定年後の再雇用は決して気軽ではない経済コラムニスト 大江英樹

2016/11/3

サラリーマンが60歳で定年を迎えた後の暮らし方や働き方は様々です。多くの人は定年になったら働かずに好きなことをやって暮らしたいと思うでしょうが、現実はそんな人は多くはありません。公的年金の支給が65歳からになり、それまでは年金が支給されない空白期間があるからです。

そこで60歳以降も引き続き働くという人が増えているわけですが、その場合の働き方には様々なパターンがあります。大きく分けると、(1)会社での再雇用(2)転職(3)自営業(農業や起業も含む)――といったところでしょう。

どのような働き方でも一長一短はあります。しかし、サラリーマンなら最も多いパターンは、会社で再雇用に応じて働くというものでしょう。2013年に改正高年齢者雇用安定法が施行され、希望すれば原則65歳までの再雇用が保証されるようになりました。私自身も再雇用を半年だけ経験し、その後は起業という道を選びましたが、再雇用について私は「あまり安易に考えない方がいい」ということをアドバイスしたいと思います。

それは短い期間でしたが私自身、再雇用はそんなに甘いものではないと実感したからです。今までと同じ会社で、場合によっては同じ職場で働くのだから、と気楽な気持ちでいると「こんなはずじゃなかったのに」ということになりかねません。まず第1に「再雇用」は現役時代の立場がそのまま継続されるわけではありません。ほとんどの場合、役職はなくなり1年ごとの契約社員になります。

この「立場が変わる」ことが決定的なのです。特に現役時代に人事権を持っていた人は、周りの対応の変化に戸惑うことでしょう。でもそれは当たり前です。自分の上司だから嫌な自慢話でも我慢して聞いてあげたり、黙って指示に従っていたりしたわけですが、自分を評価する立場でなければそんな必要はありません。

組織だから当然なのです。もちろん、日本の職場は心優しい人が多いですから、立場が変わったからといって手のひらを返したように冷たくされることは少ないのかもしれません。しかしながら、自分の立場の変化を意識せず、相変わらず上司であったときのように振る舞えば、口には出さずともきっと冷たい目で見られるに違いありません。

また、立場が変わる再雇用で大切なことは「人に頼らない、何でも自分でやる」ということです。これは一見簡単なように見えますが、実はかなり大変なのです。例えばパソコンの画面がフリーズしてしまうと、以前であれば「おーい、○○君、パソコンが動かなくなっちゃったよ! 何とかしてくれ」と叫べば、すぐに誰かが飛んで来て色々と対応してくれたでしょう。再雇用では同じように叫んでも「はい、今行きます」とは言うものの、なかなか来てくれないのはありがちなケースです。

若手社員から見れば、「一体何をやっているのかよくわからないおじさん」が職場にいるようなもので、どう対応していいかわからないのが本音だろうと思います。7月28日付のコラム「再雇用、シニア社員を生かすために」でも書いたように、本来であればシニア社員の権限と責任を明確にし、役割をきちんと与えればよいのですが、そういう会社は残念ながら少ないのが現状です。

結局、自分の居場所と役割を考え、少しでも組織の役に立つにはどうすればいいかを自身で考えなければなりません。再雇用というのは決して気楽な仕事というわけではないのです。

転職は転職なりに、起業も起業なりに難しさや嫌なことはたくさんあります。同じように再雇用だって本当は難しいのです。再雇用で働くと決めたらそのこともしっかり理解しておいたほうがいいと思います。

「定年楽園への扉」は隔週木曜更新です。次回は11月17日付の予定です。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「定年楽園」(きんざい)など。近著は「投資賢者の心理学」(日本経済新聞出版社)。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
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