに1人がやれる最大の武器だとは思っています。

というのは、本来、社会って大勢で変えるものなんですよ。小説は1人が書いたものですが、読者の数だけ問題提起できますよね。そういう意味では、小説は、ものすごいポテンシャルを持つと思います。

私は取材をすることで、小説のリアリティーを追求するのですが、それは現実世界のパラレルワールドみたいな世界を作ることによって、今生きている社会で見過ごしていることはないかと、問題提起したいというのがある。

こういう社会だってあるかもしれないでしょ、見えてないだけで本当はこういうことだって起きているって知ってますか、ということを、小説を読むことで気付いてもらって、未来やこれからの生活や人生の選択肢を増やしたい。

世の中が単純に見えるのは人生が順風満帆の時です。挫折すると、その単純な世の中から否定されてしまうので、すごく辛い。でも価値観がたくさんあると、自分が失敗だと思ったことは必ずしも失敗じゃないし、場合によっては自分のせいでもないんですよね。

日本社会の最大の弱点は1つの価値観が真ん中に、非常に強い勢力としてあることです。でも多様性があるともっと生きやすくなるはずです。すると可能性も変わる。

──確かに、最近は異論を排除する雰囲気が強くなりましたね。

日本はモノ(単一)社会にまとまっていく吸引力が強くて、多様性が大事と言いはするものの、ある範囲の中でしか認めない、箱の中の多様性ですよね。箱を飛び出すものは多様性と呼ばない。

「テーマと物語の面白さの両立には心を砕きます。面白いからこそ、無関心の人にも届くと思っているんです」

でも実は、日本を強くしてきたのは飛び出した人で、昔はそういう異端者に対して、もう少し寛容だった。飛び出した人が帰ってきて、役に立ってくれてありがとうと感謝するところがあったけれども、そこもきつくなってきましたよね。なんで出ていくんだ、という発想になってきている。

そんなことではいけない、世の中の現状をよく見ましょうと突きつける必要がありますが、それには小説くらいのワンクッションがいる。架空の話だがら、シビアなことを言っても受け入れられる。これがあなたの社会ですよ、と正面から言われると反発すると思います。

フィクションの力はそこにある。フィクションで疑似体験して、やっぱり違和感ってここにあったんだと気が付くことによって、楽になるし、だったら(自分は)このままやろうという勇気にもなる。

──意見の違う人が同じ土俵で話し合うことも難しくなりましたね。

原発問題が象徴的です。聞く力が落ちているんだと思います。自分と意見の違う人の話を聞けなくなっている。イヤなんですよ。拒絶しちゃうんです。

しばらく前までの日本は、モノ(単一)社会の吸引力はあったにせよ、人の話をもっと聞いてたんです。この人とどう調和しようかと、一生懸命考えていた。ところが今は問答無用で、真ん中に集まらないやつは出ていけ、となっている。物質的にも精神的にも貧しくなり、社会が弱くなっているからだと思います。

エンターテインメントも、常に幸せになることが求められている。みんなが一つにならなきゃいけない、というものが増えた。

それって安心するからです。承認欲求と一緒ですよね。若い人に多いんですが、「正しいよね?私」「正しい、正しい、だから一緒においで」と同調し合う。本当は「その正しさはどこに根拠があるわけ?」という所から話し合わないといけないはずなんです。特に若い人は。

でもSNSなどは「わかるわかる」「正しい正しい」とやっていて、意見が合わない人と交わろうとしない。そんな現実を一歩引いて見るには、(登場人物を使って多様な視点を提示できる)小説がよいツールになり得ると信じています。

財務省のキャリアを多数巻き込んで書いた新作

──最近の作品では、日本の財政にも切り込んでいますね。

『オペレーションZ』という財務省が舞台の小説は、国の一般会計の歳出を半分にする、つまり100兆円を50兆円にすると総理がいきなり言い出します。

一般の人からするとシンプルな話です。年収1000万円の人がリストラされて500万円になったら、500万円で生活していくのが当たり前ですよね。でも日本という“家”はそれでも1000万円の生活をしている。破綻しますよね。しかし変えようとしない。これはおかしいことなのに、国民にも財務省にもそういう発想からして、まずない。

