西川美和 私がモノを増やしたくない理由

オリジナルストーリーを生み出して『ゆれる』『ディア・ドクター』など映画を監督し、小説やエッセーでもファンの多い映画監督の西川美和さん。前編(「『これじゃないとダメ』な創作ノートの条件」)ではノートやペンなどの仕事道具を中心に語っていただきましたが、後編では、劇中に出てくる家具などのモノの選び方、プライベートでのモノとの向き合い方などについて語っていただきます。

新作『永い言い訳』は、妻を事故で亡くした人気作家の津村啓こと衣笠幸夫が、同じく妻を亡くしたトラック運転手・大宮陽一と出会い、その子どもたちの世話をするうちに作家としても再生していくというストーリー。西川監督は「衣笠家」と「大宮家」という対照的な2つの家庭を、どのように形作ったのでしょうか?

部屋の中にあるモノが、キャラクターを物語る

映画「永い言い訳」では人気小説家・衣笠幸夫(本木雅弘)とトラック運転手・大宮陽一(竹原ピストル)という対照的な2つの家庭が描かれる 10月14日(金)全国ロードショー 配給:アスミック・エース(C) 2016 「永い言い訳」製作委員会 

映画の中のモノは、いつも美術や小道具などのスタッフと相談しながら決めていきます。

『永い言い訳』の大宮家の人たちは、ある意味、安物買いの人たち。いいなと思ったら、どんどんモノを買うので、生活空間にはいろんな色があふれていく。雑多で、にぎやかで、洗練されていない。大宮陽一は、ほとんど家事をやったことのないような男なので、洗濯物も整然と干されず、靴下は裏返し、パンツも裏返し、そこに止めるんじゃない!ってところに洗濯ばさみでつまんでいたりする(笑)。

かたや幸夫の部屋は、ある意味、無駄を省くのがうまそうな奥さんがいたこともあって、洗練されている。「さすがですね」と編集者たちに言ってもらうのも見越して、インテリアは有名デザイナーのものを置き、しかも一番有名なものではなくて、ひとつマイナーな椅子を置いていたりする。

そうやって大宮家と幸夫の空間を対比させるとともに、整然としていた幸夫の空間が、奥さんが不在となることでどれだけ崩れていくか、というところも、時間をかけて考えた気がします。

映画「永い言い訳」に出てくる2つの対照的な家。上が主人公が暮らす家で、下が主人公が関わるようになる大宮家。2つを対比させることで伝えたかったものがあるという(C) 2016 「永い言い訳」製作委員会 

私が考えるのが得意なのは、大宮家的なものの方ですね。どうしたらスタイリッシュな空間になるか、というアイデアは私の中にはあまりない。でも、大宮家をどうやったら汚せるかは、よくわかっている(笑)。

それは私が普通の家庭に育ったからだと思いますが、もともときっと、あんまりぜいたくな匂いのするものが好きではないんですよ。たまに海外の映画祭に呼ばれてすてきなホテルに泊めさせていただくんですけど、すごく気持ちがいい半面、こういったラグジュアリーな空間が日常になることは考えられないなと思う。ちり一つなく、きれいな家具に囲まれた家に暮らすっていうのは、なんていうか……すごく居心地が悪い(笑)。

それに、美意識だけでやってられないのが暮らしであって、庶民の大多数は、大宮家のように、いろんなものに神経が行き届かないと思うんですよ。私はそんな血の通った暮らしぶりに温かみを感じますし、生涯書いていきたいと思っている。なので、あまりそこから離れたくないな、という気持ちもあります。

「これ!」と決めて買ったものをしっかり使う

映画の中のモノに対してはこだわりますが、プライベートで、私自身がこだわっているモノは特にないです。それこそ、筆記具ぐらい。もともと、自分の生活時間というものを大事にするタイプではないんですよね。

しかも年々、あんまりモノを欲しくなくなっているというか。欲しいのかもしれないけど、数を増やしたくなくなってきましたね。「あれもほしい、これもほしい」と思っていた20代、30代とは違って……年相応になったのかなぁ。

数を増やしたくないのは、多くを買っても、使いこなせないことがわかってきたからでもあります。たくさん持っていても、すべてを大事にはできないし、買ったけど忘れてるものとかもけっこうある。調理器具なんかも、「これ、いいかも!」と思って買ったものの、半年経ったら引き出しの肥やしになっている、なんてこともありましたから。

たとえば料理をする鍋も、たくさんそろえるんじゃなく、ひとつでこと足りるしっかりしたモノをほしいな、と思うようになりました。カレー鍋なんて、100円ショップでも売ってるかもしれないけれど、ほかの料理にも使えるお鍋を、少しお値段は張っても買おう、とか。あんまりモノを増やさず、「これ」と決めて買ったものをしっかり使うようにしていきたいなと思っています。

