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「心のバリアフリー」に向け 継続して伝えたいこと「ANA社長×パラリンピアン成田選手」対談(中)

2016/10/12

スポーツイノベーション

(写真:加藤康)
(写真:加藤康)

2020年の東京五輪・パラリンピックを中心に大型国際スポーツ大会が3年連続で開催される日本。それを契機にしたスポーツや文化の盛り上がりを加速すべく実現した、ANAホールディングス(以下、ANA) 代表取締役社長の片野坂真哉氏と、リオデジャネイロパラリンピック水泳女子日本代表の成田真由美選手の対談(2016年7月に実施)。今回は第2回をお届けする。

文部科学省などが初めて開催するスポーツ、文化、そしてビジネスに関する国際会議「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」(以下、ワールド・フォーラム)。同フォーラムのパートナー企業であるANAの片野坂社長と、アンバサダー(大使)を務める成田選手に現在、様々なシーンでキーワードとなっている「インバウンド」と「ダイバーシティー」について語ってもらった。これからの企業や社会に求められているものは一体何であろうか。

(司会は、上野 直彦=スポーツライター)

―― ANAは、ワールド・フォーラムの官民ワークショップの中でインバウンドをテーマにセッションを手掛けるそうですね。なぜ、インバウンドをテーマとして選んだのでしょうか。

片野坂 もともとインバウンドは、ここ数年の大きなキーワードになっています。観光が消費を生み出し、地方を元気にする。そして、日本政府も観光庁を中心に観光ビジョンを打ち出して、現状で2000万人規模の訪日外国人数を、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて2倍にしていく計画を発表しています。インバウンドは航空会社だけではなく、日本の大多数の産業にとって大きなテーマになると考えました。

もう一つ、インバウンドという言葉でひとくくりになってしまいがちですが、実際は「性別」「国籍」「障害の有無」といった多様な方々に配慮した取り組みが必要となります。今回の官民ワークショップで取り上げるテーマでも、多様な人々、そしてアスリートのことも考えて、インバウンドをテーマとして選びました。

―― 実際のセッションはどのような内容になりますか。

片野坂 具体的にはこれから内容を練っていきたいと思っていますが、現時点では「新しい観光」というテーマで検討を進めています。

ANAホールディングス 代表取締役の片野坂真哉氏(写真:加藤康)

「新しい」の意味は、体験を伴う観光ということです。スポーツ選手が来日すると、当然コーチやスタッフも一緒に来日しますよね。応援するファンも日本を訪れます。2019年のラグビーワールドカップ(W杯)、2020年は東京オリンピック・パラリンピック、その翌年は関西ワールドマスターズゲームズと、スポーツのビッグイベントが日本で3年続けて開催されるのはご存じの通りです。

2020年の五輪・パラリンピックは東京を中心に開催されますが、ラグビーW杯の開催地は日本全国に散らばっていますし、2021年のワールドマスターズゲームズの開催地は関西です。東京を訪れた方も国内を移動して観光することになると思いますし、観光も体験型になっていくでしょう。

例えば、アスリートが寺社に行き、座禅を体験する。あるいは写経を体験する。スポーツ選手が本番の試合前に音楽を聞いて自分を鼓舞したり、心を落ち着かせていたりすることと同じように、座禅で心を豊かにするといったようなことを通じて、新しい発見があるのではないかと。観光といえば今までは目で見ることが通常でしたが、舌で味わう、実際に訪れて体験するといった「新しい観光」を生み出すことができるのではないかと思っています。官民ワークショップでは、そういった議論が広がるパネリストに声を掛けています。

もう一つのテーマは「アクセシビリティー」です。航空会社では、これまでも1便で1人や2人の車いすの方に搭乗いただくことは毎日のようにありました。国際的なスポーツ大会では、障害を持った海外の方がグループで来日します。障害を持った方がスムーズに日本に入ることができる空港サービスを充実させなければ、日本の「玄関」である空港で日本の印象が悪くなってしまいかねません。

同じように、日本の文化を味わってもらうためには観光地や滞在地へのアクセスが大切な役割を果たします。海外の人々に分かりやすい空港の表示や、障害のある方にも配慮した空港内のスムーズな移動アクセスとはどんなものかという観点をセッションに盛り込んでいきたいと思っています。

―― 成田さんは今まで、国際大会でいろいろな国を訪れたことがあると思います。海外で、「これは良かった」と思う取り組みや、印象に残る現地の心遣いなどはありましたか。

成田 オーストラリアでの経験は印象に残っています。試合も含めて4回訪れたのですが、1人でバスにも電車にも乗れるんです。

パラリンピアンの成田真由美氏(写真:加藤康)

最近少し変わってきましたが、日本だと電車に乗るのにも「大丈夫ですか?」「どこの駅まで行きますか?」「ちょっと待っていてください、危険です」と言われることが多い。しかし、オーストラリアでは、そうではありませんでした。バスの運転手が手元でボタンを押すと、バスが傾いて自動でスロープが出て、車いすでも1人で乗車しやすい環境が整っています。 “おせっかい”ではないんです。すごく自然な流れで、「気をつけてね」と言ってくれたのがとても良かったなと。

また、ドバイの空港のエレベーターは大変広く、10畳ぐらいはあったかと思います。ちょっとしたワンルーム・マンションの部屋くらいの広さです(笑)。車いすの人が1度に多く乗っても問題ありませんでした。これから2020年に向けてすぐに10畳というわけにはいかないと思いますし、建物や設備の充実にはお金がかかりますが、みなさん一人ひとりの意識を変えることにはお金はかかりません。まずは意識から変わっていってほしいなと思います。

実は、私が練習しているスイミング・スクールはバリアフリーではありません。入口に段差が1段あり、更衣室にも1段あり、プールに入るところにも1段あります。私がスイミング・スクールに通い始めたのが1995年ですので、今年で21年目ですが、いまだにスロープにならないことが私にとっては「心のバリアフリー」であり、心地のいい状態なのです。

確かにスロープがあれば便利ですが、スロープを作ってしまえばいいかといえば、それは少し違います。自分ができることは自分でしたい。スイミング・スクールでの1段は自分で乗り越えられるのです。自分ができることを尊重してくれることが、私にとっての「心のバリアフリー」だと思っています。私にとっては自分でできるのだから、1段の段差は私にとって障害ではないのです。

もちろん絶対にできないこともあります。例えば、高い所には手が届きません。そこは人に頼んで取ってもらうしかありません。また駅では、ほとんどの場合、改札からホームへ行く際に、私はエレベーターにしか乗れません。歩ける人は階段を使えますが、私は絶対的にエレベーターにしか乗ることができないわけです。ベビーカーを押している人も同じですよね。

そういう状況では考えていただきたいのです。エレベーターしか使えない人にさっと順番を譲ってくれるでしょうか。現状では非常に難しいですね。日本を代表する駅でも、みなさんと同じようにエレベーターを待ちますし、並びます。そんな時に「あ、車いすの人がいるのだから」と自然と譲り合える社会が理想です。

―― ダイバーシティーが実現し、自ら考え行動できる社会にするためにはどのようなアプローチが考えられ、また、どういうことが課題になるでしょうか。

成田 学校教育は大きいと思います。現在の授業では、小学校4年生の「総合の学習」で障害者のことを考える機会があるのですが、そこで終わってしまうことが多いんです。授業だけで終わらせず、継続的に子供たちには伝えていきたいと思っています。

私が練習をしているスイミング・スクールは幼稚園の付属のプールを使用しており、私が泳いだ後は子供たちがプールに入ります。最初、子供たちは私に「何に乗っているの?」「いつになったら歩くの?」と質問しますが、毎日接していると車いすのことが分かり、足が悪い人が乗るものだということが分かり、私が腕だけで泳げるということも子供なりに理解してくれます。

身近に接していると、言葉にしなくても子供たちの方から学んでくれます。障害を持つ人と接する機会が身近にあり、子供たちが自然に学べる環境がいいと思います。パラリンピアンを学校に招聘(しょうへい)する企画で実際に子供たちと接してみると、子供たちはすぐに興味をもってくれて目つきが変わりますよ。

片野坂 障害を持った人と一緒に行動する経験は大事ですね。ANAでは「ダイバーシティ&インクルージョン」を新しい価値創造の源泉と考え、 社員の多様性を大切にする取り組みを、ここ5年ぐらい続けています。

(次回に続く)

[スポーツイノベイターズOnline 2016年9月5日付の記事を再構成]

片野坂真哉(かたのさか・しんや)。ANAホールディングス 代表取締役社長。1979年に東京大学法学部を卒業後、全日本空輸に入社。経営企画部や営業推進本部、人事部などを経て、2009年にCS推進室・商品戦略室などの上席執行役員に就任。常務や専務を経て、2013年からANAホールディングス副社長。2015年4月より現職
成田真由美(なりた・まゆみ)。アトランタ、シドニー、アテネ、北京と夏季パラリンピック4大会連続出場(競泳)し、金15、銀3、銅2と計20個のメダル獲得。その功績より、内閣総理大臣賜杯、内閣総理大臣顕彰、パラリンピックスポーツ大賞(最優秀女子選手賞)など数々の賞を受賞。2008年北京大会以降、現役を退いていたが、2015年に選手に復帰
上野直彦(うえの・なおひこ) スポーツライター。兵庫県生まれ。ロンドン在住時にサッカーのプレミアリーグ化に直面しスポーツビジネスの記事を書く。女子サッカーやJリーグを長期取材している。 『Number』『AERA』『ZONE』『VOICE』などで執筆。Twitterアカウントは @Nao_Ueno