100兆円の歳出を半分にすると、使えるお金が50兆円かというと違う。25兆円は借金を返しているから、歳出を半分にすると、使えるお金は25兆円になるんです。

一般会計には大きなパイが二つあって、それで50兆円を占める。社会保障関係費と地方交付税交付金です。小説はこれをゼロにするという話で、財務省のキャリアを20人くらい巻き込んで書いている。

最初、そんなこと無理だとみんな笑ってたんですよ。でも、小説の仮想現実で具体的な議論を始めると、みんな優秀な官僚たちなので、若手、課長補佐くらいから目の色が変わってくるんです。するとアイデアは出てくる。税金を上げれば全部削る必要はない、消費税を上げるべきだという話になる。

社会保障関係費と地方交付税交付金をゼロにすると、たぶん100か200の市町村が破綻しますよ。病院とか老人ホームも大変なことになる。本当はそういう国になってしまっているんです。収入がそれだけしかないんだから。

そう考えていくと、削るものは削らないといけないが、増やすものもないといけない。やっぱり増税って、国民から言い始めるくらいにならないと政治も動きません。小説では、そんなの無理だと思われていることを掘り起こして、どう(リアリティーのある)物語にするかというところが、大事だと思っています。

──仕事量がすごいですね。

特捜検事、冨永真一を主人公にした新シリーズは、現在、続編の『標的』を産経新聞で連載中

連載が月に6本、月300枚書いています。一方で合間をぬって、東日本大震災の被災地をテーマにした小説を読んでもらうための、10人くらいの読書会に出かけたりもします。

実は被災地の小説は売れないんですが、東京や大阪の人に読んで欲しい気持ちが強いんですよ。震災っていつか自分のことかもしれないし、被災地にはこれから地方が抱えるいろんな問題が全部出ているから。

新聞やテレビの情報だけでは、被災地で、非日常的な毎日がどんな風に過ぎていくのかわからない。特に、感情的な、人が何を抱えて生きているのかは伝わっていない。

こういう記録を残すのは、時空を超える力を持った小説の役割だと思うんです。ページをめくれば、その時代、場所に居るような気持ちになれる。今年生まれた子供が10年たって小学3年生になった時に、東日本大震災って、あったことさえよく知らないんだけど、小説を読めば、こんなことがあったんだと、腑に落ちる形で分かるものを残さないといけないんです。

──ハゲタカだけ書くのなら多少は楽なんでしょうけどね。

いろいろな方向の作品を放射線状に出していますから、ビジネス戦略からすると非常に下手なことをやっていますね。社会問題を扱う小説はあまり売れないうえに、ハゲタカの読者とは別なんです。でも、今これを書くべきと自分が考えたものは、たとえそれが戦略としてまずくても、やっぱり書いて、時間がたったときに、作品群として有機的にまとまっていくようになればいいなと思ってやっています。

──真山さんはアルセーヌ・ルパンがお好きなんですね。

好きなんです。先日久しぶりにポプラ社のルパンを読んで、ああ(子供の時は)こういうのが楽しかったんだなあと思いました。ルパンを読まなければ私は小説家にならなかっただろうし、(ハゲタカの)鷲津みたいな、普通の正統な正義の人ではなく、いわゆるヒール(悪役)を主人公にするという発想もたぶんなかったと思います。

ルパンって、泥棒だけど彼なりの道徳的な正義があるわけですよね。あくどい金持ちがいて、権力を持っているので誰も罰せられずにいる。そういうやつを俺が罰してやる、という発想は、鷲津にもつながっていると思います。

(聞き手/深田武志 撮影/川田雅宏)

[日経マネー2016年11月号の記事を再構成]

日経マネー2016年11月号

著者 : 日経マネー編集部
出版 : 日経BP社
価格 : 730円 (税込み)


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