生身のコミュニケーションは難しいけど、楽しい

それにしても、大事なものって、失って初めてわかるものですね(笑)。「これ」と決めていたノートが、生産中止になったのは本当に残念です(前編「『これじゃないとダメ』な創作ノートの条件」参照)。

西川さんの手元にあるのが手に入らなくなってしまったという愛用のノート

最近はiPhoneメモもよく使いますし、パソコンにメモすることもありますけど、それでもノートを使うのは、手で書く言葉と打ち込む言葉は、若干、違うんじゃないかなと思うところがあるから。どう違うのかはまだ自分でも分析しきれてないですけど、手で書いたセリフのほうが、のちのちまで残ってくれたりしますね。パソコンは、書いても完全に消せる。修正可能なだけに、1回目の完成度が低い感じがします。

あと、登場人物の部屋の間取りを書いてみたり、どこに住んでいるかという地図を書いてみたりと、自由に絵を描きながら考えるのも、ノートの方が向いています。パソコンでも図は書けますが、扱いが不器用なのでレイアウトしているうちに、何を書きたかったのか忘れてしまう(笑)。

セリフについては、手で書いたものの方が、エモーショナルでいい。ただ、冗長になったり、後で見直すと恥ずかしいものもあるので、昼はノートに書いて、夜にパソコンに打ち直すというように、書いたものを編集しながら冷静に見ていきます。

もともとは手書きの文字がパソコン上でシナリオになり、最後に映像になる。それぞれで楽しさがあるのが、映画作りです。

シナリオ執筆は、ひたすら自分と向き合うような作業。それがシナリオが完成するやいなや人が集まってきて、いろんなスタッフから、具体的な質問が始まる。「脚本に『幸夫のマンション』って書いてありますけど、これは高層階なんですか、低層階なんですか? 間取りは?」というように。書くときとは使う脳みそも違うし、生身のコミュニケーションが必要になってきますね。

若い頃は、そんなコミュニケーションが、すごく難しいと思っていました。私は27歳で初めて監督をしたので、最初はスタッフも先輩が多くて気を遣いましたし。けれど、10年以上続けて、人とコミュニケーションをしながら一緒に進んでいけることが、ありがたいと思えるようになってきた。ありがたいというか……楽しい。

もちろんトラブルも、わかってもらえないことも多いですけど、私は1人で書いている期間が長いこともあって、人と絡めるということがうれしい。それに、スタッフやキャストに対して「ここまでがんばってくれたか!」と思うこともあって、想像を超えたいいものになるときも多いんです。

泣きたくなるような思いが財産になる

今振り返ると、「経験しなきゃ良かった」と思うことはひとつもないですね。若い頃は、「殺してやろうか!」と思うくらい腹が立ったり、へこまされることもたくさんあって。ヤダヤダと思いながらやってたことの方が多いんだけれども、たとえば嫌なことを嫌な上司とかに言われたことすら、いい経験になる。

特に私は物語を書くので、幸せな経験より、嫌な経験の方が身になるんですよ。「何なんだ!」って思うことの方が、いろんな様相を変えて、自分の材料になってくれる。情けない思いだとか、泣きたくなるような思いをしてればしてるほど、私にとっては、財産になる(笑)。

あと、ネガティブな経験をすればするほど、周囲に対してのキャパシティーが広くなりますよね。同じように苦境に立たされている人に対しても、おおらかに見守ってあげられる気もします。

人と接触して仕事をする方がトラブルも多いですが、衝突も、振り返ればたいていいい思い出ですよ。あまり怖じ気づかず、いろんな経験をしていかれるといいんじゃないでしょうか?

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部在籍中より、是枝裕和監督『ワンダフルライフ』(99年)にスタッフとして参加。フリーの助監督を経て、2002年に『蛇イチゴ』で監督デビュー。以降、『ゆれる』(06年)はロングランヒットし、カンヌ国際映画祭に正式出品。『ディア・ドクター』(09年)は日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。『夢売るふたり』(12年)もトロント国際映画祭に正式出品されるなど、国内外で称賛を受ける。本木雅弘を主演に迎えた『永い言い訳』(アスミック・エース配給)は10月14日公開。一貫してオリジナルストーリーに挑み、小説・エッセーの執筆でも活躍中。
「永い言い訳」
人気作家の衣笠幸夫は、バス事故で妻を失う。妻との間にはすでに愛情はなく、悲しみにくれる夫を演じるしかない幸夫の前に、同じ事故で亡くなった妻の親友の遺族が現れる。
出演:本木雅弘/竹原ピストル/深津絵里
原作・脚本・監督: 西川美和
10月14日(金)全国ロードショー

(取材・文 泊貴洋/写真 中川真理子)

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