GLAY 20年を超えても変わらない<無垢>の驚異
ビジュアル系の系譜(2)
2000年代後半よりX JAPANとLUNA SEAはそろって<解散→再結成>の道を歩んでいるが、キャリア的には両者の後輩ながらも、商業的には両者以上に超ブレイクしたラルクアンシエルとGLAYは、一度も解散することなく、いまだに健在だ。前者は結成25周年を今年迎えるし、後者は昨年5月にデビュー20周年を東京ドーム2daysで祝ったばかりだったりする。
ビジュアル系(以下、V系)の枠を超えて、とにかくGLAYはめちゃめちゃ売れたロックバンドである。だから本当に、普通の市井の人々にまで広く聴かれた。98年リリースのベスト盤『REVIEW-BEST OF GLAY』は累計488万枚も売り上げて日本歴代3位――言うまでもなく、いまだV系最長不倒距離なのだ。
■<普通>の少年少女の心をわしづかみ
GLAYというバンドはその曖昧なネーミングとは裏腹に、愚直なまでにシンプルでわかりやすい音楽とメッセージを発信し続けてきた。だから、99年の単独野外ライヴ「GLAY EXPO'99 SURVIVAL LIVE IN MAKUHARI」(幕張メッセ駐車場特設ステージ)が、世界記録の20万人も動員したほど、<普通>の少年少女たちの心を根こそぎつかめたといえる。
世間的にはV系バンドと識別されているし、初期の頃は本人たちも「自分らはV系」と勘違いしておりV系っぽいサウンドを試したものの、「1回やったらもう満足だったというね(苦笑/TAKURO談)」とすぐ撤退したのが懐かしい。
GLAYの音楽が<あのニューミュージック>なのは、明らかだ。
誰もが普通に口ずさんでしまう、歌謡性にも富んだわかりやすい直球のメロディー。普通の真面目な学童が卒業文集に書いてしまう正論のような、性善説全開の歌詞。あえて死語を使うなら、GLAYは信じられないほど<ピュア>なのである。TAKURO(45歳)はあり得ないほど<永遠の少年>なのである。4thアルバムのタイトルなんか『pure soul』だぞ、まいったか。
自己顕示欲も名誉欲も金銭欲も一切持たない奇跡の男だからこそ持ちえた、奇跡の無垢(むく)さ。01年には地雷排除活動に積極的に参加、03年のイラク開戦の際には私費で全国紙朝刊に意見広告を出したこの男に、表裏などあろうはずがない。その意義を共有した上で、例えば地雷なら「でも海に囲まれた日本は地雷なしで防衛線を張れるか?」などと現実を見据えた論争のひとつも仕掛けたくなるが、相手がTAKUROなら私は一切の理屈を放棄するだろう。そんな彼が書く、大人には絶対理解できない<世まい言>が、最初は半信半疑だったはずの子供たちを突き動かしたのだから、やっぱり偉いと思うのだ。
理想だけでは生きていけない人生の厳しさを知るのは、各自が大人になってからでいい。まずは≪無垢であれ≫――世間が勝手にイメージしてる<ロック>をやらなかったのがGLAYのGLAYたるゆえんだし、だからこそ胸を張って<普遍>を訴えられる。
■ミスチルの<無垢>との違い
世代は若干上だが、ほぼ同時代にGLAYと同じくジェネレーション・ソングを歌ったのがミスターチルドレン(ミスチル)だ。ミスチルの場合は同じ<無垢(イノセント)>でも、「こんな自分が素敵じゃない?」的な大人のあざとさや嫌らしさが見え隠れする。これはミスチルが悪いのではなく、世代全体がそうだから仕方がないのだ。<悩む自分><弱い自分>を美化しなければ、大人は人生を一歩も前に進めることができないのだから。
そう考えるとますます、GLAYの<無垢>さがいかに驚異的か思い知らされるはずだ。デビュー20年の節目を超えてもなお変わらぬイノセントぶりは、怖い。まさに<無垢>という名の狂気なわけで、これはこれでV系的な過剰性の表れなのかもしれない。
ただし、今回の「VISUAL JAPAN SUMMIT 2016」の髑髏(どくろ)ロゴがいちばん似合わないのは、やっぱりGLAYなのであった。わはは。